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鏡像の劣等感、銀色の果実は眩しすぎて(後編)

六振りの魔剣が、指揮者のタクトのように一斉に動いた。


「さらばだ、哀れな鍵よ」


ジークの嘲笑とともに、刃が鉄骨の根元へと殺到する。


――ガギンッ!!


耳障りな金属音が響き、輪廻の身体を支えていた唯一の鉄骨が、あまりにも呆気なく切断された。


「あ……」


重力が消失する。


内臓が浮き上がるような浮遊感は一瞬。直後、暴力的な加速が全身を襲った。


(落ちる……!)


視界が回転する。


夕焼けのオレンジと、アスファルトの灰色が高速で混ざり合う。


肩と背中と腰の傷が風圧で裂け、激痛が涙を誘う。


怖い。


死ぬのが怖いんじゃない。


こんな風に、誰にも気持ちを伝えられないまま、ただの「お荷物」として終わるのが、何よりも怖い。


走馬灯のように、ハルトの笑顔が浮かぶ。


不器用な優しさ。大きな背中。


あのアパートで過ごした、あたたかな日々。


(嫌だ……離れたくない……!)


輪廻はせめてもの抵抗として、腕の中の少女を庇うように抱きしめ、ギュッと目を閉じた。


私は何をしてたんだろう。


勝手に嫉妬して、勝手に卑屈になって、ハルトを困らせて。


ただ「好き」だと伝えたかっただけなのに。


ただ「ありがとう」と言いたかっただけなのに。


理屈も、遠慮も、すべてが吹き飛んだ。


輪廻は傷の痛みも忘れ、喉が裂けんばかりに、魂からのSOSを叫んでいた。


「――ハルトぉぉぉぉぉッ!!!!」


その声は、夕暮れの空に悲痛に響き渡った。


直後。


空の彼方から、すべてをねじ伏せるような駆動音が轟いた。


『小僧!ブーストじゃ!』


「わかってる!」


《Boost Up》


夕陽よりも赤く、血よりも鮮烈な閃光が、落下の軌道上に割り込む。


地面が、目前に迫る。


――ヴゥゥン……ギィィンッ!!


腹の底を震わせる低い駆動音が鳴った直後、


甲高い音が一気に跳ね上がり、空間が裂けるように歪んだ。


それは噴射音ではない。


高速化魔導が臨界に達した瞬間の、世界そのものが引き延ばされる音だ。


視界が一瞬、白く弾ける。


次の瞬間、落下の衝撃は無数に分解され、


時間の隙間へと吸い込まれるように消失した。


輪廻は、恐る恐る目を開ける。


そこには、紅蓮の鎧を纏った騎士――草薙ハルトが膝をついていた。


「ハ、ルト……様……?」


信じられないものを見る目で、輪廻が呟く。


「怪我をしてるのか……ッ! くそっ、すまない輪廻! 俺が遅かったせいで……!」


「……ううん、違います……ハルト様こそ、無茶して……」


輪廻は首を横に振った。


傷は痛む。けれど、それ以上に胸がいっぱいだった。


呼んだら、来てくれた。私のヒーローは、本当に来てくれたのだ。


「茶番は終わったか?」


空から、冷ややかな声が降ってくる。


ジークが六振りの魔剣を従え、地上数メートルに浮遊していた。


「感動の再会だな。だが、手負いの鍵ごと串刺しにして……」


「輪廻。下がってろ」


ハルトは輪廻と、腰を抜かしている少女を背後に庇い、立ち上がった。


その背中からは、冷たく静かな殺気が立ち上っている。


『時間切れじゃ』


ブーストの稼働時間が終わり、紅蓮の鎧が燻し銀の甲冑に変わった。


「く、くく……はははは……頼みのブーストは時間切れか」


骸将ジークは喉を鳴らし、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。


六振りの魔剣が、輪を描くように低く唸る。


「結局は足手まといだ。――なあ、ゴエティア。その娘がいる限り、お前は“勝てん”」


その言葉が、輪廻の胸に深く突き刺さった。


(……足手まとい)


理解していたはずの現実を、


他人の口から、刃物のように突きつけられる。


「ブーストなんて必要ない」


ハルトは断言し、静かに『魔導剣レメゲトン』を構えた。


その瞳には、揺るぎない確信の炎が宿っている。


「こい、ジーク。お前との因縁、ここで断ち切る」


「舐めるなぁぁぁッ!!」


ジークの号令と共に、六振りの魔剣が音速で射出された。


あらゆる角度からの同時攻撃。回避不能の死の牢獄。


だが。


キンッ、カカカカカァンッ!!


一瞬。文字通りの一瞬だった。


ハルトの手首がブレたかと思った次の瞬間、迫りくる六本の刃はすべて弾き飛ばされ、地面に突き刺さっていた。


「な……!?」


ジークが目を見開く。


ゴエティアの剣は以前と違い鋭く、無駄がない。


ハルトが一歩踏み込む。


その一歩で、ジークとの間合いがゼロになる。


「ひっ……!?」


終焉をなぞる刃のようなレメゲトンが、眼前に迫る。


ジークは慌てて魔剣で防御しようとしたが、遅い。あまりにも遅すぎる。


「これで終わりだ。二度と、輪廻にーー俺の仲間に手を出すな!」


ハルトは叫び、渾身の力を込めて剣を振り抜いた。


「アッシュ・トウ・アッシュ!」


灰色の軌跡が、夕闇を切り裂く。


それは斬るという行為ですらなかった。


触れた存在が、意味を失い、塵へと還る現象だった。


刃がジークの鎧に触れた瞬間、魔剣による防御も、鎧の強度も、すべてが無意味化する。


「灰」の概念が強制的に上書きされ、存在そのものが塵へと還元されていく。


「ば、馬鹿な……魔導騎士ごときが、この私が……ギャアアアアアッ!!」


断末魔は一瞬で途絶えた。


ジークの身体が中心から崩れる。


汚らわしい肉片を残すことすら許されず、サラサラとした灰となって風に溶けた。


静寂が戻る。


ハルトは残心ざんしんを解き、大きく息を吐いて剣を納めた。


「っ……つぅ……」


緊張が解けたせいか、輪廻はその場にへたり込んだ。


アドレナリンが切れ、落下前に受けた左肩と背中と腰の切り傷が、脈打つように痛み出す。


「輪廻!」


ハルトが駆け寄ろうとしたその時、


「――はいはい、どいたどいた! 朴念仁ぼくねんじんに治療は無理でしょ」


呆れたような、それでいて頼もしい声と共に、銀色の髪がなびいた。


いつの間にか追いついてきていた響花だ。


彼女はハルトを押しのけ、輪廻の横に膝をついた。


「響花さん……」


「まったく、無茶するわね。……じっとしてて。跡が残ったら、お嫁に行けなくなっちゃうでしょ」


響花は手際よく応急処置キットを取り出すと、輪廻の破れた服の隙間から、特殊な止血スプレーと医療用テープを貼っていく。


左肩の傷に触れられた時、輪廻はわずかに身を震わせたが、響花の手つきは驚くほど優しく、先ほどまでハルトに見せていた挑発的な態度とは別人のようだった。


「……痛い?」


「あ、いえ……平気、です」


「強がらないの。女の子がこんな傷作って、平気なわけないでしょ」


響花はふっと小さく笑い、輪廻の顔を覗き込んだ。


その瞳は、いつもの捕食者の目ではなく、同じ戦場に立つ先輩としての慈愛に満ちていた。


「でも……あの女の子を守ったんでしょ? 偉かったじゃない」


「え……」


「あんたは守られるだけのお荷物じゃないわ。……ちょっとだけ、見直してあげてもいいかな」


響花の言葉に、輪廻の目から再び涙が溢れた。


この人は、やっぱり敵わない。


スタイルだけじゃない。この強さと優しさがあるから、ハルトも信頼しているのだ。


「……ありがとうございます、響花さん」


「お礼なんていいわよ。……その代わり、ハルトのことは譲らないからね」


響花は最後に、輪廻の耳元で小さく囁いた。


「……え?」


「あんたも、ハルトのこと好きなんでしょ? ライバル認定、してあげるって言ってるの」


響花が悪戯っぽくウインクをする。


その瞬間、輪廻の中で何かが吹っ切れた。


コンプレックスの塊だった銀色の壁は、今、乗り越えるべき目標へと変わった。


「……はい! 負けませんから!」


涙を拭い、輪廻は力強く答えた。


そんな二人を、ハルトだけが「? 何の話をしてるんだ?」という顔で交互に見ている。


「本当、鈍感なんだから……」


「ほんとうですね……」


顔を見合わせた二人のヒロインは、同時にため息をつき、そして小さく笑い合った。


遠くから、少女の両親が駆け寄ってくる。

輪廻は、傷の痛みさえも、今は誇らしく感じていた。

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