後のお話
よ、ようやくここまで辿り着きました。
「わけがわからないよ」
僕は小さく溜め息をつきながら見舞いにきてくれた未来と須賀さんにそう言葉を返していた。何故なら、二人の背後には事件の首謀者とされ、僕を拘束するように藤芝大翔に言った桧山恵子の姿があったからだ。
もちろん、どうして桧山恵子がここにいるかもわかってはいるけど。
どうやら桧山恵子は未来じゃないクラスメートに騙されて未来を恨んでいたらしい。さらには未来も桧山恵子だと思い込んでいた恨みは別の人物だった。
本当にわけがわからないよ。
「斉藤君ならそう言うと思ってた。ともかく、未来と恵子と私は親友だから」
「展開が意味わからないけど。というか、僕が病院にいる間に何があったの?」
あの後、僕は入院した。
鼻が折れてたり腕の関節が実は外れていたり、足にもひびが入っているらしい。
鼻は自覚あったけど、それ以外は全く自覚はないんだけどね。
一番酷いのは僕だったらしく、暴走族(笑)の皆さんは次の日には元気よくバイクを走らせていたらしい。僕よりボコボコにされていたはずなのに。
「入院している間じゃなくて、諒が来る前かな。美穂とケイちゃんと藤芝大翔の四人と話した時に、明らかに矛盾していたから。それを美穂が見つけてくれて」
「そうそう。斉藤君が入院している間にお泊まり会もしたんだからね」
「そっか、良かった。未来が幼なじみと仲良く出来て」
「うん、でも、黒部は逃がしたし」
僕が気絶した後、黒部には逃げられたらしい。どうやら矢島先輩と藤芝大翔に榊原先輩の三人が挑んでも動きを抑えるのに精一杯だったとか。
相手側のリーダーである黒部は誰に頼まれて未来達を狙ったのだろうか。
「それでも、やっぱり未来には友達が必要だよ」
「そうね。ねえ、諒。あなたは自分の道を決めたの?」
「決めたよ」
僕は笑みを浮かべて答える。
僕が決めたからあの倉庫街にいた。未来を助けると決めたからみんなと一緒にあそこにいた。
僕一人でなんて何にも出来ないから。
「自分を信じること。他人を信じること。その二つを信じること。それが大事だとわかったから。未来は?」
「私は、やっぱりまだ怖いかな。また、一人ぼっちになるって考えたら少し怖い。だけど、ケイちゃんや美穂みたいな親友や諒や美咲みたいな友達がいてくれるなら、私は他人を信じられる。他人を信じて生きて行くことが出来る。だから、私は他人を信じるから」
僕と未来はお互いに笑みを浮かべ合う。僕達は変わった。僕達は本当に変わった。
あの日、出会った時は僕は自分を信じない人だった。でも、それはただ単に自分から目を背けていただけ。ただ、僕自身から目を背けていた、ただそれだけのことだった。
出会った時の未来は警戒感があった。他人を信じないようにしていた。でも、実際は他人を信じたいという空気がかなり出ていたけど。ともかく、未来はまた誰かに裏切られるのが怖かった。
でも、僕達がいたことで未来は変わった。僕も、未来がいたことで僕は変わった。
本当に変わることが出来た。
「あのさ、ほのぼのしているのはいいんだけど、今日はこんなほのぼのするわけに来たわけじゃないから」
須賀さんが呆れたように溜め息をつく。それに僕達は慌てて視線を逸らせた。確実に顔が赤くなっているはずだ。
そんな僕達に苦笑しながら須賀さんは少し暗い表情になる。
「停学3ヶ月」
「はい?」
今、何て言いました?
「斉藤君は停学3ヶ月。さすがに殴り込みはまずかったみたい。PTAがかなりうるさいことになっているから」
「相手に誰か権力者の親でもいたの?」
「さすがに新聞沙汰になったから」
確かに新聞沙汰になった。黒部の名前だけは意図的に抜かれていたけれど、基本的には誘拐された四人を助けるために僕達が殴り込みをかけたという話。
見た目は英雄だけど、結局はたくさんの怪我人を出しているから。
「話を聞く限り、生徒会だから、というのもあるみたい。さすがに私と未来はお咎めが無かったけど、みんなの停学が終わるまで自主停学」
「停学が終わるまでって後3ヶ月も」
「6ヶ月」
少し不満そうに未来は言う。せっかくクラスメートのみんなと仲良くなりだしたのに停学になるのは忍びないのだろう。
じゃなくて、今、未来は何ヶ月って言った?
「矢島先輩や変態が6ヶ月。さすがに生徒会役員で優先的に殴りかかったから。ちなみに、諒のお姉さんも6ヶ月」
停学ってそんなに長くなるんだ。初めて知った。
「ちょっと待って。それって留年確実?」
「なるね」
須賀さんがまるで他人事のように言った。須賀さんも自主停学するんじゃなかったっけ。
「でも、私はそれに何とも思っていないから。お母さんとお父さんにはさすがに怒られたけど、みんなと一緒に停学するって決めたから」
「美穂や変態二号は別に自主停学しなくていいのに」
確か、北林はかなり遅れて来たらしい。その時に僕の意識は無かったけど、かなりおいしい役を奪ったという話は聞いている。
ともかく、北林は僕のピンチを助けてくれたらしいから本当に感謝している。
「あのさ、未来。私が斉藤君にメールを送らなかった斉藤君達はこんなことにはならなかったの。その場合は私達は無事ですまなかったけど。だから、親友だったら私にだって責任を背負わせて。」
「親友だから責任を背負うのは意味が違うわよ。そもそも、美穂は責任を負わなくていいから無駄なのに」
「無駄って何よ? そもそも、斉藤君達が来たメールは」
「絶対に美穂のメールが無くても諒なら来てくれた」
「絶対に来ない。というか、私がいなかったら待ち合わせの駅前で未来は確実に絶望していたじゃない」
「絶対にしていない」
「絶対にした」
「していない」
「した」
「していない!」
「した!」
僕は不毛な争いに苦笑する。いつの間にかベッドに腰掛けている桧山さんも苦笑していた。
「ごめんね。えっと、斉藤君だっけ」
「別にいいよ。未来に親友が出来たなら、恨むことはないし。それに、恨む相手は別にいるよね?」
その言葉に桧山さんは頷いた。
「私を騙した人。未来を騙した人。そして、黒部を差し向けた人。もしかしたら、全部同一人物かもね」
「だとしたら、かなり厄介だ」
僕の言葉に桧山さんは頷く。
つまり、今も未来達を狙っているという人がいることだ。原因もわからなさそうだから相手を絞るのはまず無理だろう。
僕は小さく溜め息をついて窓から空を見上げる。空はあの日と違って雲一つない青空だった。
「停学中に見つけないとな」
「停学中に見つけるって、相手を見つけるつもりなの?」
「多分、美咲さんはもう動いているよ。僕達はね、敵には容赦しないから」
僕は笑みを浮かべて答える。
「もう二度と、未来や桧山さんが狙われないように、僕達は探し出すよ。それに、停学は長いから。留年確定だしね」
「未来も大変ね」
幼稚な言い争いをしていた私を美穂を待合室まで引っ張ってきたケイちゃんが私に向かってそう言ってきた。
美穂は自販機で飲み物を買っている。
「何がよ」
「あんな性格だったら恋のライバルが多いんじゃないかなって」
「美穂もその一人よ」
私は小さく溜め息をついて持っていたジュースを口に含んだ。
コーンポタージュみたいなミルクセーキ。このジュースを作った人は何をしたかったのだろうか。
「それに、そもそもケイちゃんから始まったことだから」
「そっか。私がケイちゃんから大翔を奪ったから」
「奪われてないし。でも、仲が良さそうだった」
私はケイちゃんと藤芝大翔を見ていた感想を言う。最初は嫉妬していたから見ることは出来なかった。恨んでいたから見ることは出来なかった。そして、離れ離れになってしまった。
でも、再び出会って見てみると、二人は本当に仲がいい。付き合って二年くらいだろうけど夫婦の雰囲気しか出していない。
私の言葉にケイちゃんは笑う。
「最初は未来に見せつけるために頑張っていた。でも、大翔は私が初めて未来を超えられた証で、大好きな人だったから。その、いろいろとして、もっと好きになって、何があっても離したくないと思えて」
「幸せそうね。羨ましいわ」
私は素直な感想を言う。本当に、ケイちゃんは幸せな人物にしか見えない。どうしてケイちゃんと仲違いしてしまったのだろうか。
「大丈夫。未来だってきっと幸せになれるかな」
「そうかな?」
「そうそう。立ち聞きしている美穂も」
その言葉と共にケイちゃんが振り返った。
美穂は小さく溜め息をついて私と同じジュースを握りながら私達の隣に座る。
「二人はライバルだから頑張りなさいよ」
「ケイちゃんは呑気よね。まあ、彼氏がいるから当然か」
「羨ましいな。本当に羨ましい」
私と美穂はケイちゃんを見つめる。ケイちゃんは胸を張っていた。
藤芝大翔と仲良くやっているからいいけど。
「私はそろそろ帰るけど、二人はどうするの?」
ケイちゃんが立ち上がる。
ケイちゃんがここに来たのはただ単に斉藤諒と顔合わせをためだけだ。感触は悪くなかったからもう大丈夫だろう。
私は小さく息を吐いた。
「私はもう少しここにいようかな。美穂は?」
「私もいるよ」
美穂はいなくてもいいのに。
「そっか。じゃあ、またね」
ケイちゃんが立ち上がって私達に手を振りながら歩き出す。私達はケイちゃんに手を振りながら見送った。
ケイちゃんが見えなくなった頃で私達は小さく溜め息をつく。
「これからも大変だよね。私も、未来も」
「そうよね。私だって大変よ。というか、今頃学校はどうなっているのやら」
生徒会役員の中で香取先輩を除いて全員が停学を受けた。美咲は1ヶ月だし、諒は3ヶ月。矢島先輩と変態一号は6ヶ月。
期間がかなり長いのは一度は警察に厄介になったことと、生徒会役員であるからだろう。退学にならないのは多分、お父様とお母様が手回ししてくれたから。
「未来、ゆっくりでいいから語ってくれてもいい?」
私は驚きながら美穂を見る。
「未来がどういう家で生まれたとかはわからないけど、そういうのはゆっくり語って欲しいな。斉藤君もいる場所で」
「どうして」
「わかっていないと思ったの? 斉藤君にはまだ言っていない。それは未来が言うことだから。だから、私は何も聞かない。でも、ゆっくり教えて欲しいな。未来のことをもっと知りたいから」
その言葉に私は頷いた。頷いてから天井を見上げた。
いつか、話さないといけない。私のことを。でも、それはゆっくりと話せばいい。まだ、私達には時間があるのだから。