名前のない夢、魔法が解けるその前に(中編)
鋼が咆哮を上げ、光の奔流が夜の遊園地を白銀に染め上げた。
極彩色のイルミネーションが、一瞬にして暴力的な魔力の輝きにかき消される。
静止した世界の中で、ただ二人、騎士だけが残酷なまでの速度で激突した。
ハルトが纏うのは、魂の深淵から呼び出されたゴエティアの姿――それは、幾多の死線を越えた老兵を彷彿とさせる、燻し銀の重装甲騎士だった。
派手な虚飾を捨て去り、生き残るためだけに研ぎ澄まされたその重厚な佇まいは、戦場という名の地獄を具現化したような凄みを放っていた。
「――っ!!」
声にならない気合と共に、ハルトが大地を蹴る。
かつての荒削りな力任せの振りではない。レメゲトンとの訓練が、その一撃を最短の軌道へと乗せる。
対するレイジ――魔導騎士アスタロトは、夜の深淵を切り取ったかのような黒銀の鎧を纏っていた。
鋭角的な三角帽子のような兜が冷徹な横顔を隠し、背中のマントが死神の翼のように翻る。彼は、身の丈ほどもある巨大な直剣「ラプラス」を、羽ペンのように軽々と、片手で操っていた。
重金属が衝突し、火花が夜空に散る。
レメゲトンとラプラス。二つの魔導剣が、互いの存在を否定するように噛み合った。
「ほう……」
アスタロトの兜の奥から、冷ややかな感嘆が漏れる。
初撃。レイジはハルトの剣を正面から叩き折り、そのまま首を刎ねるつもりだった。
だが、ハルトは衝突の刹那、わずかに刃を寝かせた。燻し銀の籠手が繊細に動き、ラプラスの威力を斜め後ろへと逃がす。
「ただの猪だと思っていたが……少しは『学習』したようだね」
「お前に褒められても、嬉しくねぇよ!」
ハルトは間髪入れずに追撃に移る。
袈裟斬り、横薙ぎ、突き。
レメゲトンを巧みに操り、斬撃を繰り出す。
「……ふん」
アスタロトはそれを、舞踏のような優雅さで捌いていく。
マントを翻して視界を遮り、わずかな首の動きで切っ先をかわし、時にはラプラスの腹で受け流す。
(速い……! なのに、動きに一切の淀みがない!)
ハルトは歯を食いしばる。
周囲の目には互角と映るだろう。だが、ハルトは脳を焼くような集中力でようやく食らいついているのに対し、レイジは未だ底を見せていない。
一撃を交えるたびに、手首が痺れ、灰化が進む首筋に焼けるような激痛が走る。
「どうした、息が上がっているね。感情エネルギーの燃費の悪さが露呈したかな」
「うる、せぇ……! まだだ、まだ終わらねぇ!」
ゴエティアは渾身の力を込め、上段からの唐竹割りを放つ。
まともに受ければ、装甲ごと両断しかねない一撃。
だが、アスタロトは動じない。
兜の奥の瞳が、冷ややかにハルトを見据えた。
「……悪くない。君の成長率は評価しよう。だが――」
アスタロトが、スッと半歩退く。
たった半歩。しかし、それが決定的な違いを生む。
ハルトの大剣は、アスタロトの鼻先数センチの空を切り裂き、虚しく地面のアスファルトを砕いた。
ズォンッ!!
「――僕には、届かない」
アスタロトがラプラスの柄にあるスロットを起動させる。
歯車の意匠が高速で回転し、青白い魔力の光が兜のバイザー部分に走った。
《Future Sight: GREMORY(未来視:グレモリー)》
ラプラスから音声が響きーー刹那。
アスタロト――西園寺レイジの動きが変貌する。
「……見えるよ。君の『数秒後』が」
レイジの視界の中で、赤い輪郭線で描かれたハルトの幻影が動く。
幻影が剣を振り上げ、右斜め前方へ踏み込む。
それが、3秒後に確定した未来。
「くっ……!」
ハルトが大剣を地面から引き抜き、体勢を立て直そうとした瞬間。
アスタロトの姿が、掻き消えた。
「なっ!?」
違う。消えたのではない。
ハルトが「次に動こうとした場所」に、先回りしていたのだ。
「ガはッ!?」
ハルトの横腹に、強烈な蹴りが突き刺さる。
ゴエティアの装甲が悲鳴を上げ、ハルトの身体がメリーゴーラウンドの柵まで吹き飛ばされた。
「ぐ、うぅ……ッ!」
「ハルト様!!」
後方で見ていた輪廻が悲鳴を上げる。
ハルトはすぐに立ち上がろうとするがーー
「……逃がさないよ」
顔を上げると、すでに至近距離に黒銀の死神が立っていた。
巨大な直剣ラプラスが、冷徹な死の宣告を携えて振り下ろされる。
「くっ――」
ハルトは咄嗟にレメゲトンを盾にする。
だが、アスタロトはそれを「見て」いた。
剣が当たる直前、レイジは手首の捻りだけでラプラスの軌道を90度変えた。
「無駄だ。君の動きは予測済みだよ」
ガッ!!
防御をすり抜けた刃が、ハルトの肩口を深く抉る。
白熱していた輝きが、苦痛に喘ぐように明滅した。
ハルトは必死に距離を取ろうとするが、その一歩一歩が死への階段だった。
右に動けば、右から剣が来る。
左に避けようとすれば、その着地点にすでにアスタロトの刃が突き出されている。
(なんだ……なんなんだよコイツ……! 全然、防げない……!)
「悔しいかい? これがラプラスの力だ。君がどれほど剣を磨こうと、不確定要素のない未来予知を前にーー奇跡は起きない」
アスタロトが、残酷なまでに正確に魔導剣ラプラスを振るう。
一撃、二撃、三撃。
「ぐっ、がっ、あぁっ!!」
肩、脇腹、太腿。
ハルトの身体は、自身の意思とは無関係に刻まれ、崩れ落ちていく。
「ハルト様! お願い、もうやめて!!」
輪廻の絶叫が夜空に虚しく響くが、レイジの刃は止まらない。
「お別れだ、ゴエティア」
アスタロトが、トドメの一撃を放つべく、ラプラスを正眼に構えた。
(くそっ……体が、動かねぇ……。このままじゃーーやられる)
ダメージにより、視界が赤く染まる。
迫りくる冷たい鋼の刃。
絶望的な未来が、ハルトの喉元へと迫っていた。




