約束の果ては、あまりにも脆く(中編②)
パステルカラーに彩られていたはずの夢の国は――
もはや、地獄だった。
アスファルトは爆圧に砕け、
宙を漂っていた色とりどりの風船は無残に破裂し、
軽快なパレード音楽は、黒く濁った魔導の咆哮に飲み込まれている。
その中心で。
最愛の人――
ハルト。
今は魔導騎士ゴエティアとなった彼が、片膝をつき、荒く息を吐いていた。
右腕は、もう無い。
灰となった断面から、
砂のような絶望の粒子がさらさらと崩れ落ち、虚空へ消えていく。
「ハルト……っ!」
喉が焼ける。
「ハルト!!」
私は足の震えを無理やり押さえつけ、走った。
怖い。
怖い怖い怖い。
心臓が壊れそうに脈打ち、
視界が何度も暗転する。
それでも。
崩れていく彼を、
ただ見ていることなんてできない。
絶対に。
死んでも。
私は彼の背中にすがりつく。
触れた甲冑は――
氷みたいに冷たかった。
その光景を、
魔導騎士アガレスーー魔人マルファスは、無感情に見下ろしていた。
重い足音。
一歩。
また一歩。
それはまるで――
処刑人の歩みだった。
手にした魔導剣ウァッサゴが、
獲物の死を確信した猛獣のように紫電を散らす。
「終わりです。ゴエティア」
低い声。
「その無様な姿のまま、私の怒りと共に塵へ還るがいい」
剣が振り上げられる。
絶望が、振り下ろされる。
その瞬間。
「――やれやれ」
氷のような声が、戦場に落ちた。
「これ以上、僕の“予定”を乱さないでくれないか」
空間が裂ける。
黒と紅の閃光が、
一直線に戦場を横切った。
ガァァン!!
振り下ろされたウァッサゴが、
横合いから飛び込んできた漆黒の刃に弾かれる。
衝撃波。
窓ガラスが一斉に粉砕される。
爆風が私の髪を激しくなびかせた。
「……レイジくん……!?」
そこにいたのは。
漆黒の装甲を纏う魔導騎士――
アスタロト。
レイジくんは、いつものように感情を表に出さない。
ただ静かに。
剣を構えていた。
その背後で。
「ハルト!輪廻ちゃんを連れて下がって!」
響花さんが対魔銃を構える。
「ここは――私たちが食い止める!」
銃声。
対魔弾がアガレスの装甲に炸裂する。
金属火花が散る。
致命傷には程遠い。
だが。
視線を逸らすには十分だった。
響花さんは通信機を叩く。
「こちら日下部!魔導騎士アガレスを確認!応援を――早く!!」
その間にも。
アスタロトは一歩前へ出る。
「……ハルト」
静かな声。
「下がれ」
剣先がアガレスへ向く。
「奴は僕が斬る」
その声は冷静だった。
だが。
魔力の波が、空気を震わせている。
レイジくんは怒っていた。
静かに。
だが確実に。
親友を傷つけられたことに。
「来い――グレモリオン」
彼の影が揺れる。
銀色の液体が滲み出る。
それは瞬く間に形を成し――
もう一体のアスタロトが現れた。
そして。
瞳が光る。
《Future Sight : GREMORY》
未来視。
数秒先の戦場が、脳内に流れ込む。
「――行くぞ」
二体のアスタロトが同時に踏み込む。
黒い閃光。
左右からの挟撃。
未来で見た通りの軌道。
刃は正確に。
アガレスの装甲の継ぎ目へ突き刺さる。
火花。
連続する金属音。
完璧な戦術。
合理的。
冷酷。
だが。
アガレスは――
怪物だった。
「小賢しい」
アガレスが地を蹴る。
爆発的な加速。
未来視の軌道を――
力でねじ曲げる。
「策など!!」
魔導剣ウァッサゴが唸る。
「私の前では無意味だ!!」
轟音。
薙ぎ払い。
グレモリオンが化けたアスタロトが直撃する。
銀色の身体が砕け散る。
液体となり地面に飛び散った。
「――ッ」
レイジくんの身体が揺れる。
フィードバック。
だが。
退かない。
その瞳は、まだ冷たいままだった。
「ハルトを狙わせないって――」
響花さんが引き金を引く。
「言ってるでしょ!!」
連射。
だが。
アガレスは振り向きもしない。
その背中。
銀色の長髪のような装備が――動いた。
それは触手だった。
刃の群れ。
一直線に響花さんへ伸びる。
「……え」
リロードの一瞬。
回避不能。
閃光。
「が――あっ!」
響花さんの身体が宙を舞う。
地面を転がる。
血。
動かない。
「響花さん!!」
私の叫び。
その瞬間。
レイジくんの顔が変わった。
怒り。
無言の怒り。
「……マルファス!!」
アスタロトは怒りのまま突撃。
だが。
アガレスの剣が振り下ろされる。
轟音。
レイジくんは、咄嗟に左腕で受けた。
次の瞬間。
メキリ。
嫌な音。
「……ぐ、ああああ!!」
左腕が折れる。
鎧が砕ける。
それでも。
レイジくんは退かない。
睨む。
殺意を込めて。
アガレスを。
右腕を失ったハルト。
血の海の響花さん。
腕を折られたレイジくん。
完全な――
絶体絶命。
アガレスの剣がゆっくり振り上がる。
「終わりだ」
低い声。
「すべて」
紫電が走る。
「私の怒りと共に消えろ」
夢の国は。
完全に沈黙した。
絶望という名の闇が。
すべてを飲み込もうとしていた。




