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聖戦は、ベッドサイドで(前編①)

激闘の果て、力尽きたハルトを抱え、レイジと輪廻、そして急行した響花とカレンは、対魔特務機関**《S.A.I.D.》**の最深部へと滑り込んだ。


搬送先は、重傷者のみが運ばれる**『特別病棟』**。重厚な鉛の防壁と、高密度の対魔結界に守られたそのICU(集中治療室)で一行を待っていたのは、この施設の主にして《S.A.I.D.》随一の凄腕医師、神宮寺ミラであった。


「――どいて! この子の命は、アタシが繋ぎ止めるわ!!」


白衣の袖を、丸太のような上腕二頭筋で今にも弾け飛ばさんばかりにパンパンに張らせたミラは、オネエ言葉とは裏腹の神速の手つきで処置を開始した。


「……ハルト、死ぬんじゃないわよ」


「ハルトくん……信じてるわ……」


血に染まったハルトが幾本ものチューブに繋がれていく様を、響花とカレン、そして輪廻は祈るように見守ることしかできなかった。数時間に及ぶ緊急オペ。扉が開き、出てきたミラは額の汗を極太の腕で拭い、一同を鋭く見渡した。


「一命は取り留めたわ。でも、いい? 全身ボロボロのオーバーヒート状態。しばらくは絶対安静。ちょっとの刺激が命取りになるわ。わかったわね、アンタたち!」


ミラ先生の圧倒的な威圧感(と筋肉量)に、レイジを含む全員が「イエス、マム……」と頷くしかなかった。


その夜、レイジも戦いの傷を癒すために施設内の別室での宿泊を余儀なくされた。


深い闇に包まれた特別病棟。心電図の規則正しい電子音だけが響く静寂の個室で、ハルトは深い眠りの中にいた。


(……全然、寝付けないじゃない)


《S.A.I.D.》の宿舎の一室。響花は何度も寝返りを打った末に、バサリとシーツを跳ね除けて起き上がった。


空調の効いた部屋のはずなのに、全身が妙に熱い。水を飲んでも、胸の奥で燻る火照りは消えてくれなかった。


目を閉じれば、浮かんでくるのは昼間の光景。


ボロボロになりながら、それでも輪廻を、そして自分たちを守るために戦っていたハルトの姿だ。


(なによ、あんなに格好つけて……)


かつてのハルトは、自分よりも背が低くて、いつも後ろをついてくるような「守ってあげなきゃいけない」存在だったはずだ。それなのに、今の彼はどうだ。


銀灰の魔導騎士として、圧倒的な光を放ちながら敵を討つその背中は、いつの間にか自分を遥かに追い越していた。


普段は「年上の幼馴染」として接している。


ハルトをからかい、憎まれ口を叩くことで、自分の心にある「特別な感情」に蓋をしてきた。だが、あんな死闘を見せつけられ、そして今、死にかけた彼を目の当たりにして――その蓋は、もう限界だった。


「……文句の一つでも、言ってやらなきゃ気が済まないわ」


それは自分への言い訳だった。


響花は薄手のパジャマの上に軽く上着を羽織ると、足音を忍ばせて深夜の特別病棟へと向かった。


「ちょっと様子を見るだけ。……本当に、一瞬だけよ」


誰に聞かせるわけでもない独り言を漏らし、響花はハルトの病室のドアを静かに開けた。


深夜の病室内。月光が窓から差し込み、ベッドに横たわるハルトを青白く照らし出している。


機械の規則的な音が、彼の生存を唯一証明していた。


響花は吸い寄せられるように、彼の枕元へ歩み寄った。


「……馬鹿ハルト。いつもいつも、勝手に一人で背負って……」


小さな声で毒づく。だが、その声は震えていた。


ベッドの傍らに腰を下ろすと、ハルトの寝顔がすぐそこにあった。


昼間の「魔導騎士」としての凛々しくも鋭いオーラは消え、そこにあるのは、ただの傷ついた十九歳の青年の顔だ。


響花の指先が、磁石に引き寄せられるようにハルトの頬に触れた。


伝わってくる、確かな熱。生きているという実感。


その瞬間、彼女の中で何かが決壊した。


(私……ずっと、怖かったんだ)


彼が遠くへ行ってしまうのが。輪廻を守る使命に飲み込まれ、自分の手の届かない場所で消えてしまうのが。


指先から伝わる彼の体温が、響花の理性をじわじわと溶かしていく。


「ねえ、ハルト……。あんたがいなくなったら、私……」


その呟きは、もはやライバルに向けられたものではなかった。


響花の視線は、ハルトの少し荒れた唇に吸い寄せられる。


心臓の鼓動が早まり、耳の奥でドクドクと音が鳴り響く。自分の吐息が熱くなり、病室の消毒液の匂いさえも、彼の残り香のように感じられて脳が痺れていく。


「……幼馴染、なんて……もう嫌なの」


自分の中に眠っていた「女」の欲望が、鎌首をもたげる。


これまで「友達」という安全な場所に逃げていた自分を、響花は激しく呪った。


今、この無防備な彼を独占したい。彼の中に、自分という存在を刻み込みたい。


響花はゆっくりと、顔を近づけていった。


彼女の濡れた瞳には、慈しみを超えた、濃厚な「欲情」の色が混じっていた。


ハルトの規則正しい吐息が、彼女の唇をくすぐる。


あと数センチ。その距離が、これまでの十数年の関係を終わらせる境界線だった。


「……今日だけは、許してよね」


響花は震える手でハルトの胸板に触れ、その逞しい鼓動を直に感じながら、覚悟を決めたように目を閉じた。


彼女の長い銀髪がハルトの頬にこぼれ落ち、熱い吐息が重なり合う。


だが――その時だった。


病室の入り口で、かすかに床が軋む音がした。


「……響花さん。そんなところで、何をしているんですか?」


背後から掛けられたのは、氷のように冷たく、けれど確かな敵意を孕んだ声。


響花は心臓が止まるかと思うほどの衝撃とともに、弾かれたように顔を上げた。


そこには、ハルトへの深い情念を瞳に宿した輪廻が、影のように立っていた。

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