不屈の共闘、あるいは白亜の檻の共鳴(後編②)
夜の帳が降りた病院の中庭は、もはや静養の場ではなかった。爆砕されたコンクリートの破片が降り注ぎ、立ち込める土煙を二色の斬撃が走る。
「……草薙! 邪魔だ、どけと言っている!」
「お前こそ、俺の踏み込みの邪魔をするな、西園寺!」
灰銀の鎧を纏うゴエティアと、黒銀の装甲が冷たく光るアスタロト。
かつて死闘を繰り広げた二人の騎士が、今は同じ敵を前に並び立っている。しかし、その光景は「共闘」と呼ぶにはあまりに無様で、あまりに危ういものだった。
ハルトがアガレスの懐へ滑り込もうとすれば、レイジが放つ鋭い刺突がその進路を塞ぎ、ハルトに反射的な回避を強いる。逆にレイジが精密な刺突で急所を狙えば、ハルトの強引な大剣の振り抜きが視界を遮り、レイジの計算を台無しにする。
「……愚かですね。連携すら取れぬ者たちが、私に届くはずもない」
魔導騎士アガレスは、重厚な兜の奥で冷笑を漏らした。
彼が振るう特大剣『ウァッサゴ』は、ただの武器ではない。一振りが地殻を揺らし、大気を物理的に押し潰す「質量」の暴力だ。アガレスはその巨体を揺らし、二人をまとめて叩き潰さんと、山を削り出すような横薙ぎの一閃を放つ。
「計算通りだ。……ラプラス、最適解を提示しろ」
レイジの瞳が、不気味なほどに冷徹な青白色へと染まった。
《Future Sight: GREMORY(未来視:グレモリー)》
レイジが構える魔導剣ラプラス。その柄に組み込まれた幾重もの歯車が、異音を立てて高速回転を始める。
レイジの視界は一変した。数秒後にアガレスが踏み込む位置、ウァッサゴの切っ先が描く死の軌道、そしてハルトが邪魔に入る姿までもが、青い光の残像となって網膜に焼き付けられる。
「そこだッ!」
レイジは、アガレスがウァッサゴを振り下ろす「前」の空間へ、予知された斬撃を置くように叩き込んだ。
「ぐっ! 小賢しい真似を!」
本来なら掠りもしないはずの一撃が、アガレスの装甲の継ぎ目を的確に捉える。アガレスの絶対的なリズムが、一瞬だけ狂った。
「やるなーーこっちも行くぜ、換装!」
その隙を、ハルトが逃すはずがない。
ゴエティアの装甲が激しく脈打つ。
燻し銀だった装甲がパージされ、血のように鮮烈な、そして禍々しいまでに研ぎ澄まされた深紅の鎧がーーゴエティア・ブーストが顕現した。
《Boost Up》
次の瞬間、ハルトの姿が消失した。
音速の壁を突破した衝撃波が遅れて響く。
「速いッ!?」
アガレスの驚愕。それを置き去りにし、真紅の閃光となったゴエティアが四方八方から肉薄する。一撃一撃が超高速の質量弾と化した大剣が、アガレスの重装甲を叩き、軋ませる。
レイジの先読みによる針の穴を通すような精密攻撃。
ハルトの視認不可能な速度から放たれる圧倒的な連撃。
互いを無視し、自分の勝利だけを信じて放たれる「不協和音」の猛攻。それは、どれほど高度なアガレスの防衛アルゴリズムであっても、予測不能な「カオス」として処理を上書きし、限界突破を引き起こさせた。
「ぐ、おっ……!? 虫ケラ共が……!」
ドォォォォン!!
金属が悲鳴を上げる音と共に、アガレスの胸部装甲に決定的な「亀裂」が走った。
「終わらせるぞ、西園寺! 全力だ!!」
「いいだろうーー合わせてやる!」
二人の騎士が、同時に地を蹴った。
もはや言葉はいらない。互いの肉体が、闘志が、最高潮に達していることを魂が理解していた。
レメゲトンの表面に、全てを無に帰す「灰色の炎」が灯る。
それは形を持たない終焉の象徴。
一方、ラプラスの刀身には、凍てつくような殺意が混ざり合った「鮮血」の呪いが溢れ出す。
「灰に還れ。……アッシュ・トウ・アッシュ(灰は灰に)!!」
ハルトが大剣を振り下ろす。触れるものすべての存在確率を風化させ、塵へと変える「無」の必殺剣。
「終焉だ。……ブラッド・レクイエム(血の鎮魂歌)!!」
同時にレイジが剣を薙いだ。
空間そのものを切り裂き、血のように鮮烈な、そして禍々しい紅の斬撃が三日月状に飛び出し、アガレスの命を断たんと迫る。
灰銀の奔流と、鮮血の斬撃。
相反する二つの絶技が、アガレスの胸の亀裂で完全に重なり――激突した。
――カァァァァァッ!!!
視界から全ての色が消え、純白の閃光が世界を塗りつぶした。
中心にいたアガレスが何を叫んだのか、その断末魔さえも凄まじい爆音に飲み込まれて消えた。
衝撃波が中庭をさらなる更地へと変え、半壊していた病院の壁が耐えきれずに崩れ落ちる。
土煙が夜風に流され、ゆっくりと視界が晴れていく。
そこには、誇り高き鎧を粉々に砕かれ、力なく崩れ落ちる巨影があった。アガレスの特大剣『ウァッサゴ』は地面に突き刺さり、主を失ったかのように光を失っている。
その前方。
変身が解け、ボロボロになった服のまま膝をつく二人の青年。
ハルトとレイジ。
彼らは互いに背中を預けることすら拒むように、数メートル離れた場所で、肩を上下させて息を切らしていた。
「……ふん。今の僕の技に、君の汚らわしい灰が混じったよ。最高に気分が悪いな」
レイジが顔を拭い、嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。しかし、その声に力はない。
「それはこっちのセリフだ。……だが、勝ったな」
ハルトは力なく笑い、震える右手を掲げた。
泥にまみれ、傷だらけになり、全身の筋肉が悲鳴を上げている。それでも、彼らの瞳には、絶望の騎士を打ち破ったという確かな勝利の確信が宿っていた。
崩壊した白亜の檻に、硝煙を伴った静寂がゆっくりと降り立つ。
決して溶け合うことのない二つの歪な旋律――。
その「不協和音」が奏でた刹那の奇跡こそが、絶望の騎士を穿ち、夜の深淵に勝利の凱歌を鮮烈に刻みつけたのだ。




