三話目、目の前を通り過ぎていく理解不能の中で。
「殺し…………、ホン……………内臓……」
「私は、そん…………と…………い、彼女を………とした」
「いーやダメだね、内臓ブチ……脳髄…………骨という骨を……千切る!」
「後輩にそんな食肉加工じみた処理を施そうとする彼女に戦慄を覚えつつ、私は椅子の方に……目を向けるとそこには意識を取り戻した少年がいた」
あまりの不穏な会話に薄ぼんやりと中空を彷徨っていた俺の意識が覚醒した。
どうやら俺は座っているなので、立ち上がろうとすると……ジャラッという音と共に引き戻された。
自分の体を見るとなんとパイプ椅子に鎖で縛り付けられている。
幸い後頭部以外痛むところはなかったが、手は後ろに回されておりほぼ完全に身動きが取れない。
唯一活動的な首と目を動かしてあたりの様子を伺って見るとコンクリートで出来た窓のない部屋。
叫び声が何処にも届きそうにない造りが俺の運命を暗示していて嫌だった。
そして、部屋の中には俺をのぞいて二人の人物が、一人は……。
「おい、なに薄ら馬鹿な顔面してんだコラ。こっち向けやコーハイ」
手に持った紙コップの中の液体を俺の頭皮に与えてくれた我らが鈴代先輩(の裏人格か一卵性双生児かドッペルゲンガー、大穴で同一人物)がそれこそ殺人鬼のような笑顔を向けてくれていた。当然合羽は脱いでおり、現在は黒一色のTシャツにカーゴパンツと言ういでたちだった。そんなでも着るのが先輩だと凛とした印象が付随するからつくづく外面は財産だと思う。
液体は察するにカルピス。しかしだいぶ濃いので中々俺の頭から離れてくれない。
「彼女は身動きが取れない少年の顔に白くねばねばとしたものを垂らす。彼はその粘度のある臭いにむせ返りそうになった」
もう一人は何故かぼそぼそ地の文みたいなめんどくさい喋り方をする男。
40歳前後だろうか、所々に白髪が混じっている。
いかにもユニクロな服装でパイプ椅子に座って裂きイカを齧っていた。絶対独身だ。
「おい読坂てめぇわざと猥褻な表現用いてんじゃねえよ。割るぞ」
「予定調和、彼女の突っ込みは今日も冴え渡る。私はあえて彼女の暴言をスルーした」
「スルーするって出来てねえだろうがよ! つーか人と話すときは目ェ見て話せ!」
「あのちょっとスイマセン。人を鎖で雁字搦めにした意味を教えてくれませんか?」
とりあえず喧々諤々と不毛に見える会話に割り込んだ。
先輩が寿命が縮むような眼でこちらを睨んできたのですぐに止めておけば良かったと後悔した。
「あぁ!? そんなもんお前が人ぶん殴って仕事の邪魔したからに決まってんだろうがよ。全く普段なら記憶飛ばしてサヨナラなんだがよ。ったくお前って奴はつくづく面倒かけやがって。オラ、一発殴らせ、ろ!」
殴らせ、の段階であごに衝撃、先輩が思いっきり拳を振りぬく。
だが、その痛みよりその行動力より何より驚いたのは。
先輩の拳が振りぬいたのが空気だったにもかかわらず、俺のあごに衝撃が走ったって事だ。
「あの、あれ、え?」
「私はあまりに安易に自分の能力をひけらかす彼女に向かって黙って肩をすくめる。いくらイニンシキシャ同士だからと言ってそれはないだろう。それに彼女にとってはただの恨みの対象かも知れないが、我々としては彼は重要人物の一人。丁重に扱ってもらいたかった。が、頭に血が上った彼女に何を言っても無駄。天井を仰ぎつつ、私は口を閉ざしていた」
委任指揮者? 俺の脳裏に積まれた大金の隣でタクトを振るタキシード姿の男が目に浮かんだ。
目の前を理解できない情報が通り過ぎていく、自分が乗るはずだった電車を見送りながら駅のホームに立ち尽くしているような気分になった。
「微塵も黙れてねぇよ。つーかこいつが断ったら記憶消すんだから問題ないだろ。お前は命かかってないから気楽だろうがこっちは真剣なんだよ! とっとと本題に入ろうぜ!」
「一理ある。私はそう判断して彼女の方を振り向き、言った『それじゃあ、遠井君……だったかな君に一つ提案がある』提案と言うより脅迫に近い事を今から行う自分にやや罪悪感を覚えた」
声高っ! 裏声を使ってまで地の文と言う設定に執着しているらしい。
『と、いうよりまずは現在君のおかれた状況について説明しておこうか』
「よし、説明なら俺からする。つーかこいつに説教がしたい」
俺と言うボーイッシュな一人称に新たな萌えを感じていた俺の意識が物理的に先輩の方へ向く。
詳しく言えばまた『衝撃』を頭に喰らった。身じろぎ出来ないために全てのダメージが首にいってかなりつらい。
「よし、今からお前がどんな状況に置かれているか教えてやろう。今お前は加速的に進んでいく状況に追いつけないでいる。だから私に何の罪悪感も抱いていないし、自分がどんな立場にいるのかも分かっていない。端的に言おう。お前、このままだと死ぬぞ。二日後、それも私と心中だ」
今までで一番分かりやすい説明だった。
先輩の引き攣るような笑顔がその説明に真実味を付加させて。
多分、俺も同じような表情をしていたと思う。