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二話目、フラグと呼ばれるものの片鱗を垣間見た。

 その後、友達予備軍だったクラスメイトが慰めにきたり、話しかけてきたりという事も無く孤立。

 村八分という中学時代の忠実なデジャブを噛み締めつつ放課後となった。

 この翌日には倍、さらに翌日には倍と、鼠算式にこの事実が高校に蔓延する現実に早くも心が折れそうになりながらも、膝をつきそうになる足を奮い立たせて帰路についた。

 バイトの時間が三十分後に迫っていなければ俺は校門の段階で倒れ伏していただろうと推察する。

 『テロリストの息子』なんてステータスを残し両親が自然消滅してからしばらく、俺の面倒を見ていた親戚のうちへの投石もようやく止んだ去年暮れ頃。唯一俺に良心的だった祖母が86で死んで。

 俺は自宅でさえも村八分となる事態となり、毎月振り込まれる家賃とともに地元を追い出された。

 ようやく父親の呪縛から逃れられるかと思いきや、アブラギ君が全てを台無しにしやがった。

「バイト先、もし漏れるような事があったら……」

 そのときはあまりの不幸にちょっと笑うかもしれない。


「バイト、クビをされるかもしれない」

 ちなみにこれはあまりのショックに日本語がままならなくなった俺では断じて無い。

 彼は同じレストランの厨房で働く仕事仲間のデルさん。国籍不明のタフガイである。

「皿を割りして、箸を折りして、店長を斬りして、ビザを切れてるしして、さらに働けない」

 国籍不明、就労ビザがないらしいのになぜか雇用されている彼、その不器用さたるや物を壊して給料から天引きされすぎて時給が三分の一まで落ち込むという想像を絶するものだった。

 その上今日は割れた皿を拾おうとしているときに店長に怒鳴られ、破片を持ったままで勢いよく振り向いたので店長の服を切り裂きノースリーブにする失態をやらかしていた。

 これだけやらかせばもう駄目なんじゃないかとは思ったが、しかし同じ仕事仲間としてそんな心無い事はいえないので棒読みで慰める。

「うん、でも店長は優しいからまだ大丈夫だと思うよ」

「優しさの店長、デルにいい人」

 満面の笑みを浮かべるデルさん。店長もその誠実さをかって雇っているのだろう。ミスによる天引きをやや過剰にすることで労働力を安上がりにしている店長の不誠実さと比べればなおさらだ。

 そんなデルさんを見てると、中学の英語の教科書さえ持っていればアメリカで生活できる気がする。

「お前も優しさ、いい事が教えられるデル、する」

「そうか、何だ?」

「これ、噂飛ぶこと限りなし。見るお前」

 そう言って差し出されたのは携帯電話。画面には黒い背景に血文字で『怪奇!口裂け幼女!』と書かれており、画面を下にスクロールすると想像図として幼女化された口裂け女の姿があられもない姿で描かれていた。

「………………デル。これは趣味としてはいただけない。法律に触れる」

「デルの友だち、これと会った。から、殺された」

 冗談として処理しようとした俺とは対照的に、やけに真面目なデルの顔。

「危ない、これを注意する」


 着替えを済ませてかばんを肩にかけて、デルより先に店をでてから300メートル。

 俺はこの、夜空を馬鹿のように見上げながら歩いていても誰ともぶつからない時間帯が好きだ。

 繁華街はとうに抜けて、現在位置は住宅街。

 まだ二キロほどある自宅まで歩いて帰るのは単に電車賃を忘れたからである。

 デルや店長に借りても良かったのだが、まあ人から何かを借りるのは好きじゃないし、明日からの高校での態度を歩きながら考えておきたいと言うのもあった。

 つまるところ、そんな些細な理由なのだ。

 そんな些細な選択肢で運命は変化し、デルさんの立てたフラグはたった十数行で回収される。


「……ん?」

 平和なはずの住宅街に、異常な濃度の痛みが流れ出して霧の河となっている。

 赤く光を帯びたそれは俺の足元にまで流れ込む。

 まだ高校生、面倒事は嫌いだし、わざわざ首を突っ込んでヒーローを気取る奴も嫌いだ。

 だけど、俺にしか見えないSOSのサインを捨て置けるほど徹底した覚悟を持ってるわけじゃない。

 目の前の奴を助けたいと思う気持ちは、欲は持っている。

 その赤い河をたどり、曲がり角を曲がると、屈みこんで人間らしきものを殴りつけている人が街灯に照らされて暗闇にそのシルエットを露にしていて、俺は思わず身をすくませた。

 タコ殴りを敢行している当事者は合羽とジーンズを着用し返り血対策万全の様相である。

 こぶしを振り下ろす一動作一動作で血しぶきが舞う、痛みが濁流となりアスファルトに広がる。

 サンドバッグとされている肉体からは打撃音のみが響く、悲鳴や苦悶の声さえなく、街灯に照らされた血だまりが広がっていくのがやけにスローモーションに見えて、何もしないでいる自分の無力さを際立たせる。

 歯を噛み締めて、かばんを振り上げた。

「おい、合羽野郎」

 その声に反応して血にまみれた雨合羽が振り向く。さあ後戻りは出来ない。

 振り向きざまに顔面へ一撃、男子高校生の腕力にそいつは尻餅をついた。

「今の内に…………」

 逃げろ、と言葉をつむぐ前に、俺はそいつの顔を始めて見た。

 白かったであろう子供用のドレスを自らの血に染めたそれは、耳まで口が裂けた幼女だった。

 あれほど攻撃を受けたのに全く応えた様子もなく、何の気なしに立ち上がり、裂けた口角を吊り上げて俺と襲撃者に笑って見せた。赤く引き締まった歯茎から等間隔に突き出す白い歯。その隙間からのぞく下がチロチロと別の生物のように口内で蠢いた。

「私、綺麗?」

 そう問いかけたそいつは、見事なほどにデルさんの携帯の液晶に映っていた画像と酷似していた。

 そして、その問いを宙にぶら下げたまま、霧のように掻き消える。

 後に残ったのは尻餅をついたまま呆然としている襲撃者と、馬鹿のような顔で突っ立っているであろう俺。

「あれ? 間違えまし………………ヒッ」

 今度の俺の声も途中まで吐き出して喉に残った。

 何しろ、血みどろの雨合羽から覗く怒髪天の怒りを称えたその顔が。

「鈴代、先輩?」

 すると先輩はにこりと微笑み首肯した。

 身じろぎ一つ出来ずに固まる俺の隣で立ち上がり、じぃっと合羽についた血を眺めていた。

「あ、あのもしかして間違えましたか? 相手」

 その俺の声に、ゆっくりと動き出す先輩。

 まず右手に何かを握るように力を込め、渾身の勢いで振り下ろす。

 俺の頭上に通常ではありえない角度から瀑布を叩きつけらたかのような衝撃が走り、そのまま意識を失った。

 最後に聞こえてきたのは、先輩の万感を込めた叫びだった。

「てっめぇ脳髄かち割られたいのかボケエエエェェェ!!」

 …………先輩、キャラ、違いません?

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