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二つの親友

後少し、後少し。そして、日にちも後少し。(現在20日)

須賀美穂の携帯が床を転がる音がする。だけど、私は携帯よりも先に須賀美穂に近づいた。


「大丈夫?」


前には振りきられた手。桧山恵子が携帯でメールを送信した須賀美穂に対して振り下ろしたのだ。もちろん、間に合うわけがない。


桧山恵子は怒りに染まった表情で携帯を掴む。


「これに乗る前に、連絡手段は全て渡せって言わなかった?」


「それに素直に従うとでも?」


須賀美穂は桧山恵子に向かって笑みを浮かべる。それは余裕の笑み。


送ったメールが何なのかはわからないけど、それはおそらく助けを求めるためのメール。だから、須賀美穂は勝ちを得たかのような笑みを浮かべている。


「まあいいわ。たったメール一つで何が出来るのか、それはそれで見物よね。もしかして、あの遅刻魔にメールを送ったの? 大事な約束に遅れた彼を」


その瞬間、私の頭の中で何かが沸騰しそうになった。だけど、須賀美穂が私の手を握ることでそれは寸前でまる。


危ないところだった。もう少し言われていたなら今頃殴りかかっていただろう。


「やっぱり、あなただったのね。あなたは斉藤諒に何をしたの?」


「何って、ただ二年前の再現をしただけよ。そう、ただそれだけ。まあ、事情は少し違うけど、絶望したでしょ?」


私は拳を握り締める。そして、桧山恵子を睨みつけた。


「もう、絶望なんてしない。私は斉藤諒を信じているから。だから、私は絶望なんてしない。絶望なんてしない! ようやく手に入れた友達なのに、ようやく手に入れた信じれる友達なのに、もう、手放したまるものか!」


それは叫び。私の中から出て来た叫び。それに桧山恵子は少し驚いたような表情になっている。


だけど、私はそれを気にすることなくさらに言葉を続ける。


「友達を信じなくて、誰を信じられるの? 私はもう、自分一人だけで何もしたくないんだから」


自分だけで何でも出来ると思っていた。自分の考えだけに従っていれば万事上手く行くと思っていた。だけど、それは少し違っていた。


自分一人よがりでどうにか出来ることなんて決まっている。たった一人でどうにか出来る範囲なんて本当に小さい。


自分一人ということは全てを一人で決めないといけないから。だけど、斉藤諒と出会ったことで私は変わった。変わることが出来た。


他人を信じるということは自分一人で生きていくわけじゃないということ。でも、それは自分だけで考えないといけないこと。決めないといけないという意味では何の変わりもないけど、一人と二人じゃ考えは違ってくる。


その価値観全てが、私には無いもので、それは私を成長させるもの。


そんなことですら私はわかっていなかった。わかろうとしなかった。斉藤諒と出会うまでは全てが一人だったから。


裏切られるのは嫌だ。一人で待つのは嫌だ。だから、私は友達を作らない。そう、決めていた。でも、それはただ、殻に閉じこもっているだけだった。


斉藤諒はそれを否定しないだろう。美咲はむしろ肯定するだろう。


でも、私は斉藤諒と出会って、変態と出会って、美咲と出会って、矢島先輩と出会って、香取先輩と出会って、変態二号と出会って、坊主と出会って、須賀美穂と出会って、私の考えは変わった。


後は斉藤諒のお姉さんもだけど、名前を完全に忘れている。というより聞いていないような気がする。


ともかく、私の考えは変わったのだ。このメンバーと一緒に生徒会をやっていきたい。一緒に学校生活を歩みたい。私は、誰かを信じたい。


「私は信じる。みんなを、友達を、仲間を、斉藤諒を。あなたが何がしたいかなんてわからない。でも、みんなは、斉藤諒は必ず私達を助けてくれる。絶対にそれは事実なのだから」


必ず助けてくれる。斉藤諒なら必ず。


断言出来ないはずなのに私はそれを断言出来る。証拠はないはずなのに必ずという言葉をつけることが出来る。


それは、私が斉藤諒を信じているということ。他人を信じているということ。だから、私は斉藤諒を信じる。自分で決めたことだから。


「そう。わかったわ。そろそろね」


桧山恵子の言葉に私達は周囲を見渡した。


いつの間にか街並みは変わって工場が多くなっている。それに、この工場の群れはどう考えても海岸沿いにある工業団地だ。


ここには来たことはないけど、大規模な工場群はそことしか考えられない。


「さすがに、ここまで来れば追ってくることはないわね。目的地はすぐそこよ。そこでじっくり話しましょう。今までのことを、これからのことを」


その言葉と共に桧山恵子は前を向く。だけど、その顔には何か不安事があるかのような表情になっていた。


私が斉藤諒を信じているからじゃない。もっと別の深い何かを出しているような気がする。さすがにこれは自信がないけど。


そう考えていると、私の袖を須賀美穂が引っ張った。


「未来、一つ尋ねたいけど、二年前に未来が一人ぼっちにされた時、何時まで駅前にいたっけ」


その声は本当に小さくて私にしか聞こえないような声。現に、桧山恵子は私達を見ていない。


私はその時のことを思い出す。


「確か、6時くらいだったと思う」


すでに日は傾いていたはずだ。時刻なんてわからないし雨が降っていたから私には空で大体の時間を計ることは出来ない。


でも、そんな雲でも暗くなっていたのはわかった。


「それがどうかしたの?」


須賀美穂が不思議そうな表情で首を横に振る。そして、何かを考え込むように小さく俯いて、そして、首を上げた。


「正午には誰も来なかった、で間違いがないよね?」


「そうだけど」


須賀美穂は小さくやっぱりと呟いた。須賀美穂は何かに気づいたのだろうか。でも、私にはわからない。何に時刻が関係しているのか全くわからない。


私は不思議そうに首を傾げる。すると、須賀美穂はかなり微妙そうな顔で前を見つめた。


「えっと、あなたの名前はなんだっけ」


「桧山恵子よ」


「ありがとう。桧山さんに質問したいことがあるんだけど」


「住所までなら教えるわ」


「せめてプライバシーは守ろうね」


住所まで教えたらプライバシーなんて全くないような気もするけどそれが桧山恵子だ。ちょっとは懐かしいな。


「目的地に着いてから腰を落ち着けて聞いていい。第三者だから気づいた点かもしれないけど」


「あなたは何がいいたいの?」


桧山恵子は不思議そうに振り返る。だから、須賀美穂は素朴な疑問をぶつけた。


「どう考えてもおかしいから。未来は人がやってきたのは6時と言った。でも、桧山さんは今日は再現したとか言っていたような気がする。だったら、12時に未来は誰も来なかったと言っていたのに斉藤君は12時に来た。つまり、この再現は未来の二年前を再現したわけじゃなくて、桧山さんの二年前を再現したことにならない?」


その言葉に私はハッとした。確かにそうだ。確かに、それはおかしい。対する桧山恵子も何かに気づいたような顔になっている。


「あなた達は誰に騙されたの?」






倉庫街。


周囲を見渡して言える感想はそれくらいだろう。私は周囲を見渡しながら私は前を歩く二人を追いかける。


須賀美穂から言われた言葉は私からしたら今まで生きてきた全ての根底を覆すようなものだった。


私も桧山恵子もお互いを憎んでいた。桧山恵子が仕組んだことによってクラスから孤立した。桧山恵子はクラスに復帰できたけど、私は復帰することが出来なかった。


桧山恵子が倉庫の一つに入る。その中では広い空間が広がっており、ここが倉庫だとわかるような資材がいくつも積まれていた。


桧山恵子が近くの角材の上に座る。対する私や須賀美穂も同じように近くにある角材に座り込んだ。


「はぁ。とりあえず、未来は置いておいて連れの、えっと」


「須賀美穂」


「須賀美穂に聞くわ。第三者視点から見たからおかしな点に気づけたと思う。だから、私はあなたの疑問に答えるだけで口を挟まない」


桧山恵子の言葉に私は頷いた。


須賀美穂という第三者視点だからこそ気づけたこと。だから、須賀美穂を中心に話を進めた方がいい。


須賀美穂もそう思ったからか頷いて答えてくれる。


「わかった。じゃ、まずは未来に聞くから。未来はその日、待ち合わせの約束を反故にされてみんなに先に行かれた。その事実を6時に知った」


「ええ、そうよ」


それは紛れもない事実。私はクラスメートに裏切られた。その時は桧山恵子によって私ははめられたのだと感じた。


だから、私はその言葉に肯定する。


「未来は桧山さんによってそういう風に行動されたと思った。間違いはない?」


「ええ」


私の言葉に桧山恵子は何も言わずに俯いている。でも、その表情だけはわかる。


今にも泣きそうな悔しそうな顔。


「桧山さんに聞くけど、桧山さんは待ち合わせの約束を反故にされた。そして、12時になっても来ないから帰った」


「補足するなら、私はクラスメートから伝言を受けて未来から会いたいという話を聞いていたわ。その内容が本当に嘘にせよ、聞いたというのは事実だから」


「未来はそのことを言った?」


「言ってない。だって、気まずかったから。応援してくれると言ったのに、ケイちゃんは」


「私だって、私だって未来みたいに恋愛したかった。未来みたいな女の子になりたかった。だから、大翔から最初に告白された時に私は迷った。でも、私は、あなたみたいになりたかった!」


「だったら、相談してくれてもいいじゃない! 親友なのに!」


「ストップ」


私達の間に須賀美穂が入ってくる。


私は浮かせていた腰を下ろした。それを見た須賀美穂が呆れたように溜め息をつく。


「何だ。二人はまだやり直せるんだ」


「美穂?」


「二人はただ単にすれ違っていただけ。そのすれ違いを治す方法がなくて、どんどん広がって、言いたいことも言えなくなって。そして、二人は仲違いしただけ。だったら、まだ大丈夫。二人はやり直せる」


そう言いながら須賀美穂は私の手を取った。そして、私の手を引っ張って立ち上がらせる。


困惑しながら須賀美穂を見ていると、須賀美穂は楽しそうに笑みを浮かべて後ろに下がった。それによって桧山恵子との道が開く。


今までは憎いはずだった。私をこんなにした存在。裏切った存在。なのに、私は、今はたくさんの言いたいことがあった。


「あなたのせいで、私は一時、誰かを信じることが出来なくなった」


「あなたのせいで、私は居場所を失った。大翔の隣以外の居場所を」


「あなたのせいで、私はクラスメートに裏切られた。唯一の居場所だったクラスから追放された」


「あなたのせいで、私は親友というものを持つのが怖くなった。近くにいるのが嫌になった」


それは、お互いの告白。


今まで塵積もった全てを口から出す告白。


怒りも悲しみも苦しみも、その全てを言葉に乗せていた。


「でも」


私の唇は動く。それと同じように桧山恵子の、ケイちゃんの唇が動く。


「「私達は別の相手を憎んでいた。別の相手に悲しんでいた。大切な人を見ていなかった」」


いつの間にか歩んでいた足は立ち上がっているケイちゃんの前で止まった。


「ケイちゃん」


「未来」


私達は手を合わせる。そして、私が頭を下げた瞬間、ちょうど頭の天辺が何かにぶつかった。


声にならない悲鳴を上げながらケイちゃんを見ると、ケイちゃんも同じように頭の天辺に手を置いていた。どうやら同時に頭を下げたからぶつかったらしい。


それでも、私達の手は繋がれたままだった。


「ごめん」


私は言う。


「つまらない意地でケイちゃんのことを考えずに、私は一人で頑張っていた。ケイちゃんがいなければ何も出来ないのに」


「何も出来ないのはこっちのセリフよ。私は未来と一緒じゃなければ何も出来ない人間だった。だから、私は未来になりたかった。未来みたいになって、未来の隣に立ちたかった。そんな自分の意志が未来を傷つけることになるなんてわからなかった」


「そんな気持ちを私は理解することが出来なかった。ケイちゃんはずっと近くにいて、ずっと一緒に歩んで行くんだと思っていた。そう、自分勝手に思っていた。私はただ、勉強が出来るだけなのに、ルックスがいいとちやほやされるだけなのに、それだけなのに舞い上がっていた。たった一人で全てをやっているだけじゃないのに」


「そんな未来は私の憧れだった。頭がよくて、かっこよくては、強くて、私なんかとは正反対だった。正反対でも未来は私の隣にいてくれた。こんな私でも。だから、未来が好きな人から告白されて、私は祝福されると思っていた。好きな人が出来たと相談してきた未来の気持ちを差し置いて、私は告白を受けてしまった。たった一人じゃ何も出来ないと知っていたのに」


私とケイちゃんは見つめ合う。お互いの目が光っているのは涙が溜まっているからだろう。私達が全ての気持ちを言ったから、あの時の気持ちを全て吐いたから。


須賀美穂が言ったように、それはただ単なるすれ違いだった。それだけなのに私達はずっとすれ違っていた。お互いがお互いを憎んでいた。本当は私達は親友なのに。


「ごめんなさい」


私はケイちゃんを抱き締めた。謝りながら、力一杯抱き締めた。


「未来、ごめん」


ケイちゃんも私に謝ってくる。


もう、離さない。私達が友達であることはもう紛れもない事実なのだから。ずっと、今までと同じようにずっと親友でいるのだから。


「うんうん。いい話だな」


少し離れた場所で私の初恋の人である藤芝大翔が号泣している。その隣でホッとしたように須賀美穂が私達を見ていた。


私はケイちゃんから離れる。そして、笑みを浮かべながら私は須賀美穂に近づいた。須賀美穂は不思議そうに首を傾げている。そんな須賀美穂の手首を私は掴んだ。


そして、ケイちゃんの近くまで引っ張って行く。


「ケイちゃん、紹介するね。私の高校のライバルで親友の須賀美穂。美穂、私の親友のケイちゃんこと桧山恵子」


美穂は一瞬だけキョトンとした後、そして、嬉しそうに笑みを浮かべてケイちゃんに向かって手を伸ばした。


「未来の親友でライバルの須賀美穂です。よろしくね、ケイちゃん」


「未来の親友の桧山恵子。これから、よろしく」


そして、二人の手ががっちりと握手される。


多分、斉藤諒は追いかけているだろうな。そして、この光景を見て目を丸くしているに違いない。だから、そんな斉藤諒に私はケイちゃんを紹介する。ついでに藤芝大翔も。そうしよう。


私がそう思って笑みを浮かべた瞬間、ドンと大きな音が鳴り響いた。それに私は振り返る。


そこにいるのはいつの間にか入り口を塞ぐ二十人くらいの集団。武器は持っていないけど、携帯している可能性はある。


藤芝大翔が私達の前に動く。その動きでわかる。あいつらは敵なのだと。


「大翔さん、そろそろいい加減に友情ごっこを終わらせてもいいっすか?」


「貴様ら。何をするつもりだ」


藤芝大翔が身構える。対する相手は笑みを浮かべながら近づいてくる。


「そろそろ、自由に出来る女が欲しくてね。だから、ちょっとばかしその女を俺達に寄越してくれませんか? お礼はしますから」


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