終焉圏、鍵は嗤う(中編①)
絶望がハルトを飲み込もうとしたその刹那、氷壁を切り裂いて、血のように鮮烈で禍々しい三日月状の紅の斬撃が戦場へと乱入した。
「――往ね。ブラッド・レクイエム(血の鎮魂歌)!!」
凄まじい魔力を帯びたその一撃は、ハルトの背後に迫っていたアイラの数千の氷槍を跡形もなく粉砕し、熱波で蒸発させた。さらに斬撃は勢いを殺さず、正面からハルトを押し潰そうとしていたアガレスの特大剣『ウァッサゴ』をも強引に跳ね除け、火花を散らす。
爆風が舞う中、ハルトの前に降り立ったのは、赤黒い装甲に身を包み、黒銀の魔導剣『ラプラス』を構えた魔導騎士アスタロト――レイジであった。
「……アスタロト……また邪魔をしますか」
アガレスが不快げに地を這うような声を出す。輪廻が震える手で最初に繋げた相手が、偶然にも近くにいた彼だったのだ。
「西園寺……助かった」
膝をついたハルトが掠れた声で呟くと、アスタロトはバイザーの奥の瞳を敵へと固定したまま、不敵に鼻で笑った。
「ふん……これで貸し借りなしだ。草薙、あの氷女は僕が引き受ける。君は、その不潔な執事を斬れ」
「ああ……分かった。行くぞ!」
アスタロトは紅蓮のオーラを噴き上げ跳躍し、アイラの待つ上空へと肉薄。地上に残されたのは、燻し銀の騎士と、黒金の重騎士であった。
「さて、再開しましょうか。ですが、以前と同じ結果になるだけですよ?」
「それはどうかな?」
アガレスが特大剣を構え、地響きを立てて突進する。対するハルトは、紅蓮に輝く鍵をレメゲトンの柄に叩き込んだ。
ガギィィィンッ!!
金属同士が噛み合う衝撃音と共に、赤い亀裂がゴエティアの胸から肩へと走り、まるで血管のように全身へ広がっていく。灰銀の外殻が内側から押し上げられ、バキバキと剥離した。内部から現れたのは、灼熱の深紅。脈動する紅の装甲が、ハルトの闘志を具現化する。
高速機動の魔導騎士ゴエティア・ブーストが顕現した。
「十秒間でお前を倒す!」
ハルトは胸の紋章に触れる。
《Boost Up》
空間が歪み、キィィィィィィィィィィィン――!!という高周波が戦場を貫いた。
【10.00 sec】
ハルトの視界が変色し、世界が静止した。アガレスの突進も、アイラの冷気も、琥珀に閉じ込められたように固定される。
【09.00 sec - 07.00 sec】
加速の衝撃で足元のアスファルトが爆砕。ゴエティアは一瞬でアガレスの懐へと潜り込んだ。レメゲトンが真っ赤な軌跡を描き、黒金の装甲に猛烈な連撃を叩き込む。アガレスはまだ、自分が攻撃されていることすら認識できていない。
【06.00 sec - 04.00 sec】
ゴエティアはアガレスの巨体を蹴り上げ、空中を足場にするかのように三次元機動を展開。右肩、左脇、首筋――。弱点のみを狙った数百の斬撃が、静止した空間の中でアガレスの身体に「刻まれて」いく。
【03.00 sec - 01.50 sec】
「ハァァァァッ!!」
限界を超えた加速により、ハルトの脳髄は焼けるような熱に包まれる。だが、ゴエティアの動きはさらに加速し、もはや黒と紅の光の線となってアガレスを全方位から包囲した。
【01.00 sec】
十秒の終わり。ハルトはレメゲトンの刀身に、残る全エネルギーを収束させた。銀灰と紅蓮のプラズマが混ざり合い、それは万物を塵に還す「灰の光」へと昇華される。
「――アッシュ・トウ・アッシュ(灰より灰へ)!!」
ハルトがアガレスとすれ違いざまに放った最後の一閃。それは剣筋の通りに空間を引き裂き、アガレスの全身を白熱する「灰」の魔力で塗り潰した。
【00.00 sec】
高周波が止み、世界に音が戻った。
アガレスの巨躯は、十秒間の斬撃の衝撃を一気に受け、背後へ大きく弾け飛んだ。全身の装甲が砕け散り、ハルトが最後に放った「灰の炎」がその身体を内側から焼き焦がす。
「な……が、は……ッ!?」
凄まじい爆発と共に、アガレスは駐車場の壁を突き破り、炎の渦に飲み込まれた。
ハルトは肩で息をしながら、オーバーヒートを起こして煙を上げるゴエティアの装甲を支えるように、レメゲトンを杖にして立ち尽くす。
「……やった、か……?」
炎が渦巻く瓦礫の山を見つめるハルト。しかし、ブーストによる極限状態の負荷で、彼の視界は急速に暗転し始めていた。




