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虚無は、君を覚えている — 灰になる前に —(中編①)

 視界のすべてが、黄金の粒子に塗り潰されていた。


 身体を包むのは、かつての銀灰色とは似て非なる、絶対的な「秩序」と「渇望」が融合した金色の装甲。心臓の代わりに脈動する『グリードキー』が、俺の魂を燃料にして、無限に近い魔圧を汲み上げ続けている。


 手に握る魔導剣レメゲトンは、もはや単なる武器ではない。それは、俺の意志を現実へと書き換えるための「筆」であり、世界の理を裁く「天秤」だった。


『……小僧、わかっているな。それが「ゴエティア・オーバーロード」の力。失うことを許さぬ強欲、そして理を統べる者の主権だ』


 脳内に直接、レメゲトンの重厚な声が響く。


「ああ……わかってる。この力は、すべてを『あるべき姿』へと回し戻し――」


 俺は、黄金の瞳で眼前の絶望を射抜いた。


「――逆らう不純物を、根こそぎ消し去る力だ」


 俺は、背後に膝をつく輪廻を、そして地獄と化した戦場を見渡す。


 死の臭い。崩壊した瓦礫。仲間の鮮血。


 それらすべてが、俺の「強欲」を逆なでする。


「俺は、何ひとつとして失うことを認めない」


 俺は静かに、黄金の輝きを放つ右手を天へと掲げた。


 そして、ただ一つの動作。


 優雅に、かつ絶対的な威圧を持って、その手を横一文字に振るった。


「――『ことわり』を書き換えろ」


ドォォォォォォォンッ!!


 俺を起点として、黄金の波紋が同心円状に爆発した。


 それは破壊の波ではない。世界というシステムに対し、強制的に「復元」を命じるオーバーロードの権能。


「……あ……っ」


 最初に触れたのは、背後の輪廻だった。


 彼女の肩を深く裂いていた魔導の傷が、光の粒子と共に一瞬で消失する。破れた衣装までもが、糸が編み直されるように修復され、その肌には傷跡一つ残らない。


 波紋はさらに加速し、戦場全体を飲み込んでいく。


「な、何が起きてるの……!?」


 鉄筋に太腿を貫かれ、死を覚悟していたカレンさんが叫んだ。


 彼女の脚を貫いていた鉄の塊は、時間を巻き戻したかのように消滅し、噴き出していた鮮血は血管の中へと逆流する。


 エージェントとしての冷静さを保とうとしていた彼女の瞳に、初めて「理解不能な神跡」への畏怖が浮かんだ。


 意識を失っていた響花の全身の創痍が消え。


 砕かれたアスタロトの鎧と共に骨折していたレイジの腕が、メキメキと音を立てて繋がる。


 内臓を焼かれ、吐血していたミラ先生の鋼のような筋肉が、かつてないほどの輝きを持って再生した。


 それだけではない。


 地面に転がっていた対魔特務機関『S.A.I.D.』の戦闘員たちが、次々と跳ねるように起き上がる。致命傷を負い、魂が離れかけていた者たちでさえ、オーバーロードの強欲な光によって強引に現世へと引き留められた。


 そして。


 瓦礫の山と化していた『ドリームランド・ファンタジー』が、音を立てて再構築されていく。


 ひしゃげた観覧車が、引き剥がされたレールが、砕け散った石畳が。


 黄金の光の中でパズルのように組み上がり、硝煙は消え失せ、再びパステルカラーの電飾が夜の遊園地を彩り始めた。


 死の世界は、一瞬にして「昨日までと同じ夢の国」へと、完全に再生されたのだ。


「な、なんだと……馬鹿な……あり得ん……ッ!」


 アガレスが、狂ったように周囲を見渡して絶叫した。


 彼が「罪」として積み上げたはずの死と破壊が、指先一つで、無価値なガラクタのように否定されたのだ。


「貴様……死者を蘇らせ、世界を戻したというのか……!? そんなことが許されるはずがない! 神の領域ですよッ!」


「神なんて関係ない。俺がそうしたかった、それだけだ」


 俺は、黄金の鎧を鳴らして一歩、踏み出す。


「お前たちが何をしようと、どれほどの破壊を撒き散らそうと無駄だ。俺がいる限り、この世界は、俺の仲間は、傷一つつかない」


 黄金のバイザーの奥、冷徹な光がアガレスを射抜く。


「俺は、すべてを再生する。……そして」


 俺は、手元の魔導剣レメゲトンをゆっくりと上段に構えた。


 剣身から溢れ出すのは、黄金の光とは対極にある、すべてを無に帰す漆黒の「虚無」。


「俺の許可なく世界に触れる不浄な存在は――すべて、破壊する」


「ふざけるなッ! 貴様のような魔導騎士が、我が魔導剣ウァッサゴに勝てると――」


 アガレスが死に物狂いで剣を振り上げる。


 だが、その動作は、オーバーロードの視界ではあまりにも鈍重で、あまりにも脆い。


「無駄だ」


 俺は、レメゲトンを垂直に振り下ろした。


 力は込めていない。ただ、重力に従うように、刃の重みをアガレスに預けただけだ。


 ズ、ンッ!!


 衝撃波さえ起きなかった。


 代わりに起きたのは、世界が「悲鳴」を上げるような、現実の崩壊。


 俺の振り下ろした斬撃の軌跡に沿って、空間そのものが紙を裂くように真っ黒な亀裂へと変貌した。


 三次元の理を超えたその「切断」は、防御という概念を無視し、存在の情報を直接消去していく。


「――が、ぁあああああああああああああッ!!?」


 アガレスの絶叫が、夜の遊園地に響き渡った。


 彼が自慢の魔導剣を構えていた右腕が。


 肩から先、まるごと「最初から存在していなかった」かのように消滅し、空間の彼方へと吸い込まれていった。


 切断面からは血さえ流れない。


 あまりにも完璧な断絶。アガレスの右半身の装甲ごと、彼の存在の構成要素そのものが、オーバーロードの裁きによって削り取られたのだ。


「ぐ、ぁ……な、何が……起きた……。我が腕が、感覚が……消えた……!?」


 地面に膝をつき、残った左手で空白となった右肩を押さえるアガレス。


 かつての傲慢な魔将の姿はそこにはない。ただ、理解の範疇を超えた圧倒的暴力に直面した、哀れな獲物の姿があった。


 俺は、肩にレメゲトンを担ぎ、冷たく言い放つ。


「言ったはずだ。すべてを再生し、すべてを破壊すると」


 背後では、完全に回復した仲間たちが、その神々しい背中を呆然と見守っている。


 魔人王バエルは、立ち尽くしていた。


 その顔には、愉悦ではない、隠しようのない「危機感」が刻まれている。


 黄金の魔導騎士――ゴエティア・オーバーロード。


 その独裁的な守護が、今、魔界の侵略を蹂躙し始めた。

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