逸脱
……………
『ドザッ!』
口や頭部から煙を吹いて墜落する怪人。
だが、彼は空中で身体各部位を回転させ、ネコ科の獣のように着地。
すぐさま或人の方へと駆け出す。
『ギギッ……。ギシャンギシャアン!』
関節の一部や装甲が駆けるたびにぶつかり合う音を立て、破片が落ちる。
溢れ出る莫大な魔力を失った代わりに、効率的な魔力操作を得た怪人であったが、たちまち全身を包み込む砲弾の直撃には対応しきれなかった。
全身に痛々しいヒビが走り、黒いガソリンのような体液がこぼれている。
それでもなお、怪人は一目散に或人のもとへと駆けより、『ノコギリ人間』の接近に対応する。
或人へと一撃入れるべく全速力で迫ったノコギリ人間は両腕の回転ノコギリを、現れた怪人に差し向ける。
「クウウウァアアアッ!!」
『ギャリリリリリリリリリリィイッ!!』
怪人は自らの鋼鉄の右腕をノコギリに向け、ズタズタに引き裂かれる。彼は魔力でその腕を守ることをしていなかったのだ。
『ギギギギギギギギギィイイイイイッ!!』
ノコギリ人間の両腕へ、その奥へと怪人は右腕を押し込み、本体に近づく。
対するノコギリ人間も察したのか、怪人を押しのけようと必死に魔力を込め、刃の回転を加速する。
「クウゥアァアッ!!」
だが、怪人はその自らに備わった呪いを振り絞り、押し進む。そして渾身の魔力を込めた左腕の一撃を腹部に叩き込む。
『ドゴォオオオオンッ!』
まるで爆発のような一撃は爆風と共にノコギリ人間の腹をぶち抜き、風穴を開けた。
しかし、助けられた或人はいまだ危機が去っていないことを知っていた。
――だめだ……。間に合わない……! 僕が、避けなければ……!
或人は這いずるような動きで、治りかけの筋肉を無理矢理動かし、衝撃で折れた骨をきしませて動く。
その時。
『ドゴォオンッ!』
遠方より砲撃音。
そして、砲弾が風を切る音。
或人はその音を聞きながら次に起きることを予知する。
――砲撃の軌道は当然、僕を狙っている……!
もう一撃、増田さんが耐えられる保証は無い。
なにより、一撃受けてあの傷。
さっきの疾走速度もやや落ちていたし、魔力の残量も足りないからこそ右腕を犠牲に、『ノコギリ人間』を討った……!
増田さんの魔力はあの渾身の一撃で、大きく失われている……。異常なほど回復が早いとはいえ、この数秒の間に防御するまで魔力を回復することはできない。
或人の焦りの反面、怪人はスタスタと上空から迫る砲弾へ歩く。
その歩みは、あきらめか、勝利の確信か。
『ドゴォオオンッ!』
刹那、左腕を上空へ向け、手のひらを差し出した『怪人』。その手のひらよりやや小さな『砲弾』が発射される。
その砲撃は飛来する砲弾へと一直線で向かい。ぶつかり合うことで炸裂する。
『ズドガァアアアアアアアンッ!!』
或人は思いもよらぬその砲撃を見て、悟る。
――あの時だ……。さっき砲弾を身体で受け止めたとき、砲弾の一部を『食べたんだ』。
忘れかけていたが、増田さんには『食べた鉄製品の能力を発現する』魔術が施されていた。それで彼は砲撃ができるようになったんだ。
彼の理解をよそに、怪人はその場でそのまま砲撃を続ける。
『ドゴォオンッ! ドゴォオオンッ!』
連続で発射される砲弾。
しかし、その砲撃の軌道は遠方に位置する『野戦砲人間』からはややずれた位置に投下され、炸裂する。
『ドガアアンッ! ドガァアアッ!』
或人はその無意味な炸裂を見て、すぐに理解する。
怪人が或人ほどの感知能力と予知能力を持っておらず、野戦砲人間の位置へと正確に砲弾を射出することができないと。
相手の野戦砲人間による砲撃はそれを覚ってか、次々と砲弾を装填し発射する。
『ドガァアンッ! ドガァアンッ! ドガァアンッ!』
砲弾が連続して投射され、少しずつ位置とタイミングのずれがあることによって怪人による迎撃をすり抜ける砲弾が次々現れる。
それに対して或人は咄嗟に『魔術結合』を放つ。
『ドスンッ! ドスッドスッ』
砲弾となっている頭部は眠ったように目をつむり、そのまま大地に激突、不発弾となってめり込む。
『どすっ、ドスンッ、どがあああんっ、ドガガガッ! ……どすっ……』
野戦砲人間の砲撃を怪人と或人は次々無力化し、相手の魔力が底を尽きたことで砲撃の雨は止んだ。
その合間を縫うように素早く、或人はかすれた声で指示を送る。
「増田さん……。左腕を上げて……。そうです……。右にもう少し……。そこです……。そして上……。そう、そこ……! そこで今、全力を込めて撃ってください……! 『必ず』、当たります!」
怪人は無言で彼の指示に従い、合図とともに全身全霊、なけなしの魔力を込めた一撃を放火。
『ドゴォオオッ! ヒュルルルルルルルッ……!』
射出された砲弾。
或人はそこへ、ありったけの魔力を次々に放出。加速や強化を行っていく。
『ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!』
魔力を注がれた砲弾は、仮想物質生成の魔術で構成されているためか、どんどんと膨張。
一気にトラック一台分以上の巨大な砲弾へと変貌。
しかもその速度は遅くなるどころか加速。
空気の炸裂音さえも聞こえ始める。
対する野戦砲人間は不利を覚ったのか、両腕を一つの砲としていたのを急ぎ解除し、走って逃げだす。
だが、時すでに遅し。
或人はそのことさえも織り込み済みで加速と強化を加えていた。
彼の不安の強い性格である彼の吐く『必ず』にはそれなりの理由があったのだ。
『ズドガァアアアアアアアアアアアアアンッ!!』
炸裂。
発火は一瞬で爆炎を広げ、煙は一帯を覆い、野戦砲人間は業火に包まれる。
数メートルに及ぶクレーターを作り出す一撃。
兵器人間を一撃で屠るには十二分な火力であった。
『ドオオオオオオオッ!』
爆風が土石を含んで或人たちの元へと吹き荒れる。
直撃ではないにしろ今の或人にそれが激痛を催すことは確実。
だが動けない或人に為す術はない。
されども、彼がその熱と風、瓦礫に身を焦がすことはなかった。
「増田さん……。すみません……」
或人の前に立ち怪人がその爆風を受ける。
突き刺す熱と衝撃。振り注ぐ土石。
それは鋼鉄の身体を殴りつけ、砕けた装甲の隙間より怪人の身を焼き、怪人に身体のけいれんと激痛を促した。
だが、怪人はそれをジッと耐え。或人を守る。
或人は確信する。
そこに立つ怪人の精神は戻りつつあることを。
灼熱の爆風が過ぎ去ってから、或人は立ち上がろうともがきながら、目の前の怪人に語りかける。
「増田さん……。記憶が……。心が生き返ったんですね……」
「あ……。あががッ……。うぐっ……。俺は知らな……。いや……。わ、ワタ、私は……。私は……。いや……。もっと前に……。死んでいる……」
自らを抑えるようにけいれんし、怪人は関節を軋ませながらその場を去ろうと動く。
或人は回復しつつある身体を立ち上がらせ、その背を追おうとした。
その瞬間、或人は予知する。
「増田さん、逃げろッ!」
『キュイイイイイイイイイイッッ!!』
土石の下から現れた『ノコギリ人間』。
何たる偶然か、吹き飛んできた土がわずかに生きていた兵器人間の魔力を覆い隠し、奇襲のチャンスを作り出したのだ。
なけなしの魔力を全て注いだ回転ノコギリの一撃が怪人を襲う。
『バチュバチュブチュルウッ!!』
弾けるような音。
怪人が振り返ったそこには或人がノコギリ人間の前に立ちはだかり、胸と腹部へ深々と回転ノコギリを突き刺された様子があった。
或人はただ一言、背後の怪人へ向けて言う。
「逃げて……。くれ……!」
彼はそのまま全霊の魔力でノコギリ人間の頭部を殴りつける。
『ぱんっ』
ノコギリ人間の漆黒の頭部が弾け、同時に或人の意識も失われる。
そして、嵐と霧が再び来たる。




