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日本国魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課  作者: 臆病虚弱
序章 死を継ぐ者 Inherit The Wind of Death
9/13

人々は諸手を挙げて

     ……………


 その言葉に呼応して車内を閃光が覆い尽くす。

 同時に或人は何者かによってシートベルトが破られ、自身の体を持ち上げられる。


「うわぁっ!?」


『ビュオオオオォ……!』


 或人の眩んだ目が次に映し出したのは雲海を真下に見据える天空。

 そして彼を左手で抱え、空を浮遊する先ほどの人物。

 或人は秘匿課から連れ去られたのだった。


 彼に向けて、その人物は声を掛ける。


「少々手荒な(美しくない)真似をして済まないね、或人くん。我々にも事情があるんだ」


「事情……? いや、さっきの説明から、あなたたちはおそらく……」


「我々は秘密結社『隠者の薔薇』。秘匿条約に反対する『違法魔術師』と呼ばれる人々の集団。

 ――だが、無秩序な存在ではない。我々にも我々の『法秩序ルール』と『倫理モラル』がある」


 依然としてそう答える相手に、或人は皮肉っぽい質問を投げる。


「突然車に押し入って人を攫うことも何か事情があるということですか……?」


 相手は全く動じずに答える。


「そうだとも。そしてそれは秘匿課と何が違うのかな?

 彼らは『事情』があって事故現場から君を連れ去り、日常生活から切り離すことを目的としている。権力を盾にして。

 我々も全く同じ。ただあちらが早かった、それだけさ」


 その言葉のあと、護送車から課長をはじめとした秘匿課員たちが現れ、森を中心として巨大な紋章が空全体を覆いつくすように広がった。

 他の面々は即座に空を舞い、素早く加速して或人を取り返さんと追いすがる。


 それを背後に感じ取った、或人を抱える人物は振り返って右掌を秘匿課員たちに向けながら、或人に語る。


「さぁ、見るがいい。彼らが秘匿という名の独占を図る人類の財産、共有すべき知恵の結晶。

 輝ける私、ティファレトのミハイル。その『魔術』を!」


 そう語った彼は呪文めいた言葉を続けて唱える。


יְהִי אוֹר(光あれ)


 その掌からは無数の『言葉の紐』が現れ、それらは輝く光の玉を形成する。

 闇夜に舞う蛍の光のように幻想的な空間がその無数の光球によって、太陽の下に成立した。

 瞬く間に辺りは一面、光球が埋め尽くされる。


 ティファレトのミハイルを名乗る彼は差し出した掌の指を折り、しなやかな人差し指だけをピンと立て、勢いよく迫る秘匿課員たちを指差す。


「美しく滅びるのだ」


 その言葉とともに百はあろうかという光球が一斉に秘匿課員たちに迫る。

 課長と森はその間を器用かつ恐るべきスピードですり抜けるが、それに続く賀茂が避けきれず光球に触れた。

 その瞬間。


『ズガガガガガガガァァァアアアアアアアアアン!!』


 光球が閃光と共に爆発。

 その爆発は連鎖し天空は光に包まれ、秘匿課員たちは熱と衝撃に包まれた。


 或人の視界は爆風と共に来る閃光によって奪われるが、彼は何故か周囲の状況がある程度わかる、奇妙な感覚を覚える。


――さっき課長が言っていた魔力を感じ取る能力か? 秘匿課の人たちの位置もぼんやりとわかる!


 彼は大爆発をものともせず、課長がこちらに迫っていることを悟る。

 また、森や賀茂が爆発によって遠方へ吹き飛んだこと、そして魔力を帯びた鎖で身体を覆う有馬も課長のしばらく後方に続いて迫ってきていることを覚った。


 彼の視界は徐々に回復し、輪郭を取り戻していく。

 その視界に飛び込んできたのは、わずかに火傷を負った課長の姿と全身に痛々しい火傷が見られる有馬の姿であった。


 余裕があり高速でこちらへ迫る課長はともかくとして、満身創痍に近い状態の有馬は痛みすら感じていない様子でガスマスクを被り、その中からくぐもった笑いを挙げていた。


「ギャハハハハハ! ホタルが火遊びとは感心しねぇなッ!」


 五つの鎖が彼の右手より投げられる。

 鎖はそれぞれ異なる軌道でミハイルと或人へと迫り、課長の飛行速度を越えて飛びすさぶ。


「やせ我慢は美しくない……。その大言に実力が及ぶか、見ものだな」


 ミハイルはそう語りながら、全身を魔力で覆う。彼の魔力は光となって全身から放たれており、後光がさすような様子を示していた。


『ヒュッヒュォッ!』


 彼は最低限度の動きで鎖を回避。次いでやってくる課長の拳に自らの右拳を打ち当てる。


『ガッジュアアアッ!』


 ぶつかり合う拳と拳、その瞬間に閃光が発生。爆発的な高温を発生させる。

 課長の拳は煙を吹きながら一部焼け焦げた様子を見せているが、ミハイルの手は無傷、そのまま彼はもう一発、右拳を振る。


『ドガッジュァアアアッ!』


「!」


 ミハイルは課長と打ち合ったその拳を引きながら感触の変化を感じ取り考察する。


――身体能力の向上、身体の硬質化、単純な『魔力操作』ではない、魔術を使っているな。

 身体変容術式か?


 なおも拳を振り上げる課長に対して、ミハイルは右掌を開き、呪文を口走る。


יְהִי אוֹר(光あれ)


『カッドガァアアアアアアアン!』


 閃光。爆発。

 再び光球が出現し、課長の拳に触れることによって爆発を発生させた。


 或人はその発生を察知して目を閉じ、閃光による視界喪失を免れた。そして、彼は爆風の中驚くべき情景を認める。

 ミハイルは僅かな火傷を受けながらも課長が迫る中、声を漏らす。


「これは……」

 

 ミハイルの身体にか細いながらも切り傷が鮮血を滲ませて、刻まれている。その五つの剃刀によって切り裂かれたような傷を拭いながら彼は笑みを浮かべる。


「美しい……。獣性もまた美の一つ、か……。だが」


 ミハイルに対し迫る課長は再び拳を振り下ろす。しかし、彼女の背後に突如として無数の光球が出現。彼女は思わず口走る。


「何っ!?」


「油断は禁物、呆気ないな」


『ドガァアアアアアアアアン!』


 背中に集中爆撃を受けた課長はその身に勢いが耐え切れず下方の雲海へと吹き飛んでいく。


 ミハイルに対して攻撃を仕掛ける者は、遅れてやってきた満身創痍の有馬のみ。


 五つの鎖が展開されミハイルを包むように囲い、巻き付こうとする。が、それをするりと容易くかわし続けて彼は語る。


「遅い、これでは弱い者いじめだ。美しくないよ」


 飛行を続け、鎖を操り続ける有馬はそれを受けてなおも笑う。


「へっ、ホタルの癖にギラギラドカドカ……。うるせえんだよッ! ホタルってのはもっと――」


 五つの鎖はするりと彼の腕や体に巻きつき、強力な魔力を帯びる。彼の渾身の拳がミハイルへと飛び込む。


「遅いんだよ」


 ひらりと身をかわし、ミハイルは有馬の腹部へ掌をかざす。そして呪文を口にしようとする。


『ザバッ!』


「!ッ」


 ミハイルは背後から飛んできた『医療用メス』に右腕を切り裂かれる。鋭い魔力を帯びたそれは、彼の背後に目にも留まらぬ速度で現れるテレビ頭の医者、森が投げたものであった。

 メスを投げつつ迫りくるその森の速度はミハイルを凌駕、空を滑るように過ぎ去り、無数の微細な切り傷を彼につける。

 同時に、タイミングを合わせた有馬がミハイルへ鎖を巻いた拳を叩き込む。


『ドガァアアッ! ジャララッ』


「カハッ!」


 ミハイルは殴られると同時、首にそのまま鎖を巻かれ拘束を受ける。

 有馬は笑ってガスマスクの内から声を響かせる。


「――静かに光ってもらおうか、へへへへ……。ホタル野郎……! 弱れば光も落ち着くだろ……?」


「かすり傷で随分と調子に乗る」


 ミハイルは締め付けられる首の鎖をものともせず、輝く長い脚による蹴りを有馬の背に繰り出す。


『ドガッ!』


 しかしその蹴りの衝撃は、ミハイルの顎へと『移り』、彼の頭部を揺らす。

 有馬は全く衝撃を受けず、笑い声をあげる。


「ギャッハッハハハハハハハ!

 無駄だよ、テメェは『術中』にハマった! テメエにできることは大人しくサンドバッグになって再起不能になるまで泣きわめくことだけだァッ!

――とりあえずは或人を離すまで、テメェを殴らせてもらうぜェ~?」


 有馬は鎖を巻いた拳でミハイルの端正な顔を思いっきり殴りつける。


『ドガッシャアアン!』


 重厚な衝撃音。

 だが、その揺れは左手に抱えられる或人にすら届かず、顔面に拳を押し込まれながら、平然とミハイルは話し続ける。


「なるほど……。面白くはある。だが――」


「!?ッ」


『ドガガガガガガガガガガガガッ!』


 ミハイルは脚、腕、頭、使える全てを使い有馬の身体へ絶え間ない連続攻撃を開始した。

 当然すべての衝撃はミハイルのもとへと反射され、彼は一気に自らの攻撃の衝撃を受け続ける。みるみるうちに彼を覆う魔力《輝き》は削られ、殴打痕がわずかにつき始める。

 しかし。


『ドガァァアッ!』


「ガハッ……!」


 有馬はミハイルの放った背中への蹴りを受け、思わず息を吐く。

 ミハイルは冷静に有馬の実力を見抜いていた。


――奴の『魔力量』の底は浅い……。非常に効率よく魔力操作と術式運用を行う事で総量の乏しさを誤魔化しているが、防御に魔力量を割ききらない癖からそのことは瞭然……!

 さらに反射の術式効果発動直後、魔力を込めた殴りの威力がわずかに減ったことからも術式に魔力を大きく削られていることは分かる。

 身の丈に合わない術式を持つこと、それは――。


「――美しくないのだよ。さぁ、こちらの手番だ」


 彼はそう語ると一言、言葉を紡ぎ、輝く言葉の紐を自らに纏わせる。


מִֽיכָאֵ֜ל(神の似姿)


 その言葉によってミハイルの身体はみるみるうちに傷がふさがり、纏う光は輝きを増し、鎖を引きちぎらんとする勢いであった。

 その片手に抱えられる或人も、その底知れぬ力を示す光景に先ほどまで目の前にいた人間が突如として別人に変わったような恐怖さえ覚える。


『ドガガガッ!』


 有馬はなおも鎖に力を籠めつつ他の鎖で鞭打つ攻撃を仕掛けるが、微笑むミハイルに効いた様子はなかった。

 その時、彼の背後から機械音声が飛んで来る。


『詠唱完了まであと数秒、有馬さん、離れてください』


 白衣の森は自らの肉声で何やらブツブツと呪文を唱え続け、五つのメスをその手に握っていた。


 次の瞬間、有馬が鎖で相手を拘束しながらも距離を取ると、森はそのメスをミハイルの胴体に、目にも留まらぬスピードで正確に投げつけ、呪文を締める。


「精霊よ、五芒星に集い封を守れ」


 ミハイルの胸に突き刺さった五つのメスを繋ぐ『言葉の紐』が星型五芒星を描き出し、彼の体を覆うように巻き付く。

 その『封印』はミハイルの輝きを押さえつけるように縛り付け、彼がもがくように動いても、その動きさえ抑えて封じる。


 かくして封印は左腕に至り、手は力なく或人を手放した。


「え、うわぁ!」


「おっと」


 即座に有馬の鎖に拾われた或人は上空数千メートルから地上に落下する惨事を免れた。


 一方、ミハイルは無数の言葉の紐が幾重にも彼の身体の自由を奪い、やがては呼吸さえも止めてしまった。


「やったか……!」


 有馬が彼に対する拘束を解き、或人を引き寄せる。

 彼はそのまま周囲を見回しつつ、森に話しかけた。


「なぁ、賀茂や課長はどうしてんだ?」


「交戦中です。他の『黄金の教示』が……」


『カッ!』


 光球は閃光を放って。彼らの周りに出現する。


「「!!?」」


『ドガァアアアアアアアン!』

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