日常風景
現在投稿一ヶ月前。完成出来るのだろうか。というか、『新たな未来を求めて』の第二章がこれが投稿される頃には完成しているのだろうか。少し不安です。
「朝ご飯、何がいい?」
新聞を読んでいる僕の耳にそんな言葉が聞こえてくる。聞き慣れた女の子の声に僕は振り返った。
そこにはセーラー服を着た少女がいる。髪の毛をツインテールに結び薄く化粧をした童顔の少女。多分、綺麗というより可愛いが似合っているかもしれない。身長は僕より小さく、見た目で言うなら中学生だろう。
いつも見慣れたそのような姿に僕は至って普通に答える。
「何でもいいよ。お姉ちゃんの好きにして」
僕は新聞に視線を戻す。
新聞の一面を飾っているのはTPPのことだ。
TPPとはTrans Pacific Partnerrhipのことで日本語訳は環太平洋戦略的経済連携協定のこと。
今の日本はTPPをするかしないかの協議に入っている。様々なメリット、デメリットがあって一筋縄じゃいかないし、TPPをしなければ置いてけぼりになるという考えがある。
超円高で日本企業が苦しんでいるからそっちからはTPPを望む声が多い。でも、農業の観点から言ったら大損害。大臣は必死に反対しているみたいだ。
やっぱり新聞は面白い。他人の主張がわかるし僕達にもわかりやすいように書かれている。
「諒、聞いているの?」
「今いいところなんだから静かにしてよ」
僕は新聞のページを捲りながら答える。新聞を読むと、心が落ち着くような気がする。
「はぁ、何でもいいって答えられるのが一番困るんだけど」
溜め息と共にお姉ちゃんの言葉が聞こえる。
「お姉ちゃんの好きにしたらいいよ。僕はお姉ちゃんの出すものなら何でも食べるから」
「それが一番困るのよ。せめて、洋風とか和風とか」
「お姉ちゃんの好きにして」
あっ、この内容は少し面白いかも。ふむふむ、なるほど。この人はこういう考え方をするのか。そういう考え方もありだよね。
他人って本当にいてありがたい人だ。こんな僕みたいなちっぽけな存在とは違って様々な考え方を持っている。他人からの受け売りは駄目だと言うけど、僕はそれが一番素晴らしいことだと思っている。
「諒、いい加減にしなさい。いつもいつも私にそんなことばかり言って。もう少し自己主張というのものしなさい」
「ご飯が出来たら教えて。僕は学校に行く準備をしてくるから」
僕は新聞を畳んでソファーの上に起き、起き上がる。そして、自分の部屋に向かって歩き出した。
もう、何日目だろう。お姉ちゃんとこんな会話をするなんて。お姉ちゃんは自己主張が激しすぎる。他人の言うことを信じていればいいのに。
楽をする、という意味じゃなくて、他人を信じていれば物事は簡単に進むのに。あっ、でも、そういうのは詐欺に会いやすいって習ったような。一応、気をつけておこう。
僕はそう思いながら部屋のドアを開いた。僕の部屋は自分で言うのも何だけど殺風景だ。ベッドがあり、勉強机があり、小さな本棚があり、それが全て。
本棚に並んでいるのは有名な歴史小説を書いた人の作品だ。日露戦争を題材にしたものや、坂本龍馬を題材にしたもの。本当に素晴らしい作品ばかり。
机の上には勉強道具と写真立てしかない。でも、写真立てには何の写真も入っていない。
「自分なんて信じない方が幸せになれる。そうだよね、椿姫」
僕は語りかける。写真立てに向かって。正確には、写真立てに入れられていた写真に向かって。今はない写真に向かって。
「僕は、自分なんて信じないよ」
にっこりと笑みを浮かべて僕は鞄を手に取る。鞄の中には勉強道具が入れられていた。机に貼っている時間割と見比べながら、僕はちゃんと入っているか確認する。
教科書よし。筆記用具よし。ノートよし。携帯の充電器よし。デジタルカメラよし。お金よし。例のものよし。アリバイ工作用の道具よし。
後は、足りていないものはない。
僕は鞄を閉じる。自分の鞄の中に自分で入れたものなんて信じられない。だから、しっかり確認する。何回も、何回も。
「諒、ご飯が出来たよ」
お姉ちゃんの声に僕は鞄を掴んだ。そんなに時間が経っていないということはすでに作っていたのだろう。お姉ちゃんはやっぱり優しいな。
僕は鞄を握り締めて歩き出そうとした時、ポケットの中にある携帯が震えた。僕はポケットから折り畳み式の携帯を取り出す。
メールの送り主は美咲さんだ。
『ヤッホー(^o^)/ 元気かな? 私は夢見が悪くて少し最悪(>_<) ともかく、本題に入るね。登校したら生徒会室に顔を出してね。内容は生徒会室で話すから。来なかったら、どうなるかわかっているよね?』
僕は一通り読んだ後にメールに対して返信する。
『わかりました。教室に寄る前に寄らせていただきます』
すぐさま返信文を書いて送り返す。これで遅刻でもしたなら処刑確定だよね。それはそれで面白いけど。
僕は小さく苦笑してドアを開ける。リビングの方ではお姉ちゃんがテーブルの上に僕達の朝ご飯を置いていた。
ほんのり湯気を立てる白米と同じようにほんのり湯気を立てる味噌汁に漬け物。それがお姉ちゃんの席の前に。
ラップに巻かれたご飯(昨日の残り)。一応、湯気は見える。
「遅かったね。何かあったの?」
お姉ちゃんは何事もないかのように席に座った。僕も自分の席に座る。
「美咲さんからメールがあって。教室に行く前に生徒会室に寄るように、だって」
「美咲の奴、諒をこき使うなんて。美咲に何かされたなら必ず私に言ってね」
「大丈夫だよ。美咲さん、腹は黒いけど思いやりのある優しい人だから。それに、僕は生徒会役員だよ。会長からの言葉は絶対なんだから」
これでも僕は生徒会役員の一員だ。今年の4月、新たな生徒会役員を決める時に友達から推薦されたから立候補してみた。本当なら答弁の時に負けていただろうけど、親友が用意したカンペによって成功。
目下最有力候補と言われた元生徒会長に圧倒的大差で勝ってしまった。もちろん、今の生徒会長である美咲さんにはバレたけど。
「はぁ。諒って本当に人を疑うというのを知らないのね。昔なんてあんなに可愛いかったのに」
「昔は昔だよ。それに、話していたらわかるよ。美咲さんがどういう人なのか」
「わかりたくもない」
美咲さんとお姉ちゃんってよく喧嘩をする。犬猿の仲というより喧嘩するほど仲がいい、というタイプだ。
同学年かつライバルだからか、ちょくちょく美咲さんがお姉ちゃんに手を出していたりもする。もちろん、僕は巻き込まれるけど。
「じゃ、すぐ行くの?」
「うん。ご飯を食べたらすぐに。メール自体が僕にだけ送りつけられなんてありえないから陽太と合流してからかな」
僕の回答にお姉ちゃんは少し寂しそうに俯く。僕は出来るだけ明るく笑みを浮かべながらご飯を包んでいるラップを開いて両手を合わせた。
「いただきます」
贅沢は言ってられない。これは僕が言ったことなのだから。だから、僕はご飯に箸をつけた。
「諒の馬鹿」
「お姉ちゃん、何か言った?」
僕はボソッと聞こえた声に尋ねる。お姉ちゃんはすぐに首を横に振って答えてくれる。
「ううん。独り言だよ」
「朝からラップ飯とは豪華なご飯だよな」
学校へ向かう道。多分、僕が今までの人生の中で一番退屈なものだと思う。それは一人でいた時の話。
今、僕の隣には一番の親友の姿がある。
身長は180cmを超える長身で見る人誰もがイケメンというルックス。もちろん、運動神経抜群で頭がいい。成績的には僕の次くらいかな。
「全く豪華じゃないけどね」
「いや、豪華だ。よく考えてみろよ。貧乏な家ってのは毎日のご飯を手に入れるのが大半なんだ。お米がないなんて日はざらにある。さらにはお米どころか何かよくわからないものの日もざらにある。それと比べてみたらラップ飯は豪華じゃないか」
「陽太にとってはね」
春日井陽太。それが僕の親友の名前だ。陽太の家は貧乏一家、というわけじゃない。陽太は下宿生だからだ。しかも、貧乏なのは趣味にお金を注ぎ込んでいるから。
一ヶ月一万円生活ならぬ一ヶ月五千円生活(趣味のお金を除く)をしていたりもする。まあ、陽太の話だと趣味に毎月二万円くらい使えるから毎日がパラダイスらしいけど。
さすがの僕もそこまで趣味にお金をかけたくはない。お姉ちゃんに迷惑がかかるし。
「くぅ、毎日あんなに可愛いお姉さんに朝ご飯を作って貰っている諒が羨ましいぜ。なあ、立場を交換しないか?」
「趣味にお金は使えないよ」
「なら、止めようぜ」
陽太は趣味に生きる男だ。
さすがの僕も陽太の趣味だけら理解する気にはなれない。それに関しては陽太も納得している。確か、
「そう、これは全て愛なのだ!?」
と言っていたような気もする。
僕は小さく溜め息をついて前を見る。前にあるのはなだらかな坂。ここさえ上がれば僕達が通っている学校が視界に入る。
「相変わらず、こういう坂って憂鬱になるよな」
「そう言えば、陽太っていつもそういうことを言っているよね。坂に何かあるの?」
僕がそう尋ねると陽太は真っ白な歯でキラリと光を反射しながら満面の笑みで答える。
「ほら、茜色に染まらない坂なんて坂じゃないだろ?」
「わけが分からないよ」
陽太って時には僕に分からないような話をする。そんな話をする時の陽太は本当に生き生きしているけど、そんな時の陽太には僕と陽太の趣味友達の丸福一樹くらいしか近づかない。それ以外の時は頼れる生徒会副会長なんだけどな。
陽太の人気は本当に高い。イケメンだし、優しいし、人当たりはいい上に対応力も高い。教えるのは若干下手だけど、そこは僕が上手く補っているから大丈夫。
普通の趣味の人から陽太の趣味の人まで幅広く集まる。もちろん、僕はこんな親友を持てて良かったと思っている。
「諒もこっちの趣味を頑張ろうぜ」
「僕はいいよ。お金は必要最低限に抑えておかないと」
「まあ、今まで親友やっているからわかっているけど、無理はするなよ」
陽太との付き合いは長い。かれこれ5年くらいだろうか。その時は今のような性格じゃなかったけど、その時のことを思い出すと無性に恥ずかしくなる。
だって、ちょっとだけナルシスト気味だったから。
「ありがとう。僕は大丈夫だよ。みんなと一緒にいれば大丈夫だから」
「そっか。じゃ、本題だ」
「前振りが長かったね」
「気にすんな。諒も相原先輩に呼ばれたんだよな?」
すごく真剣な表情になった陽太に僕は首を傾げる。何かあったのかな?
「うん。美咲さんに呼ばれたけど?」
「メールの内容を見せてくれ」
「はい」
僕は携帯を取り出してメールを見せた。陽太は僕の携帯を掴んで内容を見る。
何秒経っただろうか。陽太は無言で僕に向かって自分の携帯を突き出していた。画面にはメールの内容が書かれている。
『朝、生徒会室に来られるなら来ること。別に来なくていい。来ない方が嬉しい』
「ツンデレ?」
「確かにツンデレだな。俺にはツンで、諒にはデレ。見事なツンデレって違うからな! どう考えてもおかしいだろ!? 俺は生徒会副会長でお前は生徒会書記。明らかに俺の方が重要じゃないか?」
「ほら、美咲さんって腹が黒いから」
僕も陽太も美咲さんがどれだけ腹が黒いかは生徒会に入ってからわかった。
陽太の場合は生徒会に立候補した美咲さんに一目惚れして僕を道連れに立候補。二人共当選して陽太は生徒会会長を補佐する副会長に。僕は空いていた書記に収まった。
そして、美咲さんがどれだけ黒い人物かわかった。でも、ここ一ヶ月で一緒に生徒会活動をしてよくわかった。
美咲さんがどれだけ優しいかを。敵には容赦しないけど、本当に美咲さんはみんなのことを考えている。
「まあ、そんなところがいいんだけどな」
「陽太ってそういう考え方だよね。疲れない?」
「生徒会長からの寵愛を受けているお前には言われたくない言葉だよな!?」
寵愛っていうほどのものは受けていないけど、生徒会の中では一番気に入られているのは僕だとは思う。
「あーあ、相原先輩からご寵愛を受けたいな」
「多分、陽太は常に美咲さんラブと言っているから駄目なんじゃないかな?」
「俺のアイデンティティを捨てろというのか!?」
「知らないし近所迷惑だからね」
近所迷惑というほど朝でもないけど。
僕は小さく息を吐いて一歩を踏み出す。坂の頂点には立っていないけど視界はようやく坂から向こうを見ることが出来た。
まあ、山しか見えないけど。
「何つうかさ、ここら辺になっていつも思うんだけどさ、何で山?」
「うん。僕もそう思った」
学校自体が山の上に無いからいいけどね。
県立八重桜高校。
それが僕達の通う高校の名前だ。生徒数は約600人で学校偏差値は真ん中より下、なんだけど、何故か全国模試ではどの学年でも誰かが名の上がるくらい謎の学校。
去年だと美咲さんが全国八位くらいだったかな。
今年は多分、僕と陽太のどちらかが入る可能性が高い。
他に特徴を上げるなら多種多様な人達が集まるところだろうか。どれだけ多種多様かと言うと、推薦を蹴った全国模試一位と二位の僕達とか、アニメ作りの新鋭とか、プロ作家とか。
おかげで文化系のクラブがかなり厚い。体育会系は言うほどだけど。
確か、囲碁で全国優勝してプロを目指す人や、チェスの世界一位を倒した人とか、あれ? よくよく考えると八重桜高校の面々って凄いような。
多種多様だから不良がいたり番長がいたり、女番長がいたりって、番長って二人いていいのかな?
ともかく、普通に色々な人が集まっている。
「「おはようございます」」
僕達は守衛の森田さんに挨拶しながら門をくぐり抜ける。
森田さんは筋肉ムキムキのボディビルダーでなおかつ優しい。女の子からの信頼は全くないけど、一部の男からは兄貴と呼ばれている。
人当たりもよく、何故か美咲さんとよくコントをしてみんなを沸かせている。
「今は8時か。なあ、諒。これだけ早かったら大丈夫だよな?」
「多分、大丈夫だと思うよ。美咲さんは僕達の登校時間をわかっているから大丈夫だと」
「何が大丈夫かな?」
飛び上がった。冗談抜きで僕と陽太は飛び上がった。飛び上がって振り返る。そこにはショートカットの女の子がいた。
身長は159cmで八重桜高校のセーラー服を着ておりお姉ちゃんほどじゃないけど若干童顔。お姉ちゃんと違って可愛いよりも綺麗という顔だ。
僕はホッと息を吐いてその人の名前を呼んだ。
「驚かせないでくださいよ、美咲さん」
「ごめんね。諒が見知らぬ男と話していたから嫉妬しちゃった」
「あの、俺、生徒会副会長」
「早く生徒会室に行こ」
美咲さんが僕の手を取って走り出す。困った顔をして親友を振り返ると、そこには振り返ったことを後悔する形相の陽太がいた。
何というか、鬼というか悪魔というか、ともかく表情が怖すぎて今すぐ消えたくなる。だけど、僕はそれをこらえた。自分の感情はよほどの嫌悪感が無い限り考えてはいけないから。
引っ張られていた手を離す。美咲さんは驚いたように僕を見ていた。
「ごめんなさい、美咲さん。でも、陽太も生徒会の一員です。一緒に行きましょう」
「むー、諒は女の子の気持ちがわかっていないな。まあ春日井君もだけど」
「なあ、諒。俺は今ほどお前を殺したいと思ったことはないぞ」
「諒になら殺されてもいいけど?」
真顔で僕はそう答える。すると、陽太は小さく溜め息をついた。
あれ? 僕は何か変なことを言ったかな? 殺されてもいいくらいに陽太を信頼しているということなんだけど。
「諒」
美咲さんの声と共に僕の手がギュッと握られる。
「駄目だよ、そんなことを言ったら。簡単に死んでもいいだなんて言ったら駄目なんだよ」
「わかりました」
美咲さんは信じられる人だ。だから、美咲さんの言うことは間違っていない。
「お願いだよ。そんなに簡単に殺されてもいいなんて言わないで」
美咲さんの顔が僕の肩に押しつけられる。
あれ? どうして美咲さん泣いているの?
「諒?」
その瞬間、ゆらっと陽炎が周囲に現れた。未だに5月だと言うのに気温が真夏であるかのように上昇する。
今までの経験は信じたくない。信じたくないけど今まで同じ展開になるのは確実だ。自信なんて糞食らえの僕だけど、確実にそうなるという自信だけはある。
僕はゆっくり振り返った。背中に嫌な汗を山ほど流しながら。そこには笑みを浮かべたお姉ちゃんがいる。お姉ちゃんの手にあるのはソフトボール用のバット。
「どうして、美咲を泣かしているのかな?」
お姉ちゃんがゆっくり一歩を踏み出す。僕は一歩後ろに下がった。
いつの間にか野次馬が僕達を囲んでいる。どうしよう。
「助けて、陽太! 僕達親友だよね!?」
「相原先輩を泣かす奴は地獄に落ちろ」
どうしよう、親友に見捨てられた。
「天誅!!」
その言葉と共にバットが振り上げられる。そして、僕の意識は暗転した。
目を開けたそこに白い天井。うん、何度目だろう。この天井を見るのは。
僕は小さく息を吐いて起き上がった。
何度目だろう。本当に何度目だろう。数少ない自分の経験に自信が持てるもの。本当に持ちたくないけど。
ここは八重桜高校の保健室。八重桜高校に入学してこれで五回目だ。中学の時を含めたらこれで五十回目かな。
「とりあえず、教室に」
「あなた、誰?」
その言葉に僕は振り向く。そこにはカーテンがあった。カーテンの向こうに誰かがいるのか。
カーテンが開かれる。開かれた先にいるのは美少女だった。
腰までありそうな長い髪に整った綺麗な顔。美咲さんは綺麗だけどこの女の子はその上を行く。ちょっと乱れた制服もポイントかな。
「あなた、誰?」
「僕は斉藤諒。君は?」
「私は山辺未来よ」
いつもの日常風景だと感じていた保健室の天井は異世界への証拠だったかのように僕は彼女と出会った。
僕とは正反対の彼女、山辺未来と。