お願い事
これ、本当に終われるのかな?(現在12日)
どうすればいいかわからない。
僕は隣にで顔をひきつっている陽太を見る。陽太もどうすればいいかわからないらしい。
助けてもらうことは少し難しいかな。
僕は笑みを浮かべるけど完全にぎこちなく顔が引きつっているのがわかった。
「えっと、もう一度、お願いできるかな?」
「だから、私も頑張らないといけないからちゃんと授業を受けたいから手伝ってほしいんだけど」
その言葉に僕達は完全に固まってしまう。当の本人である山辺さんは少し怒ったような表情で僕に詰めかかってきた。
「私はあんたと約束したじゃない。だから、私も頑張らないと釣り合いが取れないと思うし」
「少し時期尚早かな。陽太はどう思う?」
「どう考えても時期尚早だろう」
「私は生徒会のみんなとかなり仲良くなれたと思うけど? まあ、香取先輩だけはまだ不安だけど。だから、社会復帰のために」
確かに山辺さんは生徒会でもかなり打ち解けている。むしろ、僕が補佐に回っているんじゃないかなと思えるくらいに。
だけど、まだ山辺さんは早いと僕達は思う。山辺さんの性格はここ一週間でかなり把握できたと思う。それに、学校内でも少し噂に上るくらいになっているから話題性から考えて十分に大丈夫だと思うけど、だけど、やっぱり不安がある。
「わかった。もういい。ちょっとだけ風に当たってくる」
その言葉と共に山辺さんが生徒会室から出て行く。今の言葉の意味は自分の頭を冷やすという意味なんだけど、他の人から考えたら怒っているようにしか見えない。
陽太が小さくため息をついた。
「諒、お前は何をした?」
「何って?」
「どう考えてもおかしいだろう。あまりに唐突すぎる」
確かに唐突だけど、昨日に何かあったかな?
僕はとりあえず、昨日のことを思い出すことにした。
「ふぃー、いい汗かいたぜ」
陽太が満面の笑顔で額の汗を手の甲で拭った。
さっきの授業中、原子力&環境問題について壮絶な論争が巻き起こり、自称エキスパートの陽太が反対派を自論で叩き潰していったのだ。もちろん、僕は中立だったから反対派はなすすべもなく自論の前で壊滅した。
何人かは机に突っ伏しているけどそのほとんどが陽太に負けた人達だ。
「春日井君はすごいね。たった一人でみんなと争うなんて」
須賀さんが笑みを浮かべながら陽太に話しかける。僕は机の中の荷物を出しながらその言葉を聞いていた。
「おうよ。俺は将来原子力に関する仕事に就きたいからな。今から勉強しているというわけさ」
「今は原子力撤廃に世論は動いているけどね」
「諒、お先真っ暗なことを言わんでくれ。でも、原子力発電というのは未だに世界ではかなり利用されているし、輸出も検討しているほどのものだ。今は韓国と争っているが、日本は原子力発電を輸出産業として成り立たせれる技術は十二分にある。今の経済が落ち込んでいる状況ではそれくらいしないとな」
「僕はあまり賛成しないけどね。まあ、原子力発電には反対もしないけど」
今の日本は原子力発電がなければどうしようもないのが実状だ。実際に、夏の電力消費は極めて危険だと言われているくらいに。
今、完全に原子力発電を休止すると言うことは日本の経済をさらにどん底に突き落とす自体になりかねない。
「火力発電、地熱発電、風力発電、太陽光発電等々、今の状況では満足に日本は電力を賄うことが出来ない。増税して自然エネルギーを使った発電施設を作ればいいのに」
「でも、場所とかはどうするの?」
須賀さんが純粋な疑問を提示してくる。僕はそれに頷いた。
「太陽光発電なら民家でも可能だよ。屋根に取り付けて」
「諒、それにはコストがかかりすぎる。増税すればさらにコストがかさむぞ」
「それを増税したお金で支援するんだよ。20年計画くらいで。そこのとことは詳しく調べていないけど、本当に原子力を無くすつもりならそれくらいしないと」
「だからこそ、原子力発電を推進すれば」
「それは無理だから」
僕は小さくため息をついてカバンに教科書を全て詰め込む。だけど、入らない。
僕はカバンからいくつかの参考書を取り出して机の上に置いた。
須賀さんがその内の一冊を手に取る。
「すごい分厚い問題集だよね。斉藤君はこれを使って勉強しているの?」
「それは息抜きする時くらいかな。難しい問題集をやっていて疲れた時に軽く進めるくらい」
須賀さんはページを捲る。捲る度に眉間にしわが寄って行くのは少し面白いような気もするが。
そして、僕に問題集を返してきた。
「難しすぎて理解できない」
「京大東大クラスの人は簡単に解けないとダメな問題集らしいから買ってみたけど、予想以上に難しくて」
「で、正答率は?」
陽太が身を乗り出して尋ねてくる。僕はすぐさま答えた。
「十割だけど?」
「俺はこんなやつに中学時代勝とうとしていたのか」
「さすがにそれは無理じゃないかな?」
陽太の言葉に須賀さんが苦笑を浮かべる。僕はそれに首をかしげた。
「斉藤、お客さんが来ているぞ」
その言葉に僕は振り返る。そこには北林の姿があった。身長が高いから視界のほとんどを北林の体が覆い尽くしている。そして、北林が指さしている方角にいるのは山辺さん。
その時の僕の顔はとても珍妙だったに違いない。周囲からはひそひそ話がつきないし。
僕は椅子から立ち上がって山辺さんに近づいた。
「どうかしたの?」
「相原先輩から連絡だけど、あなた、今、凄く面白い顔になっていたわよ」
それは自分でも自覚しています。
「それは忘れて。で、美咲さんは何て?」
「今日は用事があるから生徒会室に集まらなくてもいいって。後、次は授業無いの?」
「長いHR。未来こそ大丈夫なの? こんなところまで来て」
「私は対人恐怖症じゃないから。さすがに、クラスに溶け込むのは無理でもここまで来るのは出来るし。それにしても、楽しそうね」
山辺さんが周囲を見渡しながら僕に言う。いや、僕に行ったんじゃなくて独り言なのだろう。だけど、その独り言は僕にしか聞こえないような声。
僕はそれに少しだけ笑みを浮かべた。
「楽しい、かな。みんな優しいから」
「そう。じゃ、私は保健室に帰るわ。また、明日」
「うん。また、明日」
僕が手を振ると山辺さんは恥ずかしそうに手を振ってくれた。そして、そのまま早歩きで保健室に向かって歩き出す。
僕は小さく息を吐いて振り返った瞬間、そこにはいつのまにか陽太に須賀さん、北林の姿があった。
「斉藤君、今の誰?」
まあ、そうなるよね。僕は友達が多い方じゃないけど、そこに可愛い女の子の友達がいたら誰だって驚くよね。
「学校内にあんなにかわいい女の子はいたか?」
北林が隣にいた陽太に聞く。陽太は完全に視線を逸らしていた。まあ、気持ちはわからないでもない。僕達がここで山辺さんについて話していいのかわからないから。
僕はただ苦笑を返すしかできなかった。
「これくらいしかないけど」
「完全にそれだろ」
陽太が呆れたように息を吐いて生徒会室にある椅子の一つに座る。矢島先輩と香取先輩は忙しいのかここにはいない。
ちなみに美咲さんは僕が思い出していた内容をひたすら生徒会室の黒板に書いていた。
「とりあえず、纏めるね。諒は教室を見て楽しそうと思った未来に楽しいと言った。以上」
「本当に簡潔に纏めましたよね」
「それが問題かな。確かに、未来が教室で授業を受ける。それを行うのは悪くないとは思うけど、二人が思うように時期尚早でもある。それは正しいことなんだけどね」
山辺さんが急に教室に来たところでみんなは混乱するに違いない。でも、混乱するにしても、その混乱をどうにかして抑えるようにしなければならない。だったら、どうすればいいのか。
それはそれでわからないものでもあるけど。
「私からの言葉はただ一つ。二人は未来が教室に来れるように下地を作ること」
「「無理です」」
僕達の言葉が完全に重なった。気持ちは同じだ。
「そもそも、ノルマが難しすぎます。もう少し簡単なものにしてくれないと」
「生徒会長命令です」
「そもそも、相原先輩の命令ってあまいろくなものが無かったような気が」
陽太が小声で呟く。そのことに関して何か言ったらそれは負けじゃないかな?
「諒は何か案は無いの?」
「無謀。無理。不可能」
とりあえず、これだけ言っておけば相原先輩は諦めるだろう。
「頑張ってね」
「いやいやいや。無理だって言っているでしょうが。そもそも、未来はまだ不安があると思うから。過去に何があったかわかないけど、未来も僕と同じ他人に対して何かを受けた。僕は他人しか信用しなかったので出来たけど、未来は自分しか信じない人。もう少し、もう少しだけ生徒会で慣れさせないと」
僕はこういう未来になると確信している。
「今度は学校に来れなくなる。そんなのは嫌なんだ。せっあっく仲良くなれたのに、友達になれたのに、僕は、失いたくない」
今までならこんなこと思わなかったに違いない。それは僕が変わったということ。
他人を信用しても、僕は、個人に依存することはない。そう言う風にしてきた。陽太や美咲さんは僕の事情がわかっているけど、山辺さんはそこまで知らないだろう。だから、僕は拒否する。
「まだ、早いよ。僕そう思う。ちょっと、出かけてきます。未来にそのことを伝えないと」
「一人で大丈夫か?」
「一人でお願い」
これは、僕がちゃんと言わないといけないことだから。
僕は生徒会室から出る。そして、屋上に向かって歩き出した。山辺さんはそこにいる。そこにいるからちゃんと話しをしないと。僕は、ちゃんと、自分の言葉を言わないと。
「行っちゃいましたね」
諒がいなくなった生徒会室。その生徒会室の中で陽太が美咲に話しかける。
美咲は少し苦笑しながら軽く肩をすくめた。
「ごめんね。いろいろ協力してもらって」
「なんの。相原先輩のためなら火の中水の中でも行きますよ」
「じゃ、今から体にガソリン塗りたくって火をつけて」
「それ火の中じゃないないですよね?」
陽太が小さくため息をついて諒が出て行った生徒会室のドアの方を向く。
「変わりましたね」
陽太はそう呟いた。
長く一緒にいる陽太ですらそう思える変化。その顔に笑みが浮かんでいるということはいい変化ということなのだろう。
美咲も頷くように笑みを浮かべる。
「そうだね。諒は変わった。未来が来てから一週間しかたっていないけど、少しずつ、少しずつだけど自分を信じるようになってきた。昔みたいになるのは無理だとしても、未来と一緒にいたら、諒は変わっていける」
「いや、まあ、昔みたいになれとは言いませんけどね。昔の諒はそれはそれで扱いにくい人物でしたから」
その言葉に美咲は笑う。楽しそうに美咲は笑った。
「あはは。そうだね。私も、あの頃の諒はそれほど好きじゃなかったな。好きになったのは諒が変わってから。なんというか、守りたいと思えてしまって」
「相原先輩、俺、相原先輩のこと」
「ごめんね。春日井君のことは眼中にないから」
「それはそれでかなり傷つきますけどね。まあ、諒がこの恋を成就してくれればありがたいのですが」
「あっ、やっぱり春日井君も諒が未来に恋していると思う?」
その言葉に陽太は頷いた。頷いて、少しだけ楽しそうに笑みを浮かべる。
「あいつ、自分では気づいていませんけど確実に一目惚れだと思いますよ。そうじゃなかったら、あそこまで変わることなんてありえなかった。美咲さんはどう思いますか?」
「全面的に賛成だね。未来もいい具合に変わっていっているし、諒も変わっているっている。そこが少し羨ましいなって。女の子は恋をすれば変るものなのですよ」
そう言いながら美咲は笑みを浮かべた。だが、陽太はその目じりに浮かんだ微かな光の反射を見逃すkとはなかった。
美咲だって本当なら諒と付き合いたいはず。だが、昔からの知り合いだからか恋の相手とはみられていないような感じだからだ。
陽太は立ち上がった。立ち上がって美咲に近づいて、
「それ以上近づいたらセクハラで訴えるから」
「イエス、マム!」
そのままその場で両手を上げた。それを見ながら美咲は笑みを浮かべ、そして、屋上の方角に視線を向ける。
「頑張れ、諒。頑張れ、未来」
屋上に上がる階段を一歩ずつしっかりと踏みしめて行く。これまで会わなかったからまだ屋上にいるに違いない。
山辺さんは屋上が好きだと言うのは保健室にいた先生から話を聞いている。心を落ち着ける場所らしい。だから、僕は屋上に向かって上がっていた。
そして、屋上のドアに手を触れて、
「あなたはどうして斉藤君と仲良くしてるの?」
須賀さん?
聞こえてきた言葉は確実に須賀さんの声だった。
「あんたには関係ないでしょ」
そして、山辺さんの言葉が聞こえる。
「私は知っているから。あなたが中学時代に何をしていたかも」
「勝手な噂でしょ。中学校の頃はあらぬ噂を近所にも流されたから」
「あなたがだった一人の親友だった人物を不登校にしたことを」
その言葉に僕はドアを開けていた。
屋上にいた二人の視線が僕に突き刺さる。それでも、僕は尋ねないといけなかった。
「どういうこと?」
事態は急展開の様子ですが、物語はまだ中盤です。