588(suite miror)fight〜日々は絵画の上のように――〜
シズンアンドヒトウム八年
日本 北海道 智恵文市
火曜日 午前七時 晴れ
涼しい
山の斜面の墓地――もちろん日本の墓石だらけの――で「まずはここに来てくれてありがとう。これで他の人に聞かれずに済む。――私の願いを叶えてほしい。死人を生き返らせてほしい」
「分かった」
「ありがとう! ――けれどその代償は? 私は何をすればいい?」
「代償はない」と、少年――十代半ばの日本人、白い肌、肩までの黒髪、緑色の目、優しげで幼い顔、小柄、細身、黒いスーツ、ピンクのネクタイ、ピンクのワイシャツ、黒いスポーツシューズ――は、同年輩の相手――日本人、白い肌、腰までの黒髪、青い目、可憐な顔、小柄、細身、黒いジャージ、白いティーシャツ、黒いスニーカー――に言った「誰を生き返らせてほしい?」
「――おかしい。やはり何も代償がないなんて」
「怪しむ必要はない。君は君の願いに素直になればいい」
「――違う。代償がないなんておかしい。――この世界も何かおかしい」
「なら私は待っているよ。君が納得できるまで」
「……ありがとう」
気まずげに言って相手は立ち去る。
少年もしばらく待ってからそうする――数分で墓地を出ると、その顔が不意に曇る。だがそれは一瞬だった。
《今日はまだ新聞を読んでいなかったな。早く読みたいな》
と、広大な草原を前に少年は楽しい気分になる。草原、そしてそれを囲む山々――それが現在の智恵文市だ。
《早く後ろから声をかけてくれないだろうか?》
《いいえ、もちろん新聞より先に――》
「ユウクロ」
《来た》
《けれどこの声は――》
不思議に思いながら少年は振り返る「今日は君が新聞配達人か?」
「いいえ、見ての通り手ぶらじゃよ」と、老人――フランス人の男、腰まである白髪、青い目、白い肌、温厚そうな顔、小柄、細身、白いスーツ、白いワイシャツ、黒いネクタイ、黒い革靴――は答えた。
「なら天使か」《元気な人だな》とユウクロは呆れながら「用件は?」
「その前に場所を変えないか? 私はこの街が嫌いだ」と、老人はさらりと言った。
「私はこの街が好きだ。ここで話して」
「なら他を当たろう」
「さようなら、ノワール」
「さいなら」と、老人はぱっと消えた。
少年――ユウクロは前を向く。
「ユウクロ」
《今度は――》
そう、やはりスキンヘッドの白人――十代後半、黒目、真面目そうなハンサム、小柄、細身、白いスーツ、黒いワイシャツ、白いネクタイ、白い革靴――がいて「君に話を持ってきた」と、続けた「場所を変えて話そう。この街は嫌いだ。大丈夫か?」
「もちろん。誰に何を言われようと私はこの街が好きなんだから」
「ふっ、主導権を握られているのにか?」
「どこだってそうだ」と、ユウクロは呆れた顔で答えた「むしろそうじゃない所は嫌だね」
「相変わらずクソ真面目だな」と、相手は微笑して言う。
ユウクロも笑い「どうも。――どこで話す?」
「またクロセ夫人に会うことになる。中川町で話そう」
ユウクロはふと微笑した。
「気に入らないわね、その微笑み」
ユウクロは振り返る「よく分かったな、私が笑っていることを」
「美しいからね、あのおばさん。――それにしても君もよく私だと分かったね」と、相手――ユウクロと同い年の日本人、白い肌、腰まである茶髪、赤い目、可憐な顔、小柄、細身、赤い長袖ワイシャツ、黒いアンダーシャツ、赤いロングスカート、黒い革靴――は嬉しそうに聞いた。
「声で分かる。何か用かな?」
「君に会いたくて来たんだよ」と、相手は微笑して答えた。
「その訳は?」
「君が好きだから」
「……そんな用で来ない」と、ユウクロは寂しげな顔で言い切った「君は私なくても生きていける」
「ナイン」と、相手は笑顔できっぱりと否定した「ところで君はその何も言えない雑魚に従って中川町へ行くの?」
「食べ物だ!」と、スキンヘッドの男は怒ったように言った。
「またか」と、ユウクロは呆れ顔で言った〈スキンヘッドの男に〉「今度の肥満はなんだ? また豆腐か?」
「それは調査してみないと分からない」
「そういうタイプか」
「ああ。で? 私に同行するのか?」
「うん」
「私も行くわよ。いいわよね? マーシン」
「私は構わないよ、幸せガール」
「ユウクロは?」
彼は肩をすくめ「もちろん好きにすればいいさ、アカ」
「ありがとう、ユウクロ。嬉しいわ。――それにしてもマーシン、君、今日もスキンヘッドね。やっばり暑いの?」
「もちろんだ」
「やっばり分からないわね、外から見た感じでは」
「君の心と同じだ」と、マーシンは含み笑いを浮かべて言った。
「あら、私はとても分かりやすい人間よ?」
「そうか――ユウクロ、そろそろ行こうか」
「うん」
と、三人はぱっと消えた。
次の瞬間、三人は道北の中川町――東西の山地の間を南北に流れる天塩川に沿ってある小さな町――の表通りの南側出入り口に現れた。
「相変わらず人も車もないわね」両側に民家――白い木造かつ屋根は青くて平ら――が立ち並ぶコンクリートの通りを眺めながらアカは言った「田舎らしいわ」
「無欲でいい」と、マーシンは言った「クロセ夫人に相応しい町だ」と、微笑して言う。
「誰か散歩しているかしら?」と、アカはユウクロに言った。
「分からない。――けれどそれはなんの問題もない。そうだろ? マーシン」
「そうだな。例外だ。――ユウクロ、来たようだぞ」と、マーシンは振り返る。
ユウクロ達もそうすると「ユウクロ、どう見える?」と、マーシンは前を向いたまま言った。
「もちろんキュートな女性よ」と、アカが不満そうに答えた「けれどユウクロ、君の方が魅力的だわ」
「強引だね」と、ユウクロは苦笑して言った「マーシン、私にもそう見える。白い肌の日本人、髪型は茶髪のショート、体型は小柄で細身、服装は黒い長袖ワンピースに赤い革靴。そっちは?」
「同じだ。よし、狂いはないな。何が食べたい?」と、マーシンは前方の相手に聞いた。
「カレーライスだ」
《男か》
と、ユウクロは声で分かった。
「本とかで見たからか?」
「違う。無性にだ」
「なるほど、そのパターンか。私達と一緒に来てくれ。君の悩みが解決する」
「本当か!? 行くよ」
それから四人は左〈西側〉にあるコンクリートの橋を渡り、南北に通じた国道〈コンクリートで舗装された〉に出る。その向かいの細い下り道〈やはりコンクリートの道〉を進んで数分、平地となった直後、右手の大きな屋敷――横長で白い洋風の木造建築、赤い三角屋根――の前で四人は立ち止まる。
「ユウクロ」と、アカが呼ぶ「私達はここで待っていましょうよ」
「なして?」
「なして」とは北海道の方言で「どうして」を意味する。
「嫉妬よ。ふん」
「ふっ、分かったよ」
「ありがとう」
「ならクロセ夫人には私達二人で会うよ」と、マーシンは言って、砂利の敷地にカレーライスの相手と入っていく。
それから十数分後、マーシンは戻ってきた。
「どうだった?」と、ユウクロは聞く。
「今日も夫人は美しかった」と、相手は満足そうに笑って答えた。
「ふっ、何よりだね」
「けっ、二人共うるさいわね。ちょっとマーシン、カレーライスの奴はどうなったのよ? ちゃんと報告しなさいよ」
「この態度が答えだよ。――ユウクロ、私のところへ来ないか?」
「はぁ!? いきなり何言ってるのよ!!」
「君の気持ちは分かっている」と、ユウクロはマーシンに言う「けれど離れる気はないよ」
「……分かった」と、マーシンは呆れた様子で答えた「当分この髪型だな」
「私はいいと思うよ?」
「ふっ、ありがとう」
「ユウクロユウクロ、私のは?」と、アカは後ろを向く。
「うん、素敵だよ」
アカは振り向き「えへへ、ありがとう」
「ユウクロ、私は帰るよ」と、マーシンは呆れた様子で言った。
「もういいのか?」
「ああ。今日のクロセ夫人を見ることができたからな。十分だ」
「なら私は不十分だな。まだ付き合ってくれ」
「もちろんだ」
「私がいるじゃない! ユウクロ、私じゃ不満?」
「ユウクロ」
彼は振り返る「誰だ?」
その頃、智恵文市で。
「くどいが、本当に代償はないのか?」
「もちろん」と、ユウクロは答えた。
「私はブルー。ユウクロ、君の偽者がいる」と、若い白人男性――腰まである金髪、青い目、明るそうなハンサム、中背、細身、白いスーツ、白いワイシャツ、青いネクタイ、黒い革靴――は言った。
「偽者? ――教えてくれてありがとう」
「動じていないね。偽者をどうするつもり?」
「放っておくよ」
「どうして?」と、相手は驚いた様子で聞いた。
「問題ないからだ。暴力、殺人、お触り、レイプは起きないんだから」
「けれど、私はユウクロじゃない。偽者だ」と、“ユウクロ”は言った。
「偽者?」
「そう。だから君の願いは本物に叶えてもらうといい。彼はいい人間だから」
「いい人間――それは確か?」
「ああ。こんなことをしている私のこともきっと許してくれるだろう」
「――君はどうして偽者に?」
“ユウクロ”は寂しげに微笑して「さぁね」
「なるほど」と、ブルーは言った「さて、私はクロセ夫人に会いに来たんだ。美しいんでしょ? ぜひ拝見したい。会わせてもらえないだろうか?」
「駄目だ」ユウクロは断言した。
「どうして?」
「ハンサムだからだ」
「――はははっ、そっか。分かった、諦めるよ。私もその万一は好ましくない」
「ありがとう。――クロセ夫人と分かるものを探そう」と、ユウクロは微笑して言った「写真とかデータがどこかにあるはずだ」
「ああ、その手があるね」
ありがとう、一緒に探してくれるなんて、とブルーは付け加えた。
「この二人も一緒だ」
「私も?」
「付き合ってくれるんだろう? マーシン」
「そうだよ」
「私は反対よ!」
「どうして? アカ」
「君もそれ欲しいんじゃないの?」
「――なるほど、確かに私も欲しいな」
「やっばり! 反対よ!」
「しかしユウクロ、どこを探す? 邪魔者にはなりなくないぞ」
「ちょっとマーシン! 邪魔よ!」
「私もだよ、マーシン」と、ユウクロは答えた「――外で待とう。持っているのと当たるかもしれない」
「気長だな」
「君がいいなら」と、ユウクロはブルーに聞く。
「良いよ、すぐに君達と別れるのは寂しい」
どこで待つ? とブルーは付け加えた。
「――迷惑を考えて、隣町の音威子府村に行こう」
「音威子府――無人だったっけ?」
「いいえ。けれど行ける」
「分かった、行こう」
そこにも一瞬。音威子府――そこは盆地の広大な草原。
「智恵文市と似ているね」と、ブルーはユウクロに言った。
「いい所だ、こうして待てる」と、ユウクロは仰向けに寝た。
「私をお側に!」と、アカはユウクロの答えを待たずに彼の横に寝た。
「――なんでこっちを向くの?」と、上を向いたままユウクロは聞く〈視線を感じるから分かるんだよ〉。
「君を見たいから」
「仰向けになって」
「なんの得が?」
「――マーシン、ブルーも横にならないか?」
「私はまだいい」と、マーシンは答えた「相手は直に来る。――来たぞ」
ユウクロはさっと立ち上がる。
そしてマーシンの隣で「“カレーライス”とはワンピースの色だけが違う。ピンクだ。君は?」
「私もそう見える。流行りの出方だな」マーシンは「君の目的はなんだ?」
「何か買いたいんだ」
《男か》
と、ユウクロにそう思わせたその若い声は「なんでもいい、買わせてくれ」
「なんでも――なら情報はどうだ?」
「うん、いいよ。どんな情報だ?」
「人についてだ。どうやら下川町に復讐者がいるようだ」
「復讐者!? それは魅力的な情報だな。よしっ、いくら払えばいい?」
「いらない。それより君はクロセ夫人の姿が分かるものを持っているか? 写真とか。あれば貸してほしい」
「いいえ、持っていない。――けれどあいつなら持っているかもしれない」
「あいつ?」
「智恵文市にいる奴だ。名前はルテ」
《知らない名前だな》
《まぁ、智恵文市は広いからな》
「ありがとう。いいお礼だ」
「こちらこそ」
と、相手はぱっと消えた。
《探しに行ったな》
「ユウクロ」と、マーシンは呼んだ「私は万一のため今の買い手の後を追う」
「うん、分かった。気をつけて」
「ありがとう」
と、マーシンもぱっと消えた。
「アカ、いつまで寝ているんだ?」と、ユウクロは言った。
アカは上を向いて「すぐに智恵文市へ?」
「そうなるよ。起きて」
「うん」
アカがそうした直後、三人は智恵文市へ。
「ユウクロ」
《この声は――》
そう、墓地で会った相手だった。
「また会ったね。何か?」
「私の願いを叶えてほしい。お願いします」と、相手は頭を下げた。
「分かった。生き返らせてほしい相手の名前は? あと、どこにいてほしいかを」
ユウクロは知った。
その瞬間ユウクロは「叶えたよ」
「えっ!? もう?」
「ああ。美深町の指定場所へ行って確かめるといい」
「分かった。ありがとう」
と、相手は消えた。
「すごいな、君はそんなことができるのか」ブルーは感心する。
「そうでしょ! ユウクロはすごいのよ! ――ユウクロ、今度はどっちの……?」
「右目だ」
「右目がどうかしたの?」と、ブルーはユウクロに聞く。
「しばらく見えなくなった」
「――代償か。偉いな、君は」
「くすぐったいよ」
「おっと、これは失礼」
「一方で不満もあるわ」と、アカはブルーに言う「みんなに優しいのよ」
「――ふっ、なるほど。なら私はお邪魔だね」
「まさか」
呆れ顔を浮かべていたユウクロはふっと笑う。
「ユウクロ」
《えっ? この声は――》
そう、ユウクロの背後には、今さっき彼に願いを叶えてもらった相手がいた。
「どうして私の前に……?」と、ユウクロは不思議だ「――何かこちらに問題があったのか」と、気づく「やっと再会できた相手ともう離れるなんてそうに違いない」
「違う。……願ったけど、仲はあまり……」
「なるほど」ユウクロは納得した「私に何か用?」
「うん。――君に会いに来た」と、相手は緊張した様子で言った。
「私に?」
「うん。君といたい――いいかな?」
「うん、良いよ」
「ありがとう!」
「よくないわ!」と、アカは叫び、二人の間に入る「ユウクロは私のものよ!」と、訪れた相手に言った。
《おいおい……》
「……ユウクロ、私は帰る……」と、相手は寂しげに言った。
「ええそうしなさい。――けれどちょっと待って。君、ルテって人知らない? この街にいるようなんだけど」
「それは私の親族だ」
《えっ!?》
「本当? どこにいるの? 教えてよ」
「教えなくていいよ」と、ユウクロはアカの隣に行って言った「このまま帰って」
「ユウクロ、なんでよ?」と、アカは聞く。
「私がしたことの見返りみたくなるからだ。私はこの人に何も求めたくない」
「――私はシズコ。ユウクロ、やっばり私は君といたい」と、訪れた相手は微笑して言う「頼む」
「うん、良いよ」
「――ありがとう」
「ちょっとユウクロ!」
「アカ、冷静になって」と、ユウクロは寂しげな表情で言った。
「――分かったわよ。だからその先は言わないで」と、アカは不満そうに言った。
「ありがとう」と、ユウクロはやはり寂しげに言った。
「ユウクロ、ルテの所に案内する」と、シズコは言った。
「それは……」
「大丈夫、私はそんなふうに思っていないから」
「――ありがとう」
「ユウクロ、悪いけど私は帰るよ」と、ブルーは言った。
「帰る? どうして?」
「暑くなってきたからね。早めの対処は大切だよ」
《暑い?》
「――分かった。早く避難を」
「ありがとう」と、ブルーは消えた。
「シズコ、君は暑さを感じるの?」と、アカは聞いた。
「感じない。ユウクロは?」
「私も同じだ。私達三人は――」
「そうじゃない」
と、背後からの声が遮る。
ユウクロは振り返る「どういう意味だ? ノワール」
「その子が暑さを感じないのは、その熱の本体だからだ」
「私が本体……? 一体どういうこと……?」
「それよりユウクロ、シズンアンドヒトウムのアンチがいるぞ」
《アンチ――そこまでして……》
呆れ顔のユウクロは「――元気だな、ノワール。その理由はやはり?」
「もちろんそうじゃよ。マーシンがいないとさらにそう思うよ」
「彼がいる時には言うなよ」と、ユウクロは顔を顰めて言った。
「ふっ、彼には優しいな。分かったよ。君で満足するさ、ふっ」
「他に用件は?」
「ない」
と、相手は消えた。
「ユウクロ、まずはどっちを片付けるの?」と、アカは聞いた。
「暑さだ。マーシンやブルーと会えないからね」
「――まぁ、そうよね」と、アカは不満そうだ。
「ユウクロ、私をどうするつもり……?」と、シズコは不安げな表情で聞く。
「クロセ夫人に会わせる。大丈夫、何も怖いことはないから」
「――それで解決するの?」
「うん、クロセ夫人は美しいから」
「――どうして暑くなるの?」
「――簡単に言えば、鏡のように写し出すから暑くなる。――この草原もその一例だ」
「名寄市の『フォルサ信金』もそうだよね」と、アカはユウクロに言った。
「そうだね」
「――この草原は誰の?」と、シズコはユウクロに聞いた。
「ユウクロ」
背後からの声――振り返り、ユウクロは驚いた。
自分がいるからだ。
「ユウクロ!?」と、アカもそれに驚く。
しかしユウクロはすぐに冷静になって「どうして私の偽者に?」
「すみません、偽者になって。それを謝りたくて来ました。すみませんでした」と、相手は深々と頭を下げた。ユウクロは誠意を感じた。
「――頭を上げて。許します」
「――ありがとうございます」
「帰っていいよ」
「はい。すみませんでした」
と、相手は消えた。
「アカさん」と、シズコが呼ぶ。
「アカでいいわよ。何かしら?」
「――君も私と同じ理由でクロセ夫人に会った?」と、シズコは恐る恐る聞いた。
「いいえ」
「――ユウクロ、私、クロセ夫人に会いたくない」
「えっ? どうして?」
「怖いから……駄目……?」
「――良いよ」と、ユウクロは微笑して答えた「君なら」
「ありがとう」と、シズコはほっとして言った。
「マーシンとブルーはどうするの?」と、アカは不満そうな顔でユウクロに聞いた。
「マーシンなら分かってくれる。ブルーはその居場所を訪れたらいい」
「分かってくれる――まぁそうね」と、アカはなお不満そうな顔で言った「――さて、シズコの件がそうならアンチの方を片付ける?」
「そうだね」
「ユウクロ、シズンアンドヒトウムのアンチって?」と、シズコが聞く。
「シズンアンドヒトウムにないものを取り戻そうとしている人達よ」と、アカが答えた。
「何がないの?」
「ヒグマと冬。まったく理解できないわ。どちらもなくてまったくいいじゃない」
「アカ、シズコ、アンチを待とう」と、ユウクロはその場に仰向けに寝る。
「そうね」「うん」
と、アカとシズコはユウクロの脇に寝る。
そこでそうやって留まって三日後。
午前十時頃〈天気は晴れ〉、
「ユウクロ」
呼ばれ、彼は目を開ける。逆さまのマーシンの顔を見て彼は「――どうしてここに? 暑くないのか?」
「暑いさ。けれど我慢できなくなってね」
「それは微妙だね」と、ユウクロは困ったように微笑して言い、立ち上がり「用件は?」
「私のいない間に天使は来たか?」
「いいえ。だからこの三日間三人で寝そべってばかりいたよ」
そっちは? とユウクロは付け加えた。
「私の方も来てないよ」
「そうか、お互い平和でいいな」
「ああ、何よりだ」
ユウクロは、背後の溜息を聞いた。彼は振り返る「――ノワール?」
「ユウクロ、君はやはり物足りない」と、相手はさらりと言った。
ユウクロは寂しげな表情を浮かべて「――ふっ、理性的でよかったよ。用件は?」
「私は泥棒の使いじゃ」
「泥棒?」
「アカを見ろ」
《いない!?》
「アカをどうした?」
「盗まれた」
「堕ちたな、ノワール。泥棒はどこにいる? 早く吐け、この強欲野郎!!」
「ふっ、それにしては君じゃない大地だな。――そうだ、この大地は暑いがそれは誰が原因だ?」
「シズコだろ?」
「他には?」
「何?」
「ふっ、やはり君はその程度――マーシン、君は分かるか?」
「いいえ……」
「ふっ、君達は、だったな」
「ノワール……早く言え」と、ユウクロは静かに言う「借り云々なんて言わせないぜ」
「さいなら」
と、ノワールはぱっと消えた。
《くっ!》
「いい機会だな、ユウクロ」と、マーシンが言う。
「いい機会?」
「ああ、アカと離れたかったんだろう?」
「――ちょっと違うな。こんな形は望んでいない。アカもな」
「ならどうする? どうやって泥棒の居場所を見つける?」
「――いいえ、相手が来るのを待とう。――もしかしたら自力で帰ってくるかもしれない」
「それはないな」
「どうして?」
「君が助けてくれるのを期待しているだろう、きっと」
「ふっ、そうだな。――シズコも一緒に待つ?」
「うん、もちろん」
「ありがとう」
「場所を変えたいな」と、マーシンはユウクロに言う。
「もちろんだよ。――札幌へ行こう」
ここで読者の諸君に言っておくことがある。札幌の街は読者の知っているそれと変わりないということを。道央にある、北海道の都会だということを。しかし違いはある。人の姿がないということだ。
そんな都会――その東区の町中〈高い建物はあまりない。そういうのは中央区にあるんだよね〉にある小高い山〈表面が芝生の〉の平らな頂上にユウクロ達は現れる。
と、そこに滞在して二週間後の午前九時頃〈天気は晴れ〉、
「ユウクロ!」
不意に怒ったような声で呼ばれ、彼はびっくりして振り返る。
アカがいて「なして助けに来ないのよ! 楽しみに待ってたのに! 君に会いたくてもう我慢できなくて来てしまったわ! もう!」
ユウクロは微笑み「私も会いたかったよ。無事?」
「ええ、無事よ」と、アカは嬉しそうに笑って答える「そっちはどうなの? 私がいない間に色々あったんでしょ?」
「うん。けれど見ての通り無事だよ、三人共」
「そう、よかったわ。――ねぇ、私がいない間にコウノトリ見た?」
「コウノトリ? いいえ」
「私は見たわ」
「へぇ、ラッキーだね。どこで見たの?」
「智恵文市よ。――ねぇ、これから智恵文市へ行かない? コウノトリまだ見ることができるかも」
「マーシン、どうする?」
「――とりあえず行ってみよう」
「そうだね」
で、行った。
「暑いな」と、マーシンは平気そうな顔で言った。
「誰のせいだと思う?」
と、ユウクロの背後から声。ユウクロが振り返ると、
「もちろん君ではない」と、ノワールは彼に言った「さっきコウノトリの話をしていたな? コウノトリは赤ちゃんを運んで来る。ゆえに人はセックスをしない。それはおかしいことだ。そうだろう? ユウクロ」
「それがなんだ?」
「この暑さは、それがしたいという欲求の証なんじゃ」
「誰の証だ? 言って。クロセ夫人に会わせたい」
「おかしいのはそれだけじゃない」と、ノワールは無視して言った「この世界は色々おかしい。だから復讐者は動く、この世界を正すために」
「何?」
「君もその対象じゃ、ユウクロ」
「――物足りないからか? そしてまた借りを作っているのか、ノワール。呆れるよ」
「君はこの世界を変えることはない」と、ノワールはさらりと言った「そういう点からも君は物足りないのう」
「それでいい。私はこの世界が好きだから」と、ユウクロは断言した「この不完全な世界が。私は不完全だ。なんだってそうだ。だから私はこの世界がいいんだ」
「私もよ」と、アカはノワールに言う「だからこの世界をどうにかなんてさせないわよ、ノワール」
「ふっ、アカ、君もこの暑さを感じない。それはユウクロのそれしか感じたくないからだ」と、ノワールはユウクロを指差す「だがユウクロは暑くさせない。そしてユウクロは君と離れたがっている。この世界は他人に触ることもできない。そんな世界でもいいのか? 君は」
アカは微笑する「ユウクロ、君は私と離れたいの?」
「……ああ」
「いい表情ね、ユウクロ。ノワール、私はこの世界がいいわ。私はユウクロに会って幸せになっている。これからもきっと幸せよ。ユウクロと一緒ならね」
ユウクロははっとした。
《君はそこまで――》
「ふっ、楽しみじゃな、これからが」
「ノワール」と、マーシンが呼ぶ「君もいずれクロセ夫人に会う。楽しみにしていろ」
老人ははっとした「……それはどうかな?」と、焦りの顔で言った。
と、老人は消えた。
「アカ」
「何? ユウクロ」
ユウクロは笑顔を浮かべる。「ありがとう。私も君に出会えて幸せだよ」
一方、中川町の国道を歩く独りは、その脇道の入り口で立ち止まった。
「君」
独りは振り返る。
車道の向かいに同じ姿をしたのが一人。その流行りの格好をしたのは続けて「どこへ?」
「クロセ夫人を殺しに」と、独りはさらりと答えた「そうすれば“牛”が現れる。智恵文市の草原に」と、笑顔で言った。
「君を止める」と、相手は落ち着いた様子で言った「もっとも君を止めるのは私じゃない。後ろを」
独りは振り返る――下り坂の途中〈独りから少し離れた所〉に四人の若者がいた。こちらを見ている。
「ユウクロか。復讐者を相手していればいいのに」と、独りは呆れて言い、振り返り「なして止める? クロセ夫人も私の――」
「君は不完全だ、君すら」と、相手は答える「もちろんユウクロ達も。けれど彼らは君とは違う。彼らは君を止める!!」
〈了〉




