虚無は、君を覚えている — 灰になる前に —(後編②)
黄金の光の中で、俺はすべてを見ていた。
戦場の粒子。
魔力の流れ。
敵の呼吸。
そして――
再び立ち上がる、あの男。
「……フハハハッ!!」
嗤い声が響く。
右腕を失ったはずの魔導騎士アガレスーーマルファス。
だが、その断面から赤黒い魔力が噴き上がった。
肉が蠢く。
骨が軋む。
装甲が再構築される。
まるで時間が巻き戻るかのように、腕が“再生”した。
「この程度で終わると思いましたか?」
魔導剣ウァッサゴが脈動する。
生命そのものを喰らうような、異様な気配。
そしてその殺意が――
俺ではなく、別の標的へ向いた。
レイジと、響花。
「……来るぞ」
俺は呟いた。
だが、二人はすでに一歩前に出ていた。
黄金の戦場の中で。
漆黒の騎士が、静かに剣を構える。
「マルファス。君とは、因縁がある」
低く、冷たい声。
レイジ。
アスタロト。
その瞳は、揺れていない。
周囲の空気が張り詰めた。
「そうですね。ですが、貴方は理解していますか?」
アガレスはゆっくりと剣を構える。
「貴方では、私に勝てないと」
「……そうかもしれない」
レイジは否定しなかった。
一歩、踏み出す。
「だが――」
紅のオーラが揺れる。
「それでも斬る」
その瞬間。
「誰が負けるって?」
銃声。
ドンッ!!
響花の弾丸が、アガレスの顔面へ一直線に飛ぶ。
だが――
キィンッ!!
魔導騎士の鎧が、それを弾いた。
「無駄ですよ」
アガレスが嘲笑う。
「対魔機関の“犬”ごときが――」
「犬じゃないッ!!」
怒声と共に、連射。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!!
弾丸が雨のように降り注ぐ。
だが、届かない。
それでも――
撃つ。
止めない。
響花の瞳には、明確な意志があった。
恐怖ではない。
怒りでもない。
――意地だ。
「さっきの借り……!」
さらに踏み込む。
「全部返してやるわよ!!」
その瞬間。
アガレスの背から、銀色の鬣が伸びた。
無数の刃のように分裂し、響花へ襲いかかる。
「また殺して差し上げます」
だが。
「させない」
割り込んだのはレイジだった。
ラプラスが閃く。
ガガガガガッ!!
火花が散る。
鬣を弾き、受け、斬り払う。
だが数が多い。
一瞬でも遅れれば、貫かれる。
「響花!」
「わかってる!!」
二人の視線が交差する。
一瞬。
それだけで十分だった。
言葉はいらない。
戦い続けてきた時間が、すべてを繋ぐ。
響花の銃が、軌道を変える。
連射。
だが狙いは装甲ではない。
「……ッ!?」
アガレスの視界。
顔面周囲。
閃光と衝撃で、強制的に“遮る”。
「目障りだ……!」
思わず、ウァッサゴで顔を庇う。
――その瞬間。
「隙を見せたな」
レイジの魔力が爆発した。
黒い影が膨張する。
分裂。
具現。
もう一体の“騎士”が現れる。
魔導獣グレモリオン。
「なに……!?」
本体と分身。
二つの存在が、同時に剣を掲げる。
空間が歪む。
温度が下がる。
空気が重く沈む。
それは――
処刑の前触れ。
「マルファス」
レイジが告げる。
「これで終わりだ」
二振りの剣が交差する。
「――ブラッド・レクイエム」
振り下ろされる。
同時に。
完全に。
迷いなく。
空間が裂けた。
紅。
血のような斬撃。
十字の軌跡。
それは逃げ場を奪い、すべてを断つ。
「馬鹿な――」
アガレスの声が歪む。
「この私が――」
次の瞬間。
身体が、遅れて理解した。
斬られたと。
鎧ごと。
肉体を。
「ぁああああああああああ!!」
絶叫。
だが。
長くは続かない。
十字の斬撃が、存在そのものを分解する。
肉体。
魔力。
魂。
すべてが霧散していく。
そして――
完全に消えた。
静寂。
風が吹く。
そこに残っていたのは。
ただ一つ。
魔導剣ウァッサゴだけだった。
地に突き刺さり、かすかに震えている。
主を失った剣。
レイジは、それを見下ろした。
何も言わない。
だが。
その背中から、すべてが伝わる。
長い因縁。
積み重なったもの。
そして――終わり。
「……終わったわね」
響花が息を吐く。
少しだけ、力が抜けた声。
だが次の瞬間、いつもの調子に戻る。
「で?」
ちらっとレイジを見る。
「さっきの告白、どういうつもり?」
「……本気だが」
「はぁ!?」
戦場のど真ん中で、そんなやり取り。
思わず、俺は小さく笑った。
だが。
空気が変わる。
視線。
重圧。
魔人王バエル。
奴が、こちらを見ている。
今度は明確な敵意をもって。
俺はレメゲトンを握り直す。
仲間がいる。
因縁は断たれた。
だが。
戦いは終わっていない。
むしろ――
ここからが本番だ。
人間の逆襲は、まだ止まらない。




