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後、三日しかない。終われるのかな?

近くにあったゴミ箱を踏み台に塀の上まで駆け上がる。そして、近くの青山さん(優しい近所のおじいさんとおばあさん)の屋根に飛び移って全速力で駆けた。


理由はわからない。だけど、あいつらは僕を狙っている。そして、未来との約束を間に合わせまいとしている。


だから、僕は走る。頭の中で地図を思い出しながら。


多分、最短距離は奴らに防がれているはずだ。だから、その最短距離じゃない道を行かないといけない。


あいつらが未来の関係者ならこの町には詳しくないはずだ。だったら、地の利を生かして逃げるだけ。でも、フォローだけはしておかないと。


僕は携帯を取り出した。そして、すかさずメールを陽太に打つ。内容はシンプルにしてすかさず送信した。続いて須賀さんにメールを打つ。内容は未来が駅前にいることと謎の集団に追いかけられていること。


すかさず送信して僕は携帯をポケットに収めた。


塀から塀に飛び移る。昔はよくこういうことをしたな、と思いながら僕は塀から飛び降りて地面に着地をした。そして、地面を蹴り、


「鬼ごっこはここまでだな、小僧」


そこにいたのはあの日、ショッピングモールで陽太から教えられた男だった。


近くで見たらより一層わかるが、身長は2mくらいだろうか。がっちりとしたラグビーかアメリカンフットボールの選手にも見える体格。それに頬に入った傷と厳つい姿がさらに風貌をグレードアップさせている。


矢島先輩ほどじゃないけど、威圧感は凄い。


「藤芝大翔」


僕は男の名前を呼ぶ。すると、男は笑みを浮かべた。


「俺の名前を知っているか。なるほど。その目、懐かしいな」


懐かしい? 僕は藤芝大翔を知っている? 出会ったことがある?


「昔の話だ。昔、空手をバカみたいに習っていた男がいた。そいつは空手だけが全てだと思っていた。恵まれた体格を使った空手では連戦連勝。あの時を除いてな。当時の名前は安田大翔」


その名前は覚えていた。そして、思わず自分の左手を右手で触ってしまう。


「なーに、昔の話だ。そいつの目にお前は似ている。恵子から話を聞いた時はどこぞの不良かと思ったが、面白い目をするな」


腰を落として目を深くしながら睨みつける。多分、昔の顔が確実に出ているだろう。でも、今だけはそんなことは関係ない。


この場をどうやって切り抜けるか考えないと。


背後を見れば僕を追いかけてきた集団が追いついてきた。どうすればいい。考えろ。考えて答えを出さないと。


早くしないと、未来の所に辿り着けない。






腕時計を確認する。


時刻は約束の時間の50分前。早すぎるという言葉は考えないようにする。そうしないとやっていられない。


私は駅前にある時計に背中を預けていた。


みんなの前で決まった集合場所。もしかしたら美咲が面白半分で見ているかもしれない。いや、美咲はそんなことをしないか。美咲はいつでも私達のことを考えているのだから。


私は小さく息を吐いて空を見上げた。空は今にも降り出しそうな天気。傘は持ってきてはいるが、そんなに大きくないから多少は不安である。この勝負服が濡れないかどうか。


ショッピングモールにみんなで行った時に買った服だ。明るめの淡い青色の長袖のシャツに白っぽい薄いピンクのロングスカート。


結構力を入れてみた服装だ。


斉藤諒が見たらどんな感想を言うのか少し心配になってきた。


普通に可愛いと言ってくれるのか、それとも頬を染めて顔を逸らすのか。そういうことを考えるだけで幸せになれる。


斉藤諒。


不思議な人だ。本当に不思議な人。だから、私は頑張らないと。頑張って私を変えないと。私はそんな不思議な人を変えようとしているのだから。


「今頃何をしているのかな? 走っていたら面白いけど」







地面を蹴る。そして、壁を蹴って前にいる男の顔面を蹴りつけてさらに飛び上がって塀に乗り移った。そして、すかさず塀の上を駆け抜ける。


藤芝大翔は僕を見つめたまま笑みを浮かべている。その笑みが少し怖くて、そして、嫌な予感がする。


僕は塀の上を走りながら携帯を確認した。メールは三つ。陽太と須賀さんと美咲さんからだ。もしかしたら陽太が美咲さんに連絡を取ってくれたのかもしれない。


僕は携帯をポケットに戻す。そして、周囲に誰もいないことを確認して塀から飛び降りた。すぐさま駅とは反対方向に走る。


このまま迂回して駅に向かおう。時間はギリギリになるけど、そうしないと間に合わない。


僕は道を曲がる。曲がってから全速力で走る。


こういうことなら陽太みたいに空手を習っているべきだったとすごく後悔している。でも、後悔は先に立たず。このまま大通りにまで出れば勝機はある。


「残念でした」


だけど、そこから最初に出会った女の子と何人かの男が道を塞ぐ。僕は足を止めた。


「私達はあんたに傷つけるつもりはないの。せめて、あんたが後三時間くらい私達に付き合ってくれれば」


「嫌だ」


僕は答える。答えて拳を握り締めた。


「僕は絶対に未来がいる場所に向かう。間に合わせるんだ。未来は僕を信じてくれているから。だから、僕はそこに向かう」


「じゃ、面白い話をしてあげる。二人の仲がいい女の子同士がいました」


女の子が笑みを浮かべる。笑みを浮かべて僕に近づいてくる。


「二人は親友でした。一人の女の子はとある男の子のことが好きでした。もう一人の女の子は親友の女の子の恋路を手伝うと約束しました」


女の子が僕の肩に手を置く。下手には動けない。動けば力ずくで捕まえられる。動かなければ何もされないはずだ。


「ですが、とある男の子はその男の子に恋をしている女の子ではなく親友の女の子に告白したのです。女の子は恋路を手伝うと約束したために告白を断りました。ですが、そのとある男の子は女の子に人気の高い男の子だったのです。すぐさま女の子は孤立しました。その女の子の親友も女の子を見捨てました。そして、女の子は不登校になったのです。あなたは私に山辺未来の何がわかると聞いてきたよね? 私は分かっているわよ。親友だもの。親友を裏切った山辺未来のことはよく分かっているから」


僕は拳を握り締めて女の子を睨みつける。今、この場で行動すれば終わりだ。だから、考えないと。


どうするか、どうすべきか。


ここは愚直に真っすぐに進めば!


地面を全力で蹴る。そして、女の子が伸ばした手をかいくぐり前を塞いだ男の腕もすり抜けて膝から背中に駆け上がって塀に上がった。そして、塀の上を走ろうとして、前を防がれる。


さすがに、何度も同じことを繰り返していたらダメか。


「ここは行き止まりだ、小僧」


「どうかな」


だけど、僕は足を止めない。そして、そのまま前に突っ込んだ。


塀の上は足場が極めて不安定だ。昔から走り慣れている僕ならともかく、慣れていないこいつらなら確実に素早い行動は出来ない。


だから、一歩をさらに踏み出した。


「こいつ!」


男は僕に向かって一歩を踏み出す。それに僕は下からくぐりぬけようとするように体を沈み込ませた。そのまま伸ばした腕を掴み不安定な足場から塀の下にいる男達に向かって男を投げつける。


すぐさま体勢を戻して塀から飛び降りて駆けだした。


時間は9時20分前。急がないと。急がないと、間に合わない。


頭の中でルートを考え直す。そして、全速力で駆け抜けようとして、道を塞がれていた。


「何人動員されているんだよ!?」


僕は叫びながらも道を曲がる。新たにルートを選定。だけど、考えている最中にやはり道を塞がれる。


このままだと道が一つだけになってしまう。誘導されている? いや、違う。多分、このままどんどん迂回させるつもりだろう。そして、遅れさせようとしている。


本当に、悪趣味な鬼ごっこだ。


「そもそも、いつ、どこで話を聞かれていた? いつ、集合時間がわかった? あの時も付けられていたのか? まあいい、今は、ここを抜けないと」


道を抜ける。ようやく小さな路地が入り組んだ場所から車が多く通る通りに出た。だけど、やはり、僕を指さして追いかけてくる人はいる。


ここまで来て追いかけられるなんて。最悪、警察に厄介になってしまうかも。


「それにしても、どうしてこんな人数が」


僕は走りながら携帯を取り出した。そして、矢島先輩の番号をコールする。


『斉藤か? どうかしたのか?』


「矢島先輩、ここら一帯の不良集団で数が多いとこってありますか?」


『あるにはあるが、どうかしたのか?』


通行人にはとても迷惑だと思いながらも道行く人を盾にしながら駆け抜ける。道を曲がり、駅に向かうルートに入る。歩けばかなり時間はかかる。でも、走れば何とかなるだろう。


「今、追われています」


『何?』


「集団に追われているんです。未来の場所に行かせないために」


『なるほど。わかった。今すぐメンバーに招集をかける。構成員の名前を一人でもわからないか?』


前を見たことのある顔が塞ぐ。確か、家の近くで僕をあの女の子と一緒に張っていた人達だ。前は完全に防がれているし、信号は赤だから渡れない。


僕は小さく舌打ちをして道を曲がり、小さな路地に入る。


「藤芝大翔」


『あいつらか』


その言葉に矢芝先輩は心当たりがあるのかすぐに声を上げた。


僕は道を曲がって、前を藤芝大翔に塞がれていた。


「残念だが、ここは行き止まりだ」


藤芝大翔が笑みを浮かべる。そこにいるには完全に道を塞ぐ数の男達。


「ここで、鬼ごっこは終わりだ」





9時40分。


腕時計を20秒間隔で見ながら私は周囲を見渡す。周囲にはまだ斉藤諒の姿はない。こういう時に男の子が遅れるのはやっぱり定番なのかな?


私は少しだけ笑みを浮かべながら空を見上げる。もうすぐ雨が降りそうだけど、もう少しは大丈夫だろう。そう、思っている。


彼はどんな格好で来るのかな? 彼はどんな顔で来るのかな? 彼はどんな感情で来るのかな?


そう考えるだけで本当に楽しみなってくる。楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで、顔に笑みが浮かんでくる。


「全く、幸せそうな顔をしちゃって」


その言葉に私は振り返った。そこにはジャージに長袖のシャツと普通の私服を着た須賀実穂の姿があった。私は不機嫌になりながらも須賀実穂に話しかける。


「何の用?」


「別にあなた達の邪魔をしに来たわけじゃないから。だけど、斉藤君からメールがやってきて急いで来たのよ」


そう言いながら須賀実穂が携帯を差し出してくる。内容はシンプルだった。


簡単に言うなら追われているから私のところに行って欲しいということ。


「あなた、斉藤君にメールアドレス教えていないの?」


「携帯を持っていないから」


「ああ、そっち。でも、斉藤君が何に巻き込まれたってことだけは教えておかないと。あなたが過去に何をしたかは詳しくは知らないけど、それでも、やっぱり裏切られるのはいい気分じゃないから」


「ありがとう、須賀実穂」


須賀実穂は呆れたように小さくため息をつく。


「せめて、名前で呼んで欲しいな。未来」


「でも」


「いいから。私達、友達でしょ?」


その言葉に私は少しだけ笑みを浮かべた。


友達。


多分、最初は最も忌避していたものかもしれない。でも、須賀実穂なら、友達になれると思う。ライバルだけど。


「わかった。須賀」


「まさかのそっちが来るとは。まあ、仕方ないか。仕方ないから斉藤君が来るまで一緒にいてあげる」


須賀実穂が笑みを浮かべながら傘を差した。私は空を見上げる。


ぽつぽつと雨が降り始めていた。私も傘を差す。斉藤諒は来るのだろうか。時間通りに来るのだろうか。出来れば、時間通りに来て欲しいのに。






「大人しくしているんだな」


藤芝大翔は僕に笑いかけながらその手に持つ一升瓶の中身を煽った。匂いからして無味無臭の何かにしか考えられない。というか、水なのだろう。


僕は藤芝大翔の顔を睨みつける。


「別に危害を加えようと言うわけじゃない。ただ、ここにいて欲しいと言うだけだ」


そこは駅近くのバー。ただし、もう閉店したバーらしい。だから、お客さんが来ることはない。


僕はその中に一つの席に座っている。店内にいる数は他に四人。藤芝大翔を含めれば五人。外にも何人かいるだろう。


僕は机の上に置かれた携帯を見る。普通の携帯とスマートフォン。どちらも見つかって置かれている。


「それにしても、すごい運動神経だったな。どうだ? 俺達の仲間に」


「お断りさせてもらうよ。仲間になれば今から駅前に向かっていいの?」


「そいつは無理な相談だ。後、一時間、いや、二時間はここに拘束していないとな」


時計を見る。時刻はすでに10時になっている。多分、未来は待ってる。どうやって逃げ出せばいいかわからない。どうすればいいのかも。


僕は小さく息を吐いた。そして、立ち上がる。


「少し、お手洗いを借りていいかな?」


「悪い。これで用を足してくれないか?」


そう言って藤芝大翔が差しだしたのは尿瓶。僕は椅子に座ることにした。


「すまないな。トイレはここにないんだ。だから、駅にまで行くしかない。この意味がわかるな?」


「逃げ出すことが可能になる」


「正解だ。まあ、静かにしていれば何もしないさ。暇潰しに付き合ってくれるなら」


僕は窓のを向く。そこには降り出した雨が窓を静かに叩いていた。


未来は雨の中を待っている。強引な手段でもいいからここから出ないと。例えば、窓ガラスを突き破ってでも出ないと。


「ちなみに、窓から出ようと思うなよ。ここの窓はどういうわけか特注品でな、壊すのに時間がかかる。ここのバー、閉店しているくせに窓ガラスだけはしっかりしているだろ?」


確かに、周囲を見渡せばどう考えても窓ガラスだけはどこの窓にもはまっている。それ以外は壊れていたり朽ちていたりするのに。


「後、ちょっと、付き合ってくれや」


そして、藤芝大翔は百人一首を取り出した。






「斉藤君、来ないね」


須賀実穂が携帯を見ながら私に言ってくる。私は時計を見る。


10時40分。


時刻はすでにそんな時間を示している。それを見ながら私は小さくため息をついた。


まさか、こういうことになるなんて。


「諒かの連絡は」


「ない。相原先輩や春日井君にも連絡を取ってみたけど、一向に連絡がつかないんだって」


私は地面を見つめる。まるで、あの時と同じだ。本当に、あの時と。


それを見上げる。そこには本降りになり始めた空がった。あの時も、同じような空だったな。


だから、私は小さく息を吐く。


「早く、来てよ」


それは絞り出すような声。その声は誰にも聞こえることなく空気の溶けて消え去っていった。


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