表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/118

貪欲なる盾、揺れる三心(中編②)

「……喰ワセロ。

 魔ノ息吹ヲ、全テ俺ノ中デ――咀嚼シテヤル」


声は、もはや人の喉を通っていなかった。


漆黒の重装甲に身を包んだハルト――

否、『ゴエティア・グリード』と呼ぶべき存在から発せられた音は、

奈落の底で幾重にも反響した怨嗟を、そのまま地上へ引き摺り出したかのような重低音だった。


空気が震え、

展望台の床に走る霜が、悲鳴を上げるように砕け散る。


アイラは一歩、無意識に後退していた。


(……何だ、これは)


魔導騎士。

確かに暴走している。

だが――これは、彼女が知る「制御を失った強者」ではない。


目の前に立つそれは、

剣を使う存在ですらなかった。


ゴエティア・グリードの左手には、

かつて“魔導剣”と呼ばれた武器の面影を一切残さない異形が握られている。


大盾――

いや、捕食器官。


異形の大盾『グラトニー』。


盾の中央には、

グリードキーと同一の悍ましい「口」が縦に裂け、

無数の牙を剥き出しにして、飢餓の音を鳴らしていた。


ガチ、ガチ、ガチ……。


金属でも、生物でもない。

だが確かに、“噛む”という行為だけは完璧に理解している音。


その奥から垂れ下がる舌が、

粘液を滴らせながら蠢くたび、

床に落ちた雫が白い蒸気を上げて消滅した。


触れただけで、魔力が溶かされている。


「……魔導騎士が暴走したか」


アイラは唾を飲み込み、

それでも氷将としての矜持を失わぬよう、声を張った。


「所詮は力を持て余した獣。

 私の敵ではないわ」


――自分に言い聞かせるための言葉だった。


銀髪が逆立ち、

彼女の周囲に浮かぶ魔法陣が、かつてない密度で展開される。


極低温。

一点集中。

全霊を注いだ必殺。


「砕け散りなさい!」


次の瞬間。


空中の水分子が悲鳴を上げ、

超巨大な氷の槍が生成される。


それはもはや“魔法”ではない。

自然災害に等しい、圧倒的質量と冷気。


小規模なビル程度なら、

直撃一発で粉砕できる威力。


氷将としての、

誇りと自信の結晶だった。


だが。


ゴエティア・グリードは、

避けなかった。


恐怖も、警戒も、

回避という概念すら持たぬかのように。


ただ静かに、

左手の『グラトニー』を前に突き出す。


「――咀嚼そしゃくセヨ」


その一言で、

世界が歪んだ。


バキィィィィン!!


衝突音が、

雷鳴のように展望台を揺らす。


だが砕け散ったのは――

氷の槍の方だった。


グラトニーの口が大きく開き、

迫り来る氷塊と魔力を、

まるで柔らかな肉塊でも味わうかのように吸い込む。


牙が噛み合い、

舌が絡み、

咀嚼音が響く。


ギチ、ギチ、ギチ……。


氷は悲鳴を上げる暇もなく、

魔力ごと粉砕され、

盾の奥へと消滅した。


「な……っ!?」


アイラの喉から、

理解不能を示す音が漏れる。


「私の……魔法が……

 喰われた……?」


あり得ない。


無効化ではない。

相殺でもない。


摂取。

消化。


魔力そのものが、

彼の“栄養”に変えられている。


その理解に至った瞬間――

彼女は、ようやく悟った。


(……私は、敵ですらない)


「次は――俺の番だ」


ゴエティア・グリードが、

そう“言った”。


言葉の形をしてはいたが、

そこに意思疎通を求める響きはない。


宣告。

あるいは、捕食前の確認。


次の瞬間、

黒い残像が展望台を裂いた。


重装甲とは思えない速度。

いや、重量を無視した動き。


空間そのものを踏み潰すような踏み込み。


アイラが防壁を張るよりも早く、

『グラトニー』による盾打撃が、腹部を直撃する。


「ガハッ……!!」


内臓が、上下逆に叩き潰される感覚。


魔人として鍛え上げられた肉体でなければ、

即死していた。


吹き飛ぶアイラ。


だが――

それで終わりではない。


盾の中央から、

ぬらり、と。


巨大な舌が伸びた。


鞭のようにしなり、

空間を叩き、

逃げ場という逃げ場を封殺する。


ビシィィッ――!

ビシィィッ――!


肉が弾ける音。


打たれるたびに、

魔力が引き剥がされ、

盾へと吸い込まれていく。


「ぐっ……! がっ……!

 や、やめなさい……!

 離せ……この……っ!」


必死に凍結魔法を放とうとするアイラ。


だが指先から溢れた魔力は、

至近距離に迫ったグラトニーの牙によって、

一瞬で――食い千切られた。


噛み砕かれ、

嚥下され、

存在しなかったことにされる。


魔力。

魔導。

超常の力。


それらすべてを、

『グラトニー』は拒まない。


拒まないからこそ、

すべてを糧に変える。


ゴエティア・グリードは、

アイラの首を片手で掴み上げた。


抵抗は、

意味をなさない。


至近距離で晒される、

盾の「口」。


牙と牙がガチガチと鳴り、

暗黒の喉奥から、

存在を否定する咆哮が溢れ出す。


「……マダ、タリナイ」


低く、

深く。


「貴様ノ魔。

 貴様ノ魂。

 全テ――寄越セ」


それは戦闘ではなかった。


蹂躙。

捕食。

選別。


氷将と呼ばれた誇り高き女魔人は、

もはや戦士ですらない。


ただの――

**「食料」**として。


暴食の騎士の前で、

震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ