虚無は、君を覚えている — 灰になる前に —(後編①)
「よくも……好き勝手やってくれたわね」
戦場に鋭い声が響いた。
「――たっぷりお返ししてあげるわ!!」
真っ先に魔軍へ突っ込んだのは、響花だった。
銀色の髪が風を切り、鋭い瞳が敵を射抜く。
その動きは、対魔特務機関のエリートエージェントとして鍛え上げられた、完成された戦闘技術だった。
巨大な魔獣が吠える。
人間の数倍はある腕が振り下ろされた。
だが――
当たらない。
響花は身体をわずかに傾けるだけで、その致命的な爪を紙一重でかわした。
踏み込み。
回転。
ステップ。
まるで戦場を舞うかのような動き。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
その言葉を体現した戦闘だった。
対魔銃が火を噴く。
ドンッ!!
特殊弾が、魔獣の額を正確に撃ち抜いた。
次の瞬間、巨体が霧のように崩れ落ちる。
「次!」
響花はすでに次の敵へ照準を合わせていた。
魔獣が三体、同時に襲いかかる。
だがその瞬間――
黒と紅の閃光が戦場を横切った。
ズンッ。
三体の魔獣の首が、同時に宙を舞った。
「全く……」
低い声。
「危なくて放っておけないよ」
黒鉄の鎧を纏った騎士が、響花の背後に降り立つ。
魔導騎士アスタロト。
レイジ。
その剣技は、美しいほど洗練されていた。
魔導剣ラプラスが空を描く。
一閃。
二閃。
三閃。
斬撃が軌跡を残し、迫る魔人を次々と両断していく。
その動きは、まるで舞踏のようだった。
「助かったわ、レイジ」
響花が肩越しに言う。
「ふん」
レイジは短く答えた。
「君に触れさせはしないさ」
さらに一体の魔人が突撃してくる。
ラプラスが閃く。
魔人の身体が真っ二つになった。
そして。
レイジは、戦場とは思えないほど静かな声で言った。
「……この際だから言っておこう」
「は?」
「君は僕にとって」
一瞬の間。
「誰よりも特別だ」
響花の思考が停止した。
「……はっ!?」
銃口がぶれる。
「何よ急に!!」
レイジは真顔だった。
「君を必ず振り向かせてみせる」
さらに追撃。
「覚悟しておいてくれ」
「今言うことじゃないでしょバカ!!」
響花の顔が真っ赤になる。
だが。
銃撃は止まらない。
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
怒りの弾丸が、魔獣の頭を正確に撃ち抜いていく。
背中合わせの二人。
その連携は完璧だった。
魔軍が割って入る隙など存在しない。
その時だった。
「ちょっと」
軽やかな声が響く。
「ラブコメは後にしてくれる?」
金色の閃光。
カレンだった。
双剣が旋風のように回転する。
ザンッ!!
魔獣の首が飛ぶ。
ザシュッ!!
魔人の胴体が裂ける。
カレンの剣は激しく、そして優雅だった。
戦場の中で、金色の風が敵を斬り伏せていく。
「まあ」
彼女はくすりと笑う。
「それだけ余裕があるのはいいことだけど」
彼女の瞳は輝いていた。
絶望に沈んでいた頃とは違う。
そこには――
生きる意志があった。
その光景を見ながら。
俺は剣を構える。
黄金の魔導剣。
レメゲトン。
眼前には、魔人王バエルの軍勢。
数百の魔。
普通なら、勝てるはずがない。
だが。
「……俺がいる限り」
黄金の装甲が輝く。
「輪廻には」
魔力が溢れる。
「指一本触れさせない」
レメゲトンを振る。
ただ、それだけ。
だが――
世界が割れた。
空間そのものが断裂する。
ドォォォォォンッ!!
黄金の斬撃が大地を走る。
魔人の群れが――
十体。
二十体。
まとめて上下に分断された。
断末魔すら上げられない。
そのまま塵となって消えていく。
魔軍が動揺する。
俺は静かに言う。
「消えろ」
黄金の騎士。
ゴエティア・オーバーロード。
その力は、魔界の理さえ書き換える。
魔軍の中心で。
俺はただ一人、剣を構えて立つ。
仲間たちが戦う。
人間たちが立ち向かう。
そして。
魔人王バエルの表情から――
余裕が消えた。
人間の逆襲。
それは。
失ったものを取り戻すための戦い。
愛する者を守るための戦い。
そして――
世界を取り戻す戦いの始まりだった。




