事後処理
……………
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「それで、回収できたのはこの部品類だけ、と……」
秘匿物品調査の報告を聞き終えた秘匿課長・ベアトリーチェ。
彼女はオフィスチェアに腰掛けながら、デスクに置かれた、魔術が残るいくつかの部品類を見定める。
そして、デスクの前に立つ或人、有馬、賀茂の三人へ目を向け言葉を続ける。
「『ナチス風の傭兵』と『兵器人間』とやらの残骸はどうした?
秘匿結界内の破壊跡からは何も見つかっていないと聞くが……」
有馬が首をかきながら答える。
「さぁ? 気づいたら何も残ってませんでしたぁ」
棒読みの有馬に、或人が慌てて補足する。
「僕が戦いの後、感知を緩めたせいです。おそらく、『栄光のジュン』か、もう一人敵組織の人員がいたか……」
課長は手を差し出し、或人の語りを止める。
「補足は十分だ……。そこまで詰める気はない、安心しろ。
相手組織はおそらく『ナチス残党魔術傭兵組織・アーネンエルベ』。情報の少ない奇妙な技術を持った相手だ。
今までも、その組織と思われる傭兵を何人か撃退・殺傷に成功しているが、証拠らしい証拠を残さずに消えてきた。致し方ない。
だが、『栄光のジュン』……。
ヤツの襲来は異常事態だ。観測された時は我々も『金剛《特異担当》』や『有穂、宇美部』に緊急動員をかけたが、追いつけなかった……。
また、ヤツと『アーネンエルベ』との関係も不明瞭……。
この件は慎重に探る必要がある……。報告書はなるべく子細にまとめておけ、資料も……。コピーを添付しておいてくれ」
賀茂はその言葉にいち早く返答する。
「はいっ……。報告書は明日中にまとめます! 或人くん、明日書き方教えるね」
「あ、はい。ありがとうございます……」
だが、依然として課長の前に立つ有馬はやや呆れた様子で口を開いた。
「話はまだ、あるんだろ?」
有馬の言葉に課長は特に動揺もなく返答する。
「ああ。
――例によって『篠田重工』が上に圧力をかけている。今回の件には被害者として篠田の重役がいたからな……。
回収されたこの物品と報告書はすべて篠田重工の目が通され、あの部品類はあちらの預りとなるだろう。
正式な処理はされず、お前たちが作成する報告書をふくめて、今回の件が陽の目を見ることはないと考えられる」
或人は動揺しながら訊く。
「それは……。もしかして、戦前の人体実験研究の証拠である増田さんの存在が『篠田重工』にとって『好ましくない』から……。その……」
課長はやや重々しい様子で口を開く。
「そのとおり、『かつて行われた人体実験を糧に魔界で成功した企業』などというストーリーを彼らは恐れたようだな。
要するに『揉み消し』だ。
――ただ、我々としてはアーネンエルベの関わりについて防衛と条約厳守の職務から必ず調べる必要がある。
私は先に言った『アーネンエルベ』への府庁情報部による調査を進めるため全力を尽くす……。
相手方《篠田重工》との『取引』でこの件自体の『事実』の大部分を、表向きでは改変されることを容認しても、な……」
課長のその言葉に賀茂が驚いたように言う。
「課長、それって……。報告書の改ざんを容認するということですか……?
それは、法治の原則としても職務倫理としても……。どうかと思います。
知事への圧力というのなら、府庁の監査機関の委員会へ……」
「その委員会による監査として十中八九、篠田重工関係者が入る。
向こうも大組織だ、正攻法は全力で抑えてある。前に何度かあったんだ、海川も経験したことがある。
――そして、正攻法がないからと迂闊にマスコミへ垂れ流せば関係者すべてへ無作為に馘首が飛びかねない。
あの金剛ですら一度クビになりかけて、左遷、降格した。
被害は最小限度に抑えられたが、企業重役家系のちっぽけなプライドと営業業績、株価のためだけに、この魔界府全体が混乱した。
奴らに目をつけられるようにもなった。
今のようにただでさえ人手不足かつ不安定な状況でそうした事態が起これば、秩序の崩壊さえあり得る。危険手は打てない……。
篠田重工は本気だ。我々の最善手は『調査の優先』、死者の尊厳ではない……」
「そんな……! いや……。でも……」
或人は納得いかない様子で口ごもる。
その様子に、課長も説得するべく口を開くが、背後で『ガチャリ』と扉が開く音がする。
課長はそれを見て、デスクより立ち上がり【客人】に応対する。
「ご用件は……? 【監査官殿】」
或人が振り向くと、そこにはややよれたスーツ姿に眼鏡をかけた壮年の男性が立っていた。その手にはやや大きな袋が持たれている。
――誰……。いや、どこかで見たことがある気がする……?
彼が思い出しあぐねている間に、そのスーツの男性は、首を掻き、貧乏ゆすりをしながら話始める。
「ああ、報告書と……。物品を、秘匿課業務監査の為に……。回収しに来た……。それが件の物品か?」
つかつかとツヤのある黒革の靴を鳴らしながら、彼はデスクに来ると、そこに置かれた物品を素手でつかみ上げ、持っていた袋へ乱雑に放り入れる。
急いでいるのか、それにしては気怠げに動作していた。
課長がそれを見て、苦言を呈する。
「監査官殿、物品は重要な物的証拠であり、今回は未知に近い技術の残骸でもあるわけで、いくら監査とはいえ慎重な扱いを――」
監査官が言葉をさえぎり、ボソボソと独り言のように語る。
「君、これが未知の技術だと……?
いいや、これは何でもない。これは何でもないのだ……。古く、既知で、ありふれた……。そうであるべき……。ものなのだ……」
増田のことを知る賀茂や有馬、或人にとって、そして報告を聞いた経験豊富な課長にとってもその言葉はあざ笑うような、侮辱的な響きがあった。
だが、或人はその言葉に怒りを湧かせながらも、監査官が放つ奇妙な雰囲気と魔力のまとう落ち着きを不審に思う。
――この人、こんな言葉を……。でも、この人、怒りも、侮りも、冷笑も、していない……?
むしろ自分に言い聞かせるような、奇妙な、複雑な心境……?
分からない、この人は何を考えている?
或人の他の面々は、無神経と言うよりも侮蔑的なこの一言に怒りを覚えていたが、立場上黙るだけであった。
ただ一人、有馬がその言葉を鼻で笑い、言う。
「ハッ、クサいモノには蓋か……。いつまでたっても同じ手、同じ物言い……。同じ負け惜しみ。進歩も成長もない奴らだぜ全く」
男は有馬へ振り向き、厚い眼鏡を正位置へと戻しながら言う。彼の表情は常に変わらず、無感動と言うべきものだった。
「どういうつもりかは知らないが、事実を述べたまでだ。既に知られている技術、再現など容易。門外漢が出しゃばるな」
有馬はその言葉へ蛇のようにしつこく返答する。
「既知ってのは篠田重工が昔自分で作ったモンだからだから当然ってコトかい?
いや、テメーのジイさんが作ったからというべきか? 楠田清三さんよォ?」
「楠田……!」
或人は気付く、増田刑事から得た事件資料に載る顔。そして怪人の夢で見た改造医、楠田五郎に似た顔だということに。
その顔は今、ひどくしかめられ、怒りや、そしてなぜか、『悲壮』を示していた。
有馬は淀みなく言葉を続ける。
「――マァ、そうした技術の『専門家』とやらがどうしてこんな所で監査官なんつう技術のギの字も無ぇ役職付けてんのは疑問だがな……。社内政治にでも敗けたかい?」
「それは……ッ……。」
せせら笑う彼の様子を見て、楠田はようやっと顔をしかめるが、黙りこくる。
或人はその様子を注意深く見ていたせいか、彼が単に怒りを感じているわけではないことを覚る。
――我慢している……。
と言うより、恐れや、何かを回避するような感触……?
何だ? まるで触れてはならないものを怖れるような……。
一方、それを知らぬ有馬は水を得た魚のように、さらなる嫌みで噛みつこうとするが、それを見かねた課長が制止する。
「海川、止めろ。すみません、失礼な物言いを、キツく言っておきますので……」
楠田は一瞬ホッとした様子さえ見せたが、すぐに無表情へと戻り、起伏のない返答をする。
「当たり前だ……。こちらとしても、これ以上の問題ある言動は対応について考えざるを得ない……。
マァ……。物品の取り扱いや『喋り過ぎ』についてはこちらも反省するべきか……。
邪魔した、報告書はあとで事務所へ提出してくれ……」
彼はそう語ると、返事も聞かずにそそくさと帰ってゆく。まるで厄介な仕事を片付けた帰路のように。
流石の有馬も、この奇妙な人物の様子に肩をすくめて、言う。
「意外だな、あそこまで言って減給だのを宣言せずに帰るなんて……。ヤツがオレにビビってたようには思えんのだが……」
賀茂が苦言を呈する。
「あとで減給左遷されるかもですよ。ホントに……。監査の人にあれだけイヤミを言いますか普通?
社会人としてある程度立場をわきまえてくださいよ」
だが、その言葉と裏腹に彼女はスッキリとしたような様子であった。
課長が有馬へ言う。
「全くだ……。あの楠田監査官は先に言ったように篠田重工関係者の監査官。
そして察しの通り事件にも関わる、篠田重工の創立時点での技術者、のちに役員となった楠田五郎の血縁だ。
――だが、海川が言ったように妙だ。向こうとしては見せしめや警告を込めて、今の事をもっと大々的な問題とする方が好都合なハズ……」
有馬は自分から言いだしたことながら考えるのを諦めた様子で言う。
「知らねー。あのオッサンが意外と人としてマトモだったんじゃあねぇの?
いじめるようなコトを投げつけた、オレが言えたことじゃねぇか。ハッ……」
乾いた笑いとともに有馬が部屋を去ろうと扉へ向かう。
課長はその背に向けてひと言。
「問題のある行動だったが、多少気分は良かった。次はもっと問題なくやれ……。
難しい任務の完了も、評価する」
口の端に笑みをこぼした課長。
それを見た或人も、居ても立ってもいられずに続けて感謝を述べる。
「有馬さん、ありがとうございました。思えば、捜査中もずっと……! 迷惑ばかりかけて、導いてもらって……」
「気にすんな、オレも気にしてねぇ」
有馬はまた、乾いた笑いとともに扉を開き、部屋をあとにした。
最後に、賀茂が気付く。
「あ、まだ就業時間前……。それに報告書、あの人丸投げする気だ!」
彼女はあわてて有馬を追う。
秘匿一課は二人がいる限りは喧騒鳴り止まないのだった。
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ウラジオストクに向け、地下を潜航する小型潜地艇。三つの格納タンクには三体の【兵器人間】が収められ、艦艇内部には一人、茫然とした様子のバルトルト・ホーフェンがブラウン管画面を眺めていた。
画面にはドイツ語の文字が表示されている。
『【バルトルト・ホーフェン】の神経状態【環境依存自我状態】を維持。戦闘再起可能性は98%。小隊指揮者への復帰可能性は28%。
依然として神経損傷は激しく自発的な動作は生理欲求によるものに限られるが、人間、兵士としての運用には問題ない。管理人員としての利用は困難。
【半人工知能素体】としての利用価値も高いと考えられる』
その【メッセージ送信】を受けた本部より、返信が送られ、画面に表示される。
『博士:了解。戦闘に関する詳細記録は本部帰還後に回収する。破損した三体の兵器人間は検査後に破棄するため記憶データの保存を帰還までに済ませておくように。バルトルト・ホーフェンに関しては、優先度がやや低いものの記憶データの複製保存をできる限り行っておくように』
『了解しました。タスクを実行します……。状態:ビジー。
作業完了まで2:45:12……。
2:45:11……。
2:45:10……。
2:45:09……。』
潜地艇は地下を進み、半人工知能は与えられた作業を進行する。
その中で、バルトルト・ホーフェンは、文字通り、虚な心のままに茫然と画面を眺めていた。そこに思考も、思想もなかった。
だが、彼は魔術や他者による指令には忠実に動き、動作できる。
すべての【破損した兵器人間】を回収し、潜地艇の帰還設定を行ったのは彼であった。
潜地艇の半人工知能の指令が魔術結合によって彼に指令が与えられたのだ。
それが神経と精神を損耗した、彼の末路であった。
今の彼にはそれを理解する必要も無く、考える必要も無かった。必要の無い行動をとらない彼は、闇の中で、電子音と放電を行うブラウン管の画面をただ眺め、ただ呼吸をし、ただ生きていた。
潜地艇は同じく、指示された目的地へとただ向かう。
半人工知能も同じく、指示された作業を処理する。
この指示の元凶は、果たしてどのような意志を以て指示を行っているのか。
それがわかるのはまだ先のことであった。
【第一章一節 終】




