秘匿は守られ続け
……………
或人は思い浮かぶ疑問を一つ一つ確かめるべく口を開く。
「ええと、まず最初に聞きたいのは……。日本魔界府というのは一体……?」
課長はやや驚きつつ返答する。
「理不尽な決定に対してずいぶんと聞き分けが良く冷静だな……。
――まぁいい。
我々のような【魔術】を扱う者が居住する界隈を総じて【魔界】と呼んでいる。【魔界府】は日本において点在するそういった区画を政府が管理する際の自治体名称だ。
今から向かう琵琶湖内部の『黄泉平坂市』に府庁が所在している。
当然、魔術の心得ない世俗人は見ることすらできない場所だ」
通常であれば荒唐無稽で信じ難い話である。
しかしながら実際に魔術が行使され炎や構造物として現れるところを見た或人には受け入れざるを得ない現実としてその言葉が提示された。
彼は次の質問を投げかける。
「秘匿課と言っていましたが……。つまり僕は秘密にされるべき人間だと?」
「そうだ。
君は膨大な魔力を世界に解き放った。その魔力は今でも君の力として溢れ出ている。
――感覚が変化しているだろう?
勘が異様に鋭くなり、怨霊の存在が感じられ、魔術師が操る言葉で出来た紐のようなものが分かるようになる……。それが君の【覚醒】についての何よりの証拠。
そしてその膨大な魔力を先程の奴ら『違法魔術師』や、『怨霊』、『怪異』たちが狙っているのだ」
それを受けて或人は一つ一つ、前提を探るように質問をする。
「魔力……。いったいそれは、どんなものなのでしょうか。魔術師と呼ばれる人たちにしか無いものなんですか?」
「いや、魔力とは情報量に紐づくエネルギー。
汎ゆる生物、物体が持つ力だ。長期間の訓練と環境要件によってどんな人間も感じ取り、操る事ができる。
問題はその力がどれだけ放出できるか。
君は常人、いや、我々のような熟練者を優に超える量の魔力を事故の瞬間に放出した。それはこの地球上のあらゆる火器が生み出す総ての爆発エネルギーを超えるエネルギー量。
要するに今の君は、生きる巨大な原発……。いや、水爆と言うべき存在だ」
「水爆……」
またしても現実感の乏しい話である。
しかし或人には先ほどの国連や日本国云々の話を事実とするならば、その理由としては納得できるような気さえしてきていた。
世界や国家が一人の人間に対して拒否権の無い、人権無視とも思える指令を下すことは、少なくとも人権論と社会契約によって成立する民主主義を標榜する国家においては、極めて考え難いことである。
だが、国家ひいては世界にとって重大なこと。
それが特に大量破壊兵器に匹敵する『個人』が存在するなどという異常事態においては成立し得ると考えられなくは無い。
そして、或人は先程トラックに轢かれた際に見た景色を思い出す。
血を流し、苦悶の表情を浮かべた無も知らないトラック運転手。拉げたトラック。凄惨な事故現場。
或人の中でその記憶は決意を導く。
――あんな被害者を、僕は何千人も、何万人も……。出してはいけない……!
そんな思考が駆け巡る中、彼は具体的な部分へと踏み込んだ質問を投げる。
「僕のことを『保護・管理』すると言っていましたがどんな方法の管理なんですか?」
課長は落ち着かせるように答える。
「安心してほしい、全てから隔離して幽閉する訳では無い。ある程度行動の自由は保障されるだろう」
だが、彼にとってそれは安心できる答えではなくむしろ不安を煽る返答であった。
「その、自分で言うのも何ですが、暴発の危険が無いように特殊な檻とかに幽閉したほうが安全ではないでしょうか……?
さっきの事故みたいに『人死に』を出すようなことは、もう……」
今にも壊れそうな表情の彼の表情を見たせいか、返答する際の課長の声色はどこか柔らかいものだった。
「――その点については問題無い。
君の持つ魔力は確かに膨大、使い方次第で世界を壊し得るもの。
だが、魔術は知識なくして成立せず、魔力を操る事も一朝一夕にはできない。
君も先程見たはずだ【魔力で紡がれた言葉の紐】を。あれこそが魔術の正体【魔術結合】。
古より繰り返されてきた儀式や、呪文、魔術の知識、それらに積み重ねられた人間の様々な想い――祈りや恨み、願いや感謝、怒り、悲しみ、喜び、そうした呪いの数々には【魔力】を増幅させる作用がある。
魔術はそうした人類の営為を利用することで成立する。故に知識のない現在の君には操ることはできないのだ」
或人は課長が語った説明の中で『恨み』と『祈り』『感謝』などを全て一様に『呪い』とまとめた事が印象に残る。
課長は話を続ける。
「――変わった事は目や耳以外の感性『魔力感知能力』と第六感的『予知能力』が覚醒した事くらいのもの。
現に君は今溢れんばかりの魔力を帯びているが身体能力も機能も覚醒前とさして変わらない。今のところは、な。
そして、君が今語った『事故』についてだが……。
死傷者は一切なく君も運転手も無傷。つまり、君の魔力は『人を救う』存在だった」
その言葉に或人は一瞬信じられない様子で彼女を見ていた。
「でも……。僕は血だらけの人を……。僕の痛みを忘れるくらいに……」
返答する彼女は、一瞬言葉を詰まらせるが穏やかな声色で落ち着かせるように言う。
「君も彼も無傷だった。おそらく……。昏睡時の夢か幻覚だろう」
或人は自分自身が全くの無傷である事、もしも自分自身があれほどまでの怪我を負っていたら動くこともままならないこと、先程見た無傷のトラックのことを考え、冷静さを取り戻す。
そしてただ一言、口をついて漏らす。
「よかった……!」
それを見た課長は続ける。
「――魔力は使い手次第でどんな性質も持つ、問題なのはその魔力を外部から吸い取ったり操ったりする輩がいる事だ」
「さっきの『違法魔術師』や『怨霊』といったものが……」
或人の言葉に課長は頷く。
「そう。一つ一つ簡単に説明しようか。
まず、怨霊と呼ばれるものだが、これらは死んだ人間の霊魂や生きた人間の感情が集まったものを指す。
愛憎、喜び、悲しみ、怒り、安息、あらゆる感情から霊魂は生まれる。
魔力が生み出す自然現象、故に魔力に導かれ、魔力を吸い取って肥大化していくのだ」
「自然現象……。霊や魂が自然な現象ということですか?」
「君たちの常識からすれば理解しがたいかもしれない。
また、霊魂と聞いて死者との交流などを想像するかもしれないが、実体としては情報的残滓みたいなものだ。人格としてはほとんど機能しない……。
詳しくはさっき会った破戒僧の金剛に訊くことだな」
「はぁ……。では次は『違法魔術師』についてですね」
「ああ。まあこちらは犯罪者という以上の意味はあまりないがな。
違法魔術師とは、我々『秘匿課』が国連秘匿保障委員会によって守ることを指令されている『国連秘匿条約』、それを破ろうとする者たちの総称。
みだりに魔術を使用し、魔術知識を一般に流布し、魔術呪術物品を売買・使用・保有する連中だ。
そして先ほど我々が会敵した相手、『栄光のジュン』はそうした違法魔術師による秘密結社・『隠者の薔薇』の幹部団・黄金の教示の一人だ」
「秘密結社……」
「奴らは魔術知識の一般化を目標として国連秘匿条項に真っ向から反対する違法組織。
君を狙うのは大方、兵器運用目的と言ったところだろうか。
もちろん他にも違法魔術師による組織はある。そしてそのどれもが君のことを狙うだろう……。
そして、君を狙うのは怨霊や違法魔術師だけではない」
「まだ何か……」
だがその時、車内に《《いつの間にか居た人物》》が口を開く。
「その通り。違法魔術師《我々》以外にも君は引く手あまただよ、『鍵』――鳥羽或人くん」
その声の主は或人や課長、他全員の視界に入る座席に足を組んで座っていた。気品や美しさ、果ては輝きさえも感じられるほどに壮麗な顔や髪を持つその人物をこの車内にいる全員が知覚しなかったのだ。
この明らかな異常事態に、全員が驚愕と動揺を覚えつつも即座に戦闘態勢へ移行する。
謎の人物は呆れたような様子で謎めいた言葉を口走る。
「יְהִי אוֹר」




