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偶然の再会

桧山恵子。


それは私にとっては忘れられない名前。そして、私をこんな風にした存在。


先に裏切ったのに私を裏切った存在にした黒幕。その姿を見るだけで私は怒りが沸き起こるのを感じた。


「最初は誰かと思ったわ。私をあんな風にしたくせに」


「それはあんたが!」


「私が? 何をしたかみんなに尋ねればわかりやすいんじゃない?」


その言葉に私は拳を握り締めた。


桧山恵子は根回しに根回しを重ねて私を完全な悪とした。だから、私は他人を信じることを諦めた。そうしなければ、私は今頃この世にいなかったから。


全部、こいつのせいで、全てが。


「あなたが私を裏切り、陥れた。みんながそう言うでしょう? 私は悪くない。悪いのはあなた。あなたが全て」


「未来」


その時、誰かが私の手を掴んだ。そして、私はそっちを振り向く。そこにいるのは斉藤諒。その眼には大丈夫と心配する意思があった。


普通なら入ってこないだろう。でも、斉藤諒は本当に私のことを心配しているのだ。


「大丈夫? 変な人に絡まれているけど」


「なっ」


桧山恵子が絶句する。さすがに初対面の人の前で変な人扱いされるとは思っていなかっただろう。


その顔を見て私は少しだけでも心が落ち着くのがわかった。いや、斉藤諒に腕を掴まれてからもっと落ちついている。


「行こう。みんな、待っているよ」


「裏切り者。また、誰かを裏切るつもりなの?」


私の背中に投げかけられる声。その声に私は拳を握り締める。


「人を裏切り、のうのうと生きて、そして、笑って。そんなあなたが幸せになれるとでも思っているの? そんなことはないわよね? あなたは、地獄に落ちるべき」


「未来のことを何も知らないくせに、そんなことを言うんだね」


桧山恵子の言葉を遮ったその言葉は斉藤諒からだった。斉藤諒は桧山恵子を睨みつけている。


「そんなことでしか自分の虚栄心を満たせないなら、静かに暮らしていればいいよ。誰にも関わらずに、自分だけを信じて。そうすれば、未来の気持ちがわかるんじゃないかな?」


その言葉は強烈にして、斉藤諒が浮かべた笑みは桧山恵子の精神を逆なでるような笑みだった。


こんな笑みが出来たんだ。


「あなたに何がわかるの? その女のことをの何が」


「わかるよ。君なんかよりもずっとね。だからね」


斉藤諒の笑みが濃くなる。それはまるで脅しているかのような笑み。


「少し黙っていてくれないかな?」


その言葉と共に斉藤諒は私の手を引っ張って歩き出した。桧山恵子は完全に呆然としている。その姿と私は斉藤諒の姿を交互に見た。


斉藤諒はほとんど無表情だ。だけど、その顔の裏側には何かの感情があるような気がする。何かの、深い感情が。


「大丈夫だった?」


桧山恵子が見えなくなったところで斉藤諒が私に尋ねてきた。私はゆっくり頷く。


「ありがとう」


「ごめん。勝手にしゃしゃり出て」


「ううん。本当に助かったわ。でも、どうして」


「トイレに行きたかったんだけどね」


そう言いながら斉藤諒はお手洗いの方を見る。でも、そこには桧山恵子が未だにいるはずだ。あそこまで言った以上、これ以上向かうのは好ましくないだろう。それは斉藤諒もわかっているはずだ。


私は苦笑する。偶然に助けられたとはわかるけど、その偶然が今は何よりもうれしかったりもする。


「本当にありがとう。助けてくれて」


「どういたしまして。みんなのところに戻ろうか」


「そうね。次はどこに回るのかな?」


「服は勘弁してほしいよ」


その言葉に私は苦笑する。斉藤諒がそう言うのはおそらくあのことだろう。本気で嫌がっていたし。


そうなると、次に向かう場所はどこになるのかな? 美咲のことだからこのまま洋服関連の店に行きそうだけど。出来れば、桧山恵子のことを忘れられるような場所に行きたい。







「三人だな」


僕の隣にいる矢島先輩が僕に囁いてくる。僕達は次の目的地である本屋に向かっていた。本屋ならこの参考書を買うのを後にすればよかったなと思う。


「三人?」


「つけている奴らの数だ。確かに、高校生の面々だから目立つかもしれないが、あまりに露骨に見ている三人がいる」


「そうなんですか?」


「ああ。警察で慣れた俺には通用しない」


そうかっこよく矢島先輩はいうけれど、セリフの内容は全くかっこよくない。それよりも、警察で慣れたってどういうこと?


まあ、矢島先輩が善行を積む暴走族のリーダーだとは知っているけど。


「心当たりはあるな」


「どうして」


「お前と山辺がお手洗いの前で言い争っているのを目にしてな。まさか、お前があんな目が出来るとは」


「昔の話ですよ」


そう、昔の話。もう、思い出したくもない昔の話。


それでも、僕はそれに近いことを繰り返している。二度と繰り返さないと誓ったはずなのに。


「それはいい。それから、つけられている奴らだが、心当たりはあるか?」


「いえ、全く。未来に聞けばわかるかもしれませんけど」


聞けるわけがない。いや、聞くわけにはいかない。山辺さんはこのことを忘れたいはずなのだから。だから、聞いてはいけない。せめて、内密にどうにかしないと。


「そうか。俺と良二がどうにかするか迷ったが、何も手は出さない方がいいな。向こうが手を出すまで」


「ありがとうございます」


「例には及ばない。だが、気をつけろ。素人の方が怖いからな。まあ、メンバー的に大丈夫かもしれないが」


「確かにそうですね」


陽太やお姉ちゃんは普通に喧嘩が強い。お姉ちゃんの場合は喧嘩することに時々情熱を燃やしかける部分があるからかなりのバーサーカーだ。美咲さんは美咲さんでやっぱり普通に凄い。どう凄いかと言えば基本的に敵の注意を引きつける。


それだけなんだけど、毒舌すぎてみんなが向かってします。矢島先輩や榊原先輩も十分に強いし、強くないのは僕と山辺さんと須賀さんと香取先輩かな。


特に矢島先輩はこの地域にいる人ならかなりの数が知っている有名人でもあるからつけている人達にも顔が知られているかもしれない。


「一応は俺が気を付けておくが、お前も忘れるなよ」


「矢島先輩。これは僕が引き起こしたことですよ。僕が責任を取らなければ何も始まらない」


僕は拳を握りしめる。そして、忘れたい昔のことを思い出しながら小さく頷いた。


守らないと。山辺さんは僕が守らないと。


「いい目だ。一応、良二には話しておく。こういう時に頼りになるのは良二だからな」


「お願いします」


僕が考えるのは逃走経路。もし、行く場所の先で襲いかかられたならどうするか。それくらいしか考えられない。だけど、いくつかのパターンさえ用意しておけば大丈夫だろう。


「諒、大丈夫か?」


矢島先輩が離れると同時に陽太が僕に話しかけてきた。僕はそれに頷く。


「大丈夫だよ」


「だったら肩の力を抜け。中学生の時みたいに戻っているぞ」


その言葉に僕は肩の力を抜く。抜いて、そして、小さく息を吐いた。


「ありがとう」


「お前があの頃のことを思い出したくないとはわかっているんだけどよ、どうしても出さないといけない時ってあるんじゃないか?」


その言葉に僕は陽太の顔を見た。いや、矢島先輩が見ていたから見られていてもおかしくはないか。二人時は一緒に行動していたし。


「その時は相談しろよ。俺も、お前と一緒に暴れてやるからよ」


「うん、ありがとう。だけど、喧嘩することが前提?」


「当たり前だろ。あいつらの顔に見覚えがないか?」


そう言って陽太が指さした先にいる人を見て僕は首をかしげる。見たことは無いから完全に知らない人なのだろう。


「やっぱり見覚えがないか。まあ、別の中学校で高校の奴だったからな」


「むしろ、陽太がなんで知っているの?」


「あいつ、昔はここら一帯の不良のリーダーだった奴だ。昔のいざこざで関わったことがある。そいつがお前と言い争いをしていた女の子と仲よく話していた。おかしいと思わないか?」


つまり、あいつの関係者が僕達をつけている人達?


いや、その情報だけじゃ断定はできないけど、警戒しておくにこしたことはないかな。


「陽太、あいつの名前は?」


「藤芝大翔。矢島先輩なら何か知っているかもな」


「ありがとう」


藤芝大翔か。覚えておかないと。こういう時に他人の言葉を必ず覚えることは本当にありがたいと思う。


ネットで調べれば何か見つかるかな?


「つか、諒は本屋で何を買うつもりなんだ? 参考書、買っただろ」


確かに、僕のカバンの中には参考書が入っている。だから、本来は行かなくてもいいのだけど、僕はみんなと一緒に足を運んでいた。


「多分、見つけたい何かがあるからかな」






私は本棚にあったほんの一冊に手を伸ばした。それは参考書。


そろそろ勉強しようと思っている生物に関する詳しい本だ。もちろん、大学レベルの遺伝子工学の参考書である。ただ、高いけど。


それをぱらぱらと捲りながら内容を確認する。


私は自分の見たものはあまり忘れることはない。他人を信じず自分しか信じないからかもしれないけど、ともかく見たもの聞いたことは忘れにくい。もちろん、忘れることもたくさんある。


こういう立ち読みでも内容さえ分かれば結構覚えられる。


「こういう時は自分の得意技って好きかも」


「未来、何を読んでいるの?」


私の横から斉藤諒が話しかけてくる。私は自分の読んでいるものの表紙を斉藤諒に見せた。すると、斉藤諒は少し納得したように頷く。


「高校レベルじゃあまり習わないような内容があるよね。それって」


「知っているの?」


「うん。中学生の頃すりきるくらいに呼んだものだから。それを買うつもりなら僕のをあげるけど」


「ただの立ち読み。それよりも、こういうものをあなたは読んでいたのね」


私は斉藤諒の言葉に驚いていた。何故なら、それは完全に中学生が読むようなレベルではないからだ。高校生というよりも大学生が授業の参考書として使うレベルのもの。


どうりで頭がいいわけだ。


「中学二年の頃にプレゼントされたものだから。これを勉強したらもっと頭がよくなるよって。前部理解するのに一週間かかったけどね」


「一週間」


私はぱらぱらとページを捲る。内容はそれなりに濃く、難しい。これを一週間で理解しようと思ったら机に張り付いていないといけないだろう。


私は小さく息を吐いて参考書をあった場所に戻した。


「あなたがお勧めの参考書はある?」


「どういう内容?」


「経済」


「これかな」


そう言うと斉藤諒はカバンの中から一冊の袋に入った本を取り出した。そして、それをカバンに直して参考書の一つを棚から手に取る。


「経済に関しては詳しく手はつけていなかったからちょうど勉強しようと思ってね。リーマンショックから始まったこの世界経済がどうなっていくのか。欧州の信用ががた落ちしているのはどうなるのかも。そういう分野を見て行くのは悪くはないかなって思ってさ」


「確かに。経済というのは私は苦手な分野だったから。ほら、あなたには社会だけは同率一位は取れていなかったし」


「そうなんだ。いつもほんの数点差で二位か三位につけていたのは知っていたけど」


「そう考えると、あなたってすごいわよね」


あらゆるテストで満点を取る能力。今日、学校で行われた抜き打ちテストでも軽々と満点を取っていた。まるで、答えがわかっているかのように。


私は一問だけ落としたけど、ただの書き間違い。それを見て私はとても恥ずかしかった。


「僕はね、他人から教えられたこと、本に書いてある内容は忘れないんだよ」


その言葉に私は少しだけ驚いていた。私は見て聞いたものは忘れにくい。でも、斉藤諒は教えられたこと、書いていること、つまりは他人が介入したことは無条件で覚えるということだろう。


それは悪いことじゃないかもしれない。でも、こんな人は犯罪に巻き込まれやすい。


「未来は? 僕とは少し違うと思うけど」


「私は、見た内容、聞いた内容が忘れにくいだけ。ちょうど、あなたとは正反対よ」


「そうなんだ。でもね、最近、僕はよく考えるようになったよ」


それは嬉しそうだった。斉藤諒の顔にはどう考えても嬉しそうな表情があった。


「自分で考えること。それは、不安ではあるけど、それでも、正しいと思ったことなら自分で決めて行かないといけないから。未来と会って、未来の考え方を知って、僕は変われた。ありがとう」


「私も、諒と出会ってから他人を少しは信じれるようになった。でも、私達はまだ道半ばよ。両極になれとは言わないけど、もう少し柔らかくならないと。約束した意味がないし」


「そうだね。そろそろ、みんなと合流しようか」


参考書を戻した斉藤諒は歩き出す。私もその後を追って歩き出した。


誰かを信じることは未だに怖い。もしかしたら、また、あんな風になるかもしれないから。でも、誰かを信じることが出来たなら、斉藤諒みたいな人を信じれるなら、悪くないかもしれない。


美咲、変態や矢島先輩に香取先輩達生徒会メンバーや斉藤諒のお姉さんに須賀実穂。信じれる人達がいるなら、私はまた、信じてみようかな。

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