超える
……………
或人は目の前に横たわる怪人が微弱な魔力を発していることを知っていた。
まだ、怪人は生きている。
だがそれは、彼にとって希望を意味しなかった。
――さっきの夢で、よくわかった。
あの五人の人々は僕が殺した『怪人』の中の人々。増田太郎さん本人とその家族。
そうだ、僕は増田さんも含めて殺したんだ。
一つの身体に五人の肉体、五人の魂。混ざり合った一人分を僕は殺し、取り込んでいた。
僕は少なくとも、あの時、『魂』を食べていた。自分の中に取り入れて、自分の記憶のように読み取った。
僕に害意も殺意もなかったとはいえ、他人の記憶を、他人の夢を、他人の思考を、勝手に読み解き、勝手に自分のものとした。
それが、暴力でないはずがなかった。
僕は確実に二度、増田さんを殺した。
いや、二度ではないのかもしれない。見ればさきほどよりも増田さんはずっと弱っている。さきほどの『夢』もかなりハッキリしたものだった。
もしも、奪い取った『魂』の記憶の解像度と奪い取る数が比例するのならば……。僕は数人分を奪い取ったのかもしれない。
こんな、僕が、他人の命を。記憶を。魂を……。
罪悪感によって或人は万全の身体に戻ったというのに一歩として動けずにいた。
あきれた表情で、前方に立つ栄光のジュンが話始める。
「ヤレヤレ……。秘匿課になったとはいえ、結局のところ覚悟も気概もナシか。
キミの同僚はあの金剛破戒居士以外は何十人もの『違法』と断じた術師を殺し、巻き添えに何人か犠牲にしたことも、事故を起こしたこともある……。
マァ……。キミは『トクベツ』だから許されるさ。クックックック……」
嘲るように彼は笑い、足元や周囲の空間に広がる『たくさんの腕』の増幅する速度を加速させる。
そのまま、或人は腕の中へと飲み込まれていく。
抵抗することは無い。
もはや、彼にはそんなことはどうでもいいように思えたからだ。
――僕はバカだ。
増田さんを自分の身を挺して守りたいと、願っていながらその実、僕がほとんど傷つけていたようなものだ。
そうだ、増田さんがある程度、自我を取り戻しかけたというのも、僕の影響だった。
そして、それがなければ、増田さんはあの果てしない呪いの力で自身の身を守れた。砲弾一発であそこまで傷つくはずがない。
そのうえ僕は自らの身を挺することで、増田さんを死に近づけた。危険にさらした。
いいや、増田さんだけじゃない。『死』を振りまいたという栄光のジュンの発言からして、有馬さんや賀茂さん、そして松谷さんまで危険にさらしたのだ。
よく考えずとも、わかったはずだ。
僕が死ぬような目に遭うと危機が訪れる。
この魔力が覚醒したのも僕が、僕がトラックに轢かれて重傷を負ったから。あれは幻覚なんかじゃあなかった。
僕が、僕がすべて原因だ。
或人は茫然と立ち尽くして自らを囲っていく腕の海にうずもれてゆく。
日光さえも遮り、すべてを埋め尽くすような腕の海が見る見るうちに彼を埋め尽くし、自由を、思考を、希望を奪い去っていく。
だが、埋め尽くされかけた一筋の陽光。その光の中へ、火の玉のような赤い光が飛び込んできた。
空間の支配者、栄光のジュンはその光に対して舌打ちと共に叫ぶ。
「チッ……! 無駄なことを……! どんな術だろうと……。なっ……!?」
空間内を満たしかけた腕が一斉にその光へと手を伸ばす。
或人が見た、その光の正体は炎に包まれた賀茂瀬里美であった。
「発火の距離が近いほど、私の炎は威力を増すッ!」
『カッ!! ズドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!』
魔術結合で形作られた腕が、彼女を捕らえるよりも早く、彼女は自身を包む焔を爆発させた。
爆風と魔力の衝撃、結界を形成する腕が千切れ飛んでは消失してゆく。外殻として卵の殻のように空間を覆う外側の腕はまだ消えないが、内部の多くがこの一撃で消し飛ばされた。
これにより或人を埋めようとしていた腕の多くは消え、膝下ほどにまで後退。
そして、内部を埋めていた腕の消失により人二人がはいれる程度まで広がった上部の穴。
そこから鎖と共にガスマスクに上半身裸体の有馬がするりと或人の前へと降り立つ。
彼は栄光のジュンを見定め警戒しながらも、或人へ向け語る。
「加勢に来た。まずはここから出るぞ」
だが、或人は折れかけていた。
「有馬さん……。僕は……。僕は余計なことを……」
「ああ? 何言ってる? お前が居なけりゃ……」
『ズドガァアアアアアアアンッ!!』
賀茂による二発目の爆破。
空中に佇む彼女は既に、飛び上がり超音速の拳法を操る栄光のジュンとの戦いを始めていた。
結界内の腕も増幅し始めている。
「とにかく脱出だっ! 幾ら瀬里美でも結界内じゃ勝ち目はねぇ!」
有馬はそう言うと或人の身体を自分と鎖で結びつつ、右手から鎖を上部の入ってきた穴へと伸ばして一気に引っ張り上げる。
『ビュオオッ!』
ほぼ同時に有馬は激闘の中圧されつつある賀茂も腹部へと鎖を巻き付け引っ張る。
「ちょっと! 邪魔すんじゃ……」
「うるせぇ! ジリ貧助けてやったんだ、少しは感謝しろっボケェッ!」
「なにをっ! 魔力スカスカの雑魚のクセに一丁前の口をきくじゃない! いまアンタごと焼き尽くしてやるよッ!」
「勝手に焼いてみろってんだ。いまオレはそれどころじゃねえんだよっ、オラッ!」
有馬は結界から出ると賀茂を力いっぱい投げ飛ばし、自分たちは別方向に飛行してゆく。
そして彼は或人に言う。
「――何があったかは何となく察してる。見てはいた。
お前が、おそらくとんでもない無茶をやらかして、即死の見たこともない魔術結合を不本意に出し、結果として『怪人野郎』が自我も生命も死にかけてるってぐらいのことはな。
そんで今、お前は自分と仲間が必死こいて守ったモンを自分で台無しにしたことを恥じている。飽くまでもオレの憶測だが」
「……。はい……」
「『気休めの事実』を言うなら、この件はお前の責任じゃなく監督者であるオレと賀茂の責任だ。自己犠牲は必ずしもソイツだけの責任ではない。
組織というシステムがある限り、そうせざるを得ない、そうするべきと思うような状況を作り出した全員の責任だ」
「……でも僕は……。さっきも、足をすくませてしまった」
「んじゃあ、次は『厳しい精神論』をぶつけてやる。
だからどうした?
残念ながら殺したモンは変わらねえし、消えたモンは戻らねえ。
いいか、お前の無茶であの怪人野郎は死にかけている。
つまり、まだ死んでねえ、それは誰より感知に長けるお前が一番知っているハズだ。
――オレ達のシゴトは直接人を助ける事よりも手遅れで何人か死んで目の前で死にゆくこともザラにある。
一分一秒のタイミングで人の生死が変わる。
だが、それを後悔してる間に、また別の奴らの一分一秒が次々来るんだ……」
有馬はガスマスク越しに或人の目を見てまっすぐと語りつづける。
「今は後悔してる時間じゃねえし、後でも後悔に溺れるのは無意味だ。
否が応でも任務は発生し誰かがそれを請ける。オレや賀茂やお前が全員死のうと社会がある限り。
請けるヤツが居なけりゃ不適格なヤツが割を食い被害が増えるだけ……」
有馬は何かを思い出すようにそう語る。
そして彼はそのまま、地面に降り立ち、或人を前に降ろしつつ話を続ける。
「後悔するなら今後のパフォーマンスに生かせ。生かせないなら忘れちまえ。
――少なくとも今、お前が求めて、やるべきだと思うようなことは『動くこと』じゃあねェのか?
そうじゃなきゃ『栄光のジュン』をオレと賀茂と怪人野郎だけで倒すことになる。
確実に誰かは死ぬ。高い確率で全滅する。オレや賀茂はお前がそれを選択しても全然それで構わないし何とも思わん。その覚悟も織り込み済みでこの任務をしている……。
だが、お前はそうなりゃ、いま後悔している『お前が他人へ死を振り撒いて迷惑かけた』こと以上の迷惑とやらが仲間全員に振りかかると感じるんじゃアねぇの?」
或人はハッとして顔を上げる。
ガスマスクのガラス窓越しに見える有馬の表情は今までにない穏やかなものだった。
「――オレからすればお前は新人。それに志願して来たヤツですら無い。
さっき言ったように、お前の行動の責任の所在はオレたち監督者にあるし、お前はそもそも戦闘参加する必要もない見学者だ。
ただ突っ立ってオレたちに抱えられてたって何の問題もないし、当然のことだと思う」
そう言って有馬は或人の肩に手を置いて言う。
「だが、お前はそれで満足しないし、できないんじゃねーのか?
なら、お前はどうするんだ?」




