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約束の果ては、あまりにも脆く(前編③)

鼻をくすぐるキャラメルの甘い香りと、どこからか聞こえてくる子供たちの弾んだ笑い声。ドリームランド・ファンタジーのパステルカラーに彩られた街並みは、まるで世界中の幸せを煮詰めて固めたような、輝きに満ちていた。


私は、隣を歩くハルトの袖をぎゅっと握りしめる。指先から伝わってくるのは、確かな体温と、少しだけ固い彼のジャケットの感触。


「……ねぇ、ハルト。次はあっちのメリーゴーランドに乗らない?」


「ああ、いいよ。なんなら、今日は全部乗ろうぜ」


そう言って楽しそうに笑うハルトの横顔を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。


私たちは今、大きな噴水のそばで、買ったばかりの揚げたてのチュロスを頬張っていた。シナモンシュガーが唇につくのも構わず、彼と同じものを食べて、同じ景色を見て、同じ時間を共有している。


ただそれだけのこと。普通の女の子なら当たり前に享受するはずの、ありふれた休日。けれど、私にとっては――人と魔人のハーフとして生まれ、魔界の刺客から命を狙われ続けてきた私にとっては、これは奇跡を通り越して、甘い毒のような白昼夢だった。


幼い頃から、私は鍵の巫女という望まぬ宿命に縛られてきた。夜の闇に怯え、血の匂いを嗅ぎ、自分を呪う日々の連続。魔界の追手から逃げ惑い、泥を啜るようにして生きていたあの頃、世界は私にとって冷たく尖った檻でしかなかった。


(……でも、今は違う。ハルトが、私にこの世界を与えてくれた)


ハルトの茶色の瞳が、私を映している。虐げられ、拒絶されてきた過去が、この眩しい光の中でさらさらと砂のように崩れ落ちていく感覚。


「美味しいね、これ。……ハルトも一口食べる?」


「ん? ああ、それじゃあ……」


ハルトが私の差し出したチュロスに口を寄せた瞬間、不意に心拍数が跳ね上がる。彼の睫毛が揺れる距離。このまま永遠に、この幸せが結晶となって止まってしまえばいいのに。時計の針を壊して、誰もいない、私たちだけの箱庭の中に閉じ込めてしまいたい。魔導騎士の「灰化」なんていう残酷な代償も、魔界の血という呪いもない場所へ、二人で――。


――けれど。


幸福の頂点は、常に絶望の始まりでもあった。空気が、一瞬で凍りついた。陽光が降り注いでいたはずの青空に、突如として墨をぶちまけたような「裂け目」が走る。ドーム状の空間が歪み、現実と異界の境界線が、ガラスが砕けるような音を立てて崩壊していく。


「……っ!? 輪廻、これは……!」


悲鳴を上げる暇もなかった。パステルカラーの風景が、どす黒い魔力の奔流に飲み込まれていく。裂け目の向こう側、深淵の底から、あの忌まわしい鎧の擦れる音が響いた。


「――見つけましたよ。ゴエティア、そして『鍵の巫女』」


重厚で、聞く者の魂を凍らせるような憎悪の声。空間を抉り、這い出してきたのは、血のような紅と漆黒を纏った、怨念の権化。かつて私たちが退けたはずの、魔導騎士アガレス。


「二度までも……二度までも私に屈辱を味わわせた罪、その命で償ってもらいますよ」


アガレスの全身から噴き出す魔力は、楽しげだった遊園地の空気を瞬時に死の静寂へと塗り替えた。逃げ惑う人々の叫び声さえ届かなくなるほどの、圧倒的な殺意。


アガレスは、その巨大な腕で背負った忌まわしき武装を解き放つ。


「現れよ、魔導剣ウァッサゴ!」


掲げられた剣が、周囲の光を飲み込み、禍々しい紫電を放つ。それは、数多の騎士の命を絶った、絶望の刃。アガレスの兜の奥で、復讐に燃える双眸が爛々と輝いていた。


「貴様たちの幸せなど、砂上の楼閣に過ぎない。今この場で、その希望ごと微塵に砕いてあげましょう……!」


振り上げられたウァッサゴが、世界の理を断切るように振り下ろされる。私の指先から、甘いチュロスの袋が滑り落ちた。つい数秒前まであんなに温かかったはずの指先が、今は、氷のように冷たく震えている。


――夢は、終わったのだ。


銀灰色の装甲が、ハルトの体を包み込んでいくのを、私はただ絶望の中で見つめていた。

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