呪い
……………
『!!』
魔術結合が或人の手からまっすぐと飛ぶ。その『殺意の無い攻撃』に対して、栄光のジュンは自らの予知能力を作動させる。
『スパァアアンッ!』
超音速の動きによる衝撃波、残像を写す彼の回避により魔術結合は空を切る。
「まだだっ!」
或人は躊躇なく魔力を消費し、魔術結合を次々と放ちつつ、そのまっすぐと飛ぶ結合を大きく曲げるなど変化をつけてゆく。
彼の予知能力もまた、目の前の栄光のジュンと競り合うほどに優れていることを意味するように、相手の圧倒的速度に追いつきかける紙一重の攻撃を繰り広げる。
『スタタタタタァアアンッ!!』
栄光のジュンは額に汗をにじませて髪の毛や衣の端に魔術結合をかすめる魔術結合を『完璧に回避すること』へ集中していた。
それは先ほどのように『肩をかすめる程度の回避』を決して許さず、意図的に無理をしてまで回避を試みているのだ。
徐々に加速し、激しさを増していく攻撃に彼は冷徹な思考を巡らせていた。
――ここまでヤル奴だったとはね……! 実にいい予想外だ。
予知によってワタシの超音速の動きに先回りする形で対応しようとしている。
そしてこの魔術結合……。恐らく神経操作術式だ。さっきの力学操作術式とは変えてきている。
恐らく理由は二つ。
一つは消費の多さ。力学操作術式の方はとんでもない威力である代わりにヤツの扱えるギリギリまで魔力を消耗する。その後の一瞬は防御もおぼつかない。だが、神経操作術式は連射可能な消費量だ。
そして二つ目、奴はこの【神経操作術式】に『介入されない・解呪されることは無い』という自信を持っている。
当然だ、カリオストロを介して送られた『ナチどもの報告書』を見る限り、この術でヤツは『特異』の状態となった賀茂瀬里奈を一度無力化している。
この戦いで賀茂は介入術を得意とする行域に通じた術師であることは確認済み。その手練れをほぼ素人のヤツが無力化できたのだ……。『介入・解呪不可能』な術式であるということは明確。
彼がそう考える中、或人はその予知によって先回りした魔術結合を放つ。複雑に曲がる魔術結合は回避困難。相手の身体に巻き付く蛇のごとき攻撃である。
或人は渾身の一撃を操作しながら、予知能力へ集中を続けていた。
――これで回避は不能! 付着すれば、無力化は確実だっ! もっと、もっと曲がれッ、そしてヤツを捕らえるんだァッ!
『スパアアアンッ!!』
栄光のジュンは例によって予知能力でその攻撃を知っていた。
彼がとった回避行動は『飛ぶ』こと。
異常な筋肉の出力を誇る身体、そこから繰り出される垂直飛びもまた超音速。軽々脱出に成功する。
かに思われたが。
『ドガァアアアアアアアアアアアアンッ!!』
爆裂。
栄光のジュンによる超音速の動きを捕らえた魔術結合が発火したのだ。
「くッ!?」
「目に見える範囲ならヤれんだよ……!」
賀茂瀬里美が土砂の中からよろめいて立ち上がり、頭から流れる血を目の中に入れながらその瞳を見開いて言う。
それとほぼ同時、地面より一本の鎖が飛び出す。
『ドジャララッ!』
「何ッ!?」
鎖は爆発に一瞬動きを止めた栄光のジュンを捉える。
彼はその鎖の存在へ驚愕。
――地面に潜んでいたカッ! だが一本程度、視てからでも抜けられる……!
い、いやっ!? これは……!
彼が予知したのは四方向からの追加攻撃。
地面より飛び出したものとは別の鎖が三方より飛び込み、そして彼の脳天へ天空から飛来してくる、右腕に鎖を巻いた有馬。
どれだけ予知できようとも空中で身動きは精密にとることはできない。
『ジャラララッ!! ドガァアッ!』
拘束と殴打。
だが、本質はそこではない。この【連携】の本質は、それを予期し、作り上げた本人たる鳥羽或人の『神経操作術式』を確実に当てる点にあった。
栄光のジュンの顔を一撃、叩き込んだ有馬がすぐに叫ぶ。
「ブチかませっ! 或人ォぉおおっ!!」
或人は冷静に、その手を栄光のジュンへと向け、思考を紡ぎ出す。
――麻酔、眠り、ヒュプノス、ヒポクラテス、神経細胞チャネル、膜電位、塩化物イオン、カリウムイオン、イオン勾配、脂質膜、ラフト構造……。
『神経操作術麻酔物質生成術式』【ヒュプノスの一撃】
そして、半ば彼のトラウマとなっていた声がまたしても響く。だが、もはや彼は慣れ、そこに恐怖は無かった。
――『眠りの最奥を守りしもの。秘匿破りしものに石の末期を与えるもの。地下の牢に館を置くもの。大地の子らに甘美な夢を与えよ』
『カッ!』
魔術は一瞬で或人の手と栄光のジュンの頭部を結ぶ。
そして栄光のジュンの脳内に作用し、麻酔作用を引き起こすのだった。
だが。
「何っ!? なぜ……? なぜ奴は……!」
或人の疑問の声にこたえるように、にやりと笑みを浮かべた栄光のジュンが口を開く。
「単純な奴らめッ……! ククク!」
彼の魔術結合が付着した点、頭部、ちょうど額の位置には彼の『結界術』による小さな腕が数本、魔術結合を受け止めるように存在していた。
栄光のジュンは自らの『作戦』の成功に満足していた。
――ブラフと隠匿。それが、実力のある相手との勝負には必須……!
先ほどまで展開しようとしていたワタシの結界術式……。それを私の身体にごく薄い膜として隠匿法によって隠しながら維持していたことが功を奏した……!
そして、ワタシが奴の魔術結合に対して必死で、一度もかすらぬよう本気になることで、ヤツは最大の自信を持つ、無力化は不可能と信じ切った魔術を大一番で繰り出したッ!
このまま隠匿法を解除し、溜めに溜めた魔力を注ぎ、この結界を一気に広げる!
有馬、賀茂、或人、そしてそこでぶっ倒れている回収対象の怪人……。すべて一気にカタをつける……!
いつだって、この瞬間。この瞬間をワタシは求めているのだ……!
勝者と敗者に分かれ、勝者が敗者のすべてを『奪い取る』。この素晴らしき栄華の瞬間がッ!
ワタシは大好きだッ!
「最後の『天運』はやはりワタシに転がってきたようだなぁッ!!」
投げ網が一気に広がるかのように、彼の背中より無数の腕が一気に放出され、広がる。
それは天蓋のように、影としてその場にいる全員を覆いつくす。
或人の予知はこの攻撃に対する回避・対処方法を教える。
それは『存在しない』ということを。
彼らは万策尽きていた。
あと一秒もなく、一気に囚われ、身動き一つとれなくなる。
彼の予知はそれを教えていた。
だが。
――諦めはしない……ッ! もう、賢しくあきらめることは、絶対にしない!
有馬さんだって、賀茂さんだって、これっぽっちも諦めちゃあいない!
僕の感知が、その呪いの沸き上がるような、意志の力を感じ取っている!
そして僕の力も、沸き上がっている!
どうしようもない状況であることはこの場の全員が理解していた。魔術師としての能力に長けた彼ら全員が、その予知によって不可能を理解している。
そしてそれを理解したうえで、あきらめなかった。
彼らは各々、魔術を、魔力を、攻撃を、一瞬でも、一撃でも叩き込むべく全力を尽くしていたのだ。
そしてそれは、奇跡を手繰り寄せる。
『ブォオオオオオオオンッ!!』
「或人ォおおおお無事かぁああああっ!?」
エンジン音と、男性の叫び。
それは栄光のジュンの背後から鳴りひびいていた。
彼は予知にすら無い突如として発せられたその奇妙な音に、思わず振り向き声を漏らす。
「えぁっ!?」
『ドカァアアアッ!』
秘匿結界、内部と外部を『認識的』に隔てるその強力な結界の壁より、『浮遊する車』が全速力、全加速で突っ込んできた。
運転席に座る男、刑事『松谷ケンイチ』はとつぜん目の前に現れた奇妙な腕の海と謎の小男に驚愕しながら叫ぶ。
「うぉおおおっ!? 捕まれぇっ!」
彼がここに飛び込んだのは全くの偶然。
そもそもこの秘匿結界の内部と外部はどんな魔術師でも感知で突破することは不可能。
故に、栄光のジュンですらこの車の存在に気付くには『予知能力』しかなかった。
全く害意のない、『天災』。
横スピンしながら栄光のジュンにぶつかりつつ、『浮遊車』は遠ざかる。
その程度の衝撃によって受けるダメージなど当然無い。
だが、確かに車は致命的ともいえる隙を形成した。
栄光のジュンはこの戦いで得たはずの予知能力の革新、その技術をこの勝利が確定した場面において、油断によって忘れたのだ。
――しまった……!
いや、しかし、ワタシの結界術はこれしきで、これしきの事でッ!
『ズガガガガガガガガガガッ!』
栄光のジュンのもとへ、賀茂が魔力ある限りありったけの炎を叩き込む。
同時に、有馬が鎖へと魔力を送り、栄光のジュンに絡まる鎖が同時に四方へ彼の身体を引っ張る。
誰もが諦めないことによって一瞬の隙が拡張されてゆく。
結界の延伸がわずかに揺らぎ、或人の『溜め』に間に合う。
「間に合う……! 食らえぇええええええええっ!!」
「クソっ! 間に合わナイッ! 防御をッ……」
―― 『すべての動きを意味するもの。熱と力の境のもの。知恵と言葉の境のもの。切り裂け、抉れ、破壊せよ』
『ズドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!』
まっすぐと魔術結合は圧倒的な破壊の奔流を天を覆う結界へと叩き込み、貫く。
激しい光を伴ったレーザービームのごとき破壊の奔流が消え去るとともに、無数の腕による結界は影も形もなくなっていた。
残ったのはボコボコになった大地と、満身創痍の賀茂、有馬、怪人、そしてボロボロの浮遊車。
或人は膝をつく。限界ギリギリまで魔力を操り操作した反動か、全身に疲労感があった。彼の最大魔力量はまだまだ底がないものの、肉体の方が耐えがたい状態であった。
――感知には……。まだ、『栄光のジュン』が居る。まだ生きている……。それも『戦える状態』で……。
だめだ、ヤツを倒さなくては……。増田さんを守る……。松谷さんのためにも……。任務を全うするためにも……。
立ち上がろうとする或人。
だが、彼の感知は予想外の動きをキャッチする。
栄光のジュンは、数百メートル後方へと吹き飛ばされ、すぐに体勢を立て直し、こちらへ向け駆けこんでいた。
だが、ある時急に動きが止まり、その後すぐに逆方向、つまりは秘匿結界の外へと逃げるように去っていったのだ。
或人はこの理解不能な動きに対して驚愕と共に思わず声に出す。
「何……? なぜだ? なぜ、ヤツは栄光のジュンは秘匿結界の外へ逃げ出した!? お、追わなくちゃ……」
よろよろと立ち上がる或人。しかし、知覚に居た有馬が、彼の肩を抱きとめて言う。
「よせ。やめとけ……。追っても無駄だ。
奴ら『黄金の教示』を深追いするな……。奴らは少数精鋭ゆえに突如別の任務へ切り替えるときがある。恐らく今回もそれだ……。
いや、ただの気まぐれかもしれないし、これもまたブラフかもしれない。
だが、おれ達にそれを追う体力も魔力もチカラも無い。奴らの思惑に乗るしかない……」
「でも……」
「任務を優先しろ。ほら、お前が守り、お前が必死になった行動の『結果』が、今わかるんだ」
或人が、有馬に言われるままにふりかえる。
そこには車から降りて怪人を目にする、喫茶店の店主と松谷ケンイチの二人がいた。




