過去の記憶
後四話くらいなのに。後、三日しかない。
雨。それは昔のことをどうしても思い出してしまう。しかも、待ち合わせとなるとどうしてもあの時の光景がかぶってしまう。
あの時、私が中学生だった頃のことを。
私はクラスの人気者だった。成績がよくてルックスもよくて、先生からは非の打ちどころのない性格とまで言われた。もちろん、私はそうであるように心がけたし、そうであるように努力をした。
運動、勉強、習い事、その他諸々。
たくさんの経験をして、たくさんの知識を付けて、たくさんのことをして私は自分を振る舞っていた。
そんな私と仲が良かったのは幼稚園の頃からの幼馴染である桧山恵子。
その頃はケイちゃんと呼んでいたけど、ともかく、桧山恵子とは本当に仲が良かった。
どれくらい仲が良かったかと言えば、学校ではほとんど一緒にいたくらい仲が良かったりもする。だけど、中学生の頃、私はとある生徒に恋をしてしまった。もちろん、見た目がいいとかルックスがいいとかじゃない。
頬には傷があるし、大きいし、少し無愛想だったけど、その人にとあることに助けられてから私は腰をすることになった。だから、その事を桧山恵子に話したのだ。
すると、桧山恵子は笑って私にこう言ってきた。
「未来があの人に恋をするなんて面白いね。応援してあげるから」
そう、言ってくれた。
だから、私はその人と仲よくなることにした。仲良くなろうと頑張った。
だけど、その人は桧山恵子に告白した。そして、桧山恵子はその告白を受けたのだ。
もちろん、ショックだったのは言うまでも無い。誰を信用したらいいかわからず、今の片鱗はこの時から見えだしていたのだろう。
桧山恵子は気まずいからか私のことを遠ざけるようになった。そして、それはいつしか無視になった。
だから、私は桧山恵子から話しかけられてももう話し返さないと決めていた。だけど、それは桧山恵子の策略だった。
私の好きな人を奪った挙句、桧山恵子は私を孤立させようと裏から動いていたのだ。もちろん、私はそんなことがわからなかった。無視していればいつかは桧山恵子は謝ってくると、そう信じていた。
「未来。未来ってば」
私はハッと周囲を見渡した。そして、斉藤諒が未だに来ていないことを知って落胆する。
「何?」
「すごくこわい顔。別に怒っているわけじゃないから。未来はどうして携帯を持たないのかなって」
須賀実穂は携帯を取り出しながら尋ねてきた。本当ならここで携帯のアドレス交換といっていたかもしれないが、生憎ながら私は携帯を持っていない。
でも、そんな理由を考える事は無かった。
「わからない。お母様やお父様は携帯がいらないと言っていたから、私も持たなくていいのかなって」
「今時の女の子はみんな携帯を持っているよ。斉藤君なんて二台持っているし」
「二台も?」
携帯って二台持つ意味があったっけ?
「そう。みんな最初は驚いていたな。斉藤君が携帯とスマートフォンとタブレットを取り出した時のみんなの顔はすごかったから。最初はお金持ちかと思ったけど、そういうわけじゃないって聞いたな」
そういう須賀実穂の顔はどこか楽しそうだった。私は時計を見る。
すでに時刻は11時。あの時と同じ状況になるまで後1時間。
「須賀」
「何?」
「私を騙してないよね?」
私はその言葉を須賀実穂に投げかける。そして、笑みを浮かべた。
「みんなが一緒になって騙して」
「だったら、私はここに来ない」
私の言葉を遮って須賀実穂が言う。その表情は真剣で嘘をついていないのは一目瞭然だった。
「私はあなたをライバルだと思っている。だけど、それ以上に一人の友達だと思っている。だから、私はあなたを信頼する。未来を信頼する。未来は私たちを信頼しないの?」
「そういうわけじゃない。だけど、昔のことを思い出すと、どうしても、どうしても、他人を信じることが嫌になるの」
その言葉に須賀実穂は一瞬だけ俯いた。そして、小さく頷く。
「未来、その事を今ここで話せる?」
「何を」
「あなたに何があったのか知りたくて。どうかな?」
「嫌よ」
私は小さくため息をついて言う。
「絶対に嫌。私はこの事を他人に話すなんて絶対に嫌。だけど、独り言でいいなら、話すけど」
その言葉に須賀実穂の顔が輝いた。だったそれだけで表情を変えるなんて。でも、私もその一人なのかな?
斉藤諒のことで一喜一憂する。どう考えても私に当てはまる。
だから、私は口を開いた。
「そうね。ちょうど二年くらい前かな。ちょうど、こんな天気だった。こんな、家を出た時に雨が降りそうな曇天で、約束の時間になるくらいの時には雨が降り出していた時の事だった」
その日、私は駅前に歩いていた。予定よりも30分ほど早く着く時間に私は駅に向かって歩いている。それは、昨日、クラスメートと一緒に約束したことだった。
今日、隣町に出来たショッピングモールに遊びに行く約束を。
それはクラスの大半が賛成してくれて私も賛成した。私だけが携帯を持っていなかったから口頭で教えてもらって私はその日帰宅した。
帰ってからは本当に浮かれていたし、ベットにダイブしたりもした。ともかく、浮かれていたのだ。
私は早足になる足を堪えて駅前に到着する。まだ、誰もやってこない。だから、私は近くのベンチで持ってきていた本を読むことにした。
集合場所はここ。だから、約束の時間がやってきたなら確実にみんなが来ると思っていた。
だけど、約束の時間である10時に誰一人とやってくることはなかった。だけど、私は待ち続ける。
みんながただ単に遅れているだけなのだと思って。私は待ち続ける。きっと、時間がずれたんだと。私は待ち続ける。みんな集まってくるんだと。
だけど、そこには2時間経っても誰も来ることは無かった。そう、誰も。
私は本をカバンに入れて小さくため息をつき、空を見上げる。空からはぽつりぽつりと雨が降り始めている。持ってきた傘を開き、移動する。
駅の軒下。そこにまで移動して私は傘を閉じた。壁に背中を預けて私は周囲を見渡す。
誰もいない。誰も、誰も、誰も。
そうしていくら時間が経っただろうか。駅に入る人よりも駅から出てくる人が多くなってきたころに私は聞きなれた笑い声が聞こえるがわかった。
クラスメートの声だ。私はそれに耳を傾ける。
「今頃、山辺のやつは駅で待ちぼうけているのかな?」
「んなわけないじゃん。絶対に帰っているって。だって、今回の買い物ってクラスの中で孤立させるためのものだろ? だったら、帰ったなくちゃおかしいからな」
その声に、私は持っていたカバンを落としそうになった。
「あいつも、粋な計らいをするわね。あんな傲慢で何でもできるような女を失意のどん底に突き落としたいなんて」
「それでも昔の親友かよって感じよね」
再び起こる笑い声。それに私は握り締めていた拳を下ろしてた。
どうして?
裏切ったのは向こうからなのに。
どうして?
私がこんな目に合わないといけないの?
どうして?
私は未だに仲直りしたいと思っているのに。
どうして?
私をみんなから遠ざけようとするの?
自問自答のくり返し。それは、クラスメートの声が聞こえなくなるまで続いた。
私は小さく俯く。俯くと同時に涙が零れ落ちた。
カバンの防水性を思い出して私は傘も差さずに歩き始める。傘を差していたなら涙がわかってしまう。だから、傘を差さなければ涙なんてわからない。
わからないから私は傘を差さない。そして、もう、誰も信じない。信じたらダメなんだと。だから、ここで洗い流してしまおう。他人を信用すると言うことを。
「そんなこんなで私は他人を信じなくなったの? それから、私は一人暮らしを始めた。お父様やお母様は一人暮らしをすれば他人を信じられるようになると思っていたみたいだけど、実際によくなったのは斉藤諒のおかげ。あーあ。余計な独り言を話しちゃった」
「そんなことが」
須賀実穂は私の独り言に絶句している。もちろん、そんなことはわかっていた。わかっていたから私は須賀実穂に笑みを浮かべて返した。
「あなたが悲しむことはないじゃない。全ては私のことなんだから」
「でも、私は何も知らずにあなたのことを」
「いいの。それが普通だから。桧山恵子が根回ししていたからだから。そんなうわさが流れて当然」
私は時計を見る。そでに時刻は12時になっていた。だから、私は傘を握り締める。
もう、来ないかな。私は一歩を踏み出した。
「未来、どこに」
「もう、ダメかな。だから、帰る」
「斉藤君は何かに巻き込まれて」
「そうだとしても、私はもう我慢できない。また、二の舞になるのは嫌だから」
その言葉に須賀実穂は黙った。黙って俯く。
仕方のないことだ。これは私が決めたこと。だから、須賀実穂は何も言えない。何も言えるわけがない。
「だからね、ありがとう」
「未来?」
「実穂だけでも来てくれてよかった。もし来なかったら私はまた」
誰も信用しなかったと思う。
その言葉を伝えた瞬間、須賀実穂は悔しそうに目元を袖で拭った。そんな表情を見たら、私は何も言えなくなる。
本当に、須賀実穂だけでも来てくれてよかった。斉藤諒は諦めるけど、須賀実穂はまだ友達でいられる。そう思えたから。
「言っていいぞ」
藤芝大翔の声に僕は閉じていた目を開けた。どうやら少し眠っていたらしい。
前にいる藤芝大翔は僕に向かって携帯と傘を差しだしている。僕はその両方を受け取った。
時刻は12時。あの時間からすでに2時間が経っている。
「すまなかったな。俺達の用事につき合わせて」
「だったら、引き留めるな」
僕は藤芝大翔を睨みつけて言う。その言葉に藤芝大翔は笑みを浮かべて半歩後ろに下がった。その横を僕は駆ける。
向かう場所は駅前。すぐに向かわないと未来は絶対に待っている。だから、僕は全速力で階段を駆け降りる。
階段を踏み外して転がるけどそんなことは気にしない。気にせずに僕は階段を全て駆け抜けた。
そして、僕は駅前の大通りに出る。そのまま傘を差すことなく道路を走る。
地面を滑る。だけど、ぎりぎりで手をついてすぐさま駆けだす。
肺の中の空気が無いからか息が荒くなる。体が空気を求めている。止まれと言っている。
だけど、僕は全速力で駆ける。多分、許してくれないだろう。絶対に許されないだろう。僕はそんなことをしたのだから。でも、僕は行かないといけない。未来のところに行かないといけない。
僕は足を止めた。荒い息で、体中が雨に濡れながらも、僕は足を止めた。
前にいるのは泣きそうな表情の未来。
「ごめん」
僕は頭を下げた。
「どんな理由があっても遅れたのは事実だから、ごめん」
「顔を上げて」
僕は未来の言葉に顔を上げた瞬間、僕の頬が叩かれたのがわかった。視界には泣きそうな顔の未来の姿。
「信じていたのに」
「ごめん」
「今日は、帰る。また、明日」
その言葉と共に未来が隣を歩いて行く。僕はそれを感じながら拳を握りしめた。
どうして僕は彼女を泣かせてしまったのだろうか。どうして僕は、彼女を守りたいと思ったのに。
「斉藤君」
須賀さんの声と共に傘が差しだされる。僕は首を横に振って自分の傘を差した。
「何があったかは今は聞かないけど、明日、ちゃんと話してね」
「うん。未来をお願い」
「任されました」
須賀さんが僕の横を駆け抜けていく。僕はただ、そこに突っ立っているだけだった。
「最低だ」
目から涙が零れ落ちる。
「最低だ、僕は」
「未来」
後ろから話しかけられる。それに私は振り返った。
「実穂」
後ろから実穂が私に向かって駆けてくる。実穂は何とも微妙な顔をして私に駆け寄ってきた。
「少しは落ち着いた」
「ごめん」
「いいよ。親友だから」
そう言って実穂が笑みを浮かべる。
親友。その言葉に私は胸が痛むのがわかった。親友というのは裏切るものだから。でも、私はもう、誰も信用しないのは出来ないかもしれない。
私は小さく息を吐く。
「どうして実穂は私を助けるの? 私を助けなかったら実穂は斉藤諒のことを」
「あのね、私は話なたの事を親友として考えている。でも、そんな親友と好きな人を奪い合う今の状況を私はいい状況だと考えているから。あなた一人が逃げるなんて許さない」
「そっか。でも、私は斉藤諒のことを諦めたつもりじゃ」
「諦めて欲しかったのだけどね」
その言葉に私は振り返って目を見開く。そこには、桧山恵子と何人かの男の姿があった。服装で言うなら不良というべきか。やくざではない。
「ショッピングモール以来ね。さっきのこと、どうだった?」
その言葉に私は全てを理解した。全てはこの桧山恵子が仕組んだことなのだと。
「あんたはまた」
「ふふふっ。ちょっとあなた達と話がしたくてね、ついてきてくれない? もちろん、送ってあげるから」
その言葉と共に一台の車の後部座席が開いた。どうやら私たちはここから移動させられるらしい。
「楽しい楽しいドライブと行きましょうか」