硝子の学舎、灰色の残火(後編)
炎の中から現れたのは、燻し銀の重装甲を纏った騎士――ゴエティア。
その右腕が、魔獣の放った魔力線を正面から受け止め、握り潰す。
「ハルト……あんた、バカね……本当に……」
倒れ込んだ響花が、呆れたように、けれどどこか安堵を滲ませて呟いた。
「待たせてごめん、響花。……あとは、俺に任せろ」
兜の奥で、紅い瞳が冷徹に燃え上がる。
ハルトは足元のタイルを砕きながら踏み込み、大剣レメゲトンを振るった。
空気を裂く重低音が、キャンパスに轟く。
――ズドォォォォンッ!!
魔獣の首が、一つ、地面に叩き伏せられた。
だが、残る二つの首が、死角から関節部を狙い、牙を剥く。
「っ、重い……!?」
一撃の威力と引き換えに、鎧はあまりにも鈍重だった。
その刹那。
――パァン! パァン!
閃光のような銃声が割り込む。
魔獣の眼球が、正確に撃ち抜かれた。
「何ぼーっとしてんのよ、ハルト!
あんたは敵だけ見ときなさい! サポートは、私の仕事でしょ!」
負傷を感じさせない動きで、響花が舞う。
ハルトが剣を振るう瞬間に生じる、ほんの僅かな隙。
そこを、彼女の銃弾が完璧に塞いでいく。
阿吽の呼吸。
特訓など一度もない。
それでも――幼い頃から同じ景色を見てきた二人には、言葉は必要なかった。
「響花! 左だ!」
「分かってるわよ、この鈍感!」
連携は迷いなく、淀みなく。
追い詰められた魔獣が、最後の一撃を放とうと身を捩った、その瞬間。
「これで……決める!!」
大剣の鍵穴に、魔力が集束する。
「灰に還れ……アッシュ・トゥ・アッシュ!!」
灰色の斬撃が、魔獣の存在そのものを削ぎ落とし、世界から消し去った。
爆風が収まり、キャンパスに静寂が戻る。
⸻
変身を解除したハルトは、その場に膝をついた。
「はぁ……はぁ……っ……」
指先に広がる、灰色。
昨日より、確実に濃く、深く。
「ハルト!!」
響花が駆け寄り、彼を抱き支える。
「……無茶しすぎなのよ。
これじゃ、大学に来るのも一苦労でしょ」
叱る声とは裏腹に、瞳は潤んでいた。
「……バカ。……ありがとう。助かったわ」
彼女が胸に顔を埋める、その光景を――
少し離れた場所から、輪廻は見つめていた。
戦いの中で見せた、完璧な連携。
命を預け合い、背中を疑わない、揺るぎない信頼。
(……私は)
胸の奥が、きしりと音を立てる。
(私は……ハルト様を、あんな風に助けることは、できない)
輪廻は、そっと自分の手のひらを見る。
この手が与えるのは、守る力ではない。
寿命を削り、彼を戦場へと縛りつける――呪い。
(そばにいたい、守りたい……
でも、私がいる限り……)
「……私は、やっぱり……」
言葉は喉で砕け、音にならなかった。
劣等感。
羨望。
そして――それでも消えない、想い。
(それでも……ハルト様の隣に、立ちたい……)
その願いだけが、胸の奥で、痛いほど熱を持っていた。
⸻
その日の夕方。
後始末が続く中、三人はアパートへ戻っていた。
ハルトは机に向かったまま眠っている。
教科書には、途中で止まった数式。
部屋の隅で、響花と輪廻が向かい合う。
「……反省しなさい。
ハルトを、あんな危険な目に遭わせたこと」
響花の声は、冷たかった。
「分かっています。
……それでも、私は……側にいたいだけです」
「想いだけじゃ守れないわ」
ぴしり、と空気が張り詰める。
「あなたがいるだけで、ハルトは死に近づく。
日常に繋ぎ止められるのは……私よ」
その言葉は、正しかった。
だからこそ。
輪廻の胸に、深く、深く突き刺さった。
「……それでも、私は……」
引くことは、できなかった。
眠るハルトは知らない。
二人の間で交わされる、覚悟と恋の衝突を。
その左手で。
ブレスレットの鎖が、夕闇の中、微かに――
不気味なほど静かに、灰色の光を放っていた。




