僕と私の進む道
予定より一話増えたし。後一日しかないのに。
「お釣りはいりません!」
僕は財布から抜きだした一万円札を運転手に渡して走り出す。何故なら、倉庫街の前には何人もの倒れている人達がいた。その中にはあのバーで藤芝大翔と一緒にいた人の姿もある。
それは異様な光景。その光景に僕は少しだけ足踏みをしてその人に近づいた。
「大丈夫ですか?」
僕はその人を助け起こした。体中に殴られたような傷があり、一部では斬り傷もある。
どう考えても喧嘩というか戦いがあった後にしか考えれない。
「あんたは」
男がうっすらと目を開けて僕を見る。その顔が驚きに満ちているのはおそらく僕がその人を助け起こそうとしているからだろう。
僕はこの異様な光景である周囲を見渡しながらその人に尋ねた。
「何があったんですか?」
倒れている数は大体20人くらいだろうか。それが一様に倒れているのだ。もしかしたら、矢島先輩達が倒したのかと思うけど、その場合は周囲にバイクが止まっているはずだ。つまりは矢島先輩達以外の勢力がここに来たのだろう。
その人はゆっくり体を起こし、腕が痛むのか手で押さえて顔をしかめる。
「あんたに助けられるとはな」
「今はそんな話じゃなくて、ここに未来とか須賀さんとか藤芝大翔がいたよね?」
「あの倉庫の中にいる。多分、黒部も同じだ」
「黒部?」
その言葉に僕は眉をひそめた。
聞いたことのない名前だ。そして、それが異様な人物であると判断できるような状況でもある。
「大翔さんが、危ない。俺も、早く向かわないと」
「はあ。何が起きているかわからないけど、ともかく、倉庫の中に」
「いや、黒部がいるならお前は入らない方がいいだろう」
その言葉と共に僕の頭に手が置かれた。慌てて振り返ると、そこには矢島先輩やその配下とも言える暴走族、(笑)と言っておこう、の姿があった。あらには陽太や美咲さんに榊原先輩と香取先輩、お姉ちゃんの姿まである。
「どうして」
「どうしてもこうしてもじゃねえよ。ようやくお前が見つかったと聞いてみんなで来てみれば、今度は山辺さんに須賀さんが捕まったらしいじゃないか。だから」
「私達は助けに来たの。まあ、私はここで応援するだけだけどね」
そう言いながらいたずらをした子供のように美咲さんは舌を出した。
僕は美咲さんが来ることを拒否したのに来たことに対する答えだろう。僕はその言葉に笑みを浮かべてしまう。
やっぱり、みんながいないと僕は何もできないかもしれない。でも、みんながいれば、僕は何だってできる。ここには未来や須賀さんが必要だ。
「矢島先輩、黒部って誰ですか?」
「簡単に言うなら何でも屋だ。確かに、ここにあいつがいたならこうなるのは仕方のないことだろう。さすがの藤芝大翔でも辛いかもしれない。斉藤、お前はここで相原と一緒に」
「総司。今のお前では対象に不向きだ。今回はお前が助けに来たわけではないだろう?」
榊原先輩が呆れたように矢島先輩の肩を叩く。そして、僕を見てきた。
「斉藤。お前が大将だ」
榊原先輩が笑みを浮かべる。その頭で光を反射させながら僕に向かってその純白の白い歯を向けてくる。榊原先輩なんてこの中で一番関わり合いが少ないはずなのにどうしてここにいるのだろうか。
僕がそう首を捻っていると榊原先輩は少しだけ頬を染めて別の方向を向いた。
「優美に手伝って欲しいと言われたのだ。本当なら、部活に出て練習しているはずだが、優美の願いとなればやるしかないだろう。それに、わが校の生徒を誘拐する輩はこの手で成敗せねばならん」
その言葉に僕は笑みを浮かべてしまう。なんて、僕は恵まれているのだろうか。どうして、ここまでみんながいてくれるのだろうか。
みんなが、生徒会メンバーだけじゃなく暴走族(笑)までが僕の言葉を待っている。
「行こう。二人の場所に」
だから、僕は歩き出した。目的の倉庫はすぐそこだ。だって、唯一開いている倉庫でその周囲にはたくさんの人が倒れている。
そこに向かって歩けばいい。そこに向かってみんなで進めばいい。僕は、一人じゃないのだから。
「貴様、誰だ」
藤芝大翔が私達を守るように身構える。だけど、相手の戦闘はこちらを見たままにやにやしながら何も答えない。それはある意味不気味だった。そして、隙が全くないのがわかる。
実穂はおそらく戦えない。ケイちゃんも同じだ。二人は護身術すら習っていないだろう。
だから、ここで戦えるのは藤芝大翔と私だけ。
「俺の名前かっすか? 黒部、とだけ名乗っておきましょうか。まあ、大翔さんならその名前に覚えがあるんじゃないんっすか?」
「何でも屋か」
藤芝大翔が小さく舌打ちをする。
何でも屋の黒部。その名前は有名だ。確か、頼まれたことなら何でも達成するだけの能力を持っている人物。それ故に、裏社会ではその名は轟いている。
「そうですね。今回の依頼には大翔さんは関係ないんですけど、そこの二人、ここに連れてきた二人と、ついでにもう一人の女の子は俺の好みなんで犯しに来ました」
「貴様!」
「怒らないでくださいよ。さすがの大翔さんもこの人数は辛いでしょ? 大人しく差しだしてくれればどこも傷つけませんよ。それに、殺しもしませんから」
藤芝大翔の顔が怒りで歪む。対する黒部の顔は余裕が浮かんでいた。それに私は拳を握りしめる。このままじゃマズイ。このままじゃ、みんなやられる。
斉藤諒は絶対に私を助けてくれると仮定するしかない。さすがに実穂のメールを無視することはないだろう。拘束していたのが藤芝大翔なら斉藤諒は矢島先輩経由で話を聞いているはずだ。
ここがケイちゃん達の場所であるならばだけど。
「黒部大吾。あなた、誰の依頼でここに来ているの?」
その言葉に黒部が反応する。さすがに、知らない人だと思っていた私がその名前を呼んだことに驚いているのだろう。
私はその驚いた表情に対して笑みを浮かべた。
「黒部大吾。23歳。地方の国公立大学を卒業している。留学経験があり、その時から何でも屋家業を始める。何でも屋としては世界的に有名であり、若くしてお金を稼いだ人物。違ったかしら?」
「女、何故」
「言って欲しければここであなたの親の名前を叫んでいいのよ。もちろん、その名前は周囲にいる人達に聞こえるわよね? 外で倒れている人達にも。あなたは必死に証拠を消さないといけない。そんな大量殺人を行えば、逃げることはできない」
例え、あの黒部だとしても大々的に殺人を起こせばそれは罪になる。それに、私の武器はこの情報だけじゃない。お母様から教えてもらった魔法の言葉は他にもいくつかあるのだから。
「き、貴様!!」
「ほら、本性が出た。残念ながら、あなたのプロフィールは全て覚えているのよ」
隣町で一人暮らしをするために私は様々な情報を覚えた。それは、一人暮らしをする上で武器となる様々なもの。
それは、ほんの少しでも時間を稼ぐには有効だ。そう、今みたいな状況でも。
私は笑みを浮かべる。笑みを浮かべて私は入り口にいる相手に向かって手を上げた。それに相手は頷きで反応してくれる。
「それ以上、その四人に近づくな!」
「それ以上、その四人に近づくな!」
僕は四人を囲む集団に向けて叫んだ。どうして藤芝大翔やあの女の子が一緒にいるのかは全く理解はできないが、藤芝大翔の立ち位置から敵ではないことだけはわかった。
相手の数は大体20くらい。でも、怖くはなかった。みんながいるから。
「何者だ、てめえ」
一番近くにいる男が近づいてくる。僕はそれに向かってゆっくり近づいた。後ろから追随してくる足音はしない。みんな隠れているのか。
「何しにここに」
だから、容赦はしない。全力で拳を振るって顔面を殴りつけた。でも、そんな力ではここにいる不良は倒せない。そんなのはわかっている。
「てめえ!!」
相手はほんの少しだけ体を仰け反らせるだけて終わり、逆に僕の顔面に向かって殴りかかってくる。だけど、後ろから伸びた手がそれを受け止めた。
「ったく、ちょっと昔に戻り過ぎだぞ」
その言葉に僕は笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。僕はそう決めたから」
陽太が殴りかかってきた男を殴り倒した。さすがは陽太。昔に空手を習っていただけはある。
「この道を突き進むことを」
「なるほどな。だったら」
陽太が笑みを浮かべて前に出る。それと同時に矢島先輩や矢島先輩の暴走族が僕達の横に並んだ。もちろん、榊原先輩の姿まである。
「俺らはその道を援護してやるよ。だから、お前はお前の道を進め!」
「ありがとう」
その言葉と共に矢島先輩を先頭にみんなが走り出す。だけど、僕は歩く。みんなが空けてくれる道を僕は歩く。僕はそんなに強くない。回避だけは自信があるけど、それ以外は全くない。だから、僕は周囲を見ながら歩く。
やっぱり矢島先輩は強い。拳一発で一人倒れている。だから、みんな距離を取っている。ちなみに、暴走族の皆さんは誰一人として倒していない。まあ、善行を積んでいるような人達だから無理はないよね。
それを陽太が何とかカバーしている状況。榊原先輩もかなり強い。だけど、やっぱり少し危ない状況かな。
「てめえら! この刀が見えてねえのか!」
その時に上がる声。僕がそちらを振り向くと、そこには日本刀らしきものを握る男がいた。その背後にはこの状況でいながら僕を見つつ笑みを浮かべている男。あれが、黒部?
それに、あの刀がもし本当なら、かなり危ない状況になるかも。
「死にたいやつから、かかってこい!」
その声に暴走族(笑)の顔色が真っ青になる。さすがに日本刀には慣れていないよね。
「へえ、それって本物? 偽物?」
今度は逆の方向から声がかかった。
頼りになる姉の声に僕は浮かべかけた笑みを次に響いた音によって止められる。
言うなら、金属の何かを引きずっているような音。簡単に言うならバットを引きずっているような音。
「ほ、本物だ」
「そう」
僕は小さく溜め息をつく。お姉ちゃんは確実に笑みを浮かべているだろうな。
ゴリゴリとバットを引きずる音。それがあっという間に横にまでやって来た。相手からして見れば死神が到来した音。
「私ってね、何かを殴ることが好きなの」
その言葉と共に振り向いたお姉ちゃんの顔には完全に笑みが浮かんでいた。しかも、周囲にいる人達の顔に浮かんでいるのは青さ。まあ、青ざめているだけだけど。
お姉ちゃんは昔、それを理由に停学を受けたことがあるから。
「公共物しかり植物しかり人間しかりボールしかり。ともかく、何でもいいから私は殴りたいの」
その言葉に日本刀を持った人が青ざめる。そりゃそうだろう。日本刀を持つ相手にお姉ちゃんはバットで戦線布告したのだから。
お姉ちゃんはこれさえなかったら普通に可愛い女の子なんだけどな。
「ストレス発散のためにソフトボール部には入ったけど、やっぱり、ストレス発散するには、全力で殴るのが楽しいよね?」
みんなが一歩後ずさる。さすがにこれは仕方のないことだと思う。ただ、一人だけは後ずさっていない。
「だからね、期待はずれは嫌いだから」
「ちくしょう!」
刀を持つ人がお姉ちゃんに斬りかかる。お姉ちゃんは笑みを浮かべたままバットを構えて、そして、フルスイングをした。
宙を舞う白銀。それは、折れた日本刀の破片。振り抜いたバットは日本刀を完全に折っていたのだ。そして、振り戻されたバットが背中を強打し吹き飛ばす。
「諒、後は頑張って」
「あのさ、明らかにあいつが一番危険だよね」
僕は小さく溜め息をついた。溜め息をついてそいつを見る。
「お前が大将だよな?」
「大将というほどじゃないさ、小僧。俺の名前は黒部。お前こそ、戦わないくせにリーダー気取りか?」
「リーダー気取りじゃない」
僕は腰を落とす。
「リーダーだ」
斉藤諒が腰を落とした。無謀にもあの黒部と戦うらしい。無謀だ。無謀すぎる。斉藤諒が死んでしまう。
「力の差がわかっているのか? 小僧とは雲泥の差が」
「そうだね。だけど、僕は決めたんだ。自分で決めたんだ」
斉藤諒と視線が合う。その言葉は黒部に言ったんじゃない。私に言ったということは容易に理解出来た。
それは、あの日の約束を守っているということ。その言葉が私には何よりも嬉しかった。
「それが僕が進む道だと決めた」
「それで死んだら意味がないぞ、小僧。大翔さん、そろそろ諦めたらどうですか? どうせ勝てないなら」
「誰が勝てないと決めた?」
斉藤諒の顔に浮かんでいるのは笑み。余裕の笑み。
「誰が、決めた?」
「小僧」
「勝負は、やってみなくちゃわからない。僕は信じているから」
「面白い。なら、お前から倒してやるよ!」
斉藤諒と視線が一瞬だけ合う。その瞬間、私は前に向かって走り出していた。
斉藤諒は自分を信じて戦っている。自分で決めた道を進むために。そして、信じていると言った。
それは私への問いかけ。だから、私はそれに全力で答える。
「あんたを信じるから!」
斉藤諒も走り出す。私も走り出す。その瞬間に藤芝大翔も走り出す。
三方向からの攻撃に黒部は一瞬だけ悩み、そして、斉藤諒に向かって走り出した。斉藤諒は真っ直ぐ黒部に向かい、そして、一瞬で横に弾き飛ばされていた。
何が起きたかわからない。ともかく、斉藤諒が弾き飛ばされていた。黒部はそのまま出口に向かって走る。そのはずだった。
だけど、その黒部の足に斉藤諒がしがみつく。すかさず黒部は斉藤諒の側頭部を蹴りつけた。だが、斉藤諒はその手を離さない。
「黒部!」
藤芝大翔が黒部に殴りかかる。黒部は斉藤諒を諦めて藤芝大翔の拳を受け止めた瞬間、私は黒部を狙ってハイキックを放っていた。もちろん、狙いは側頭部。
だが、そのハイキックは簡単に拳で迎撃される。
「ガキ共はすっこんでろ!」
「ヒーローは遅れてやってくるんだよ!」
その言葉と共に誰かがドロップキックを黒部の背中に放っていた。完全に油断していた黒部はまともに食らって吹き飛ばされる。だが、すぐさま転がって簡単に立ち上がった。
「遅れて参上、チェスプレイヤーの「遅刻した変人は黙ってて」俺は変人じゃくてロリコンだ!」
私は斉藤諒を助け起こす。斉藤諒は意識を失っていた。だから、私は斉藤諒を抱き締めようとして、斉藤諒が立ち上がった。意識がないはずなのに。
そして、ゆっくりとした足取りだが黒部に近づいていく。
「小僧、よっぽど死にたいようだな」
黒部が拳を放つ。私はそれを見ているしかなかった。放たれた拳が斉藤諒の頬を捉え、振り抜かれた斉藤諒の拳が黒部の顎を捉えた。
まるで、殴られたことを感じていないような状況。黒部が一歩後ずさる。対する斉藤諒は一歩を踏み出した。
「諒! 頑張って!」
無責任かもしれない。意識が無いのに動いている斉藤諒を応援するなんて間違っていると思う。
だけど、私は斉藤諒ならどうにかしてくれると感じていた。斉藤諒なら必ず帰ってくるとわかっていた。だから、私は叫ぶ。
「私は、あなたを信じる! だから、あなたは自分を信じて!」
声が聞こえた。その声に僕は目を開ける。それと同時に体中から痛みが現れた。どうやら意識を失っている、いや、記憶を失っている最中に殴られたのだろう。
でも、体中から力が溢れているのがわかった。前にいる奴は強い。勝てない。僕一人じゃ無理だ。だったら、何をすればいい。
一瞬で状況を見て答えを出す。だから、僕は地面を蹴った。
振り抜かれる拳。避ける手段はない。
振り抜かれた拳は僕の顔面を捉えて吹き飛ばそうとする。でも、僕はそれを必死に堪えた。今だけは、今だけは堪えろ。そうしたら、
「よくやった!」
その言葉と共に横から飛び出した矢島先輩が相手を殴り飛ばした。
それを見た瞬間、僕は膝から崩れ落ちる。だけど、それは未来によって受け止められた。
「バカ。私なんかのために」
「聞こえたよ」
僕は抱き締めてくる未来の体をしっかり掴み、未来の顔を見ながら笑みを浮かべた。
「未来の声が聞こえた。僕と未来の進む道を、宣言する声が」
その言葉を出し切った瞬間、僕の意識は真っ黒に染まった。染まりながらこう思う。
鼻血、出ていなかったかな?