意志と遺志
……………
―――――
その数分ほど前、人狼バルトルト・ホーフェンが再起不能になった頃のこと。
戦場となっている秘匿結界の地下数km地点に、『潜地艦』というべき彼らアーネンエルベの艦が泊まっていた。
狭い艦内には誰もいないが計器類は忙しなく動き続け、ブラウン管と思しきモニタには緑色で簡素なフォントのドイツ語が次々に表示されている。
その『潜地艦』に搭載された『レーダー機器』は数秒に一度、微弱な魔術結合を発信し、指定した『兵器人間』と『兵士』の身体・精神状態を監視しているのだ。
薄暗い艦内で孤独に光るモニタに、今の監視結果が表示される。
『小隊指揮者バルトルト・ホーフェンの脳・脊椎神経損傷度が指定値を超過。
自発的行動の停止を確認。
【コード・||赤】、【強制操作プロセス】の指定時間ループルーチンを開始。
また、【プロトコル||赤】に従い兵器人間三体への【自動任務指令】を開始します。』
その表示の後、潜地艦より魔術結合が地上の兵器人間たちへ送られる。
【霊魂操作術式】をともなう魔術結合。
そこには兵器人間たちのある程度の自律した行動を許可し【任務】に向けた指示が添えられている。
潜地艦に搭載されたコンピューターと”半“人工知能による各兵器人間の位置・身体情報の共有と指令。
これによってすべての兵器人間たちは言葉を介さずとも一つの意志にいつでも操られる。
感知能力を発揮できない地中においても地上の敵の位置を正確に把握することや、投射した『砲弾』の軌道を遠隔で正確に操作することなどが可能になったのだ。
そして、その“半”人工知能は、悪辣な害意によって、或人の動きを読み、彼を術中にハメた。
―――――
ニヤリ笑う『砲弾』は或人が伸ばす手をスルスルと離れてゆく。
だが。
「“ジャック”、掴んでくれッ!」
『ジャララッ!』
或人の号令と共に、彼の身体に巻き付く鎖がひとりでに動き、彼の腕から砲弾へと飛ぶ。
砲弾は鎖によって巻き付けられた。
「アギャッ!?」
歪んだ笑みを浮かべていた砲弾は叫びをあげ、すぐに爆裂すべく、魔術結合を操作し始める。
しかし、或人はとっさに魔術を詠唱。先に賀茂へと試みた『神経操作術式』である。
――今度こそ、今度こそ僕がやらねばならないんだ……!
思い出せ、麻酔の作用機序、眠りにまつわる伝承、ギリシャにおけるヒュプノス、医療におけるヒポクラテス、神経細胞チャネル、膜電位、塩化物イオン、カリウムイオン、イオン勾配、脂質膜、ラフト構造……。
『神経操作術麻酔物質生成術式』【ヒュプノスの一撃】
だが、またしても彼は自分のものではない声と共に、口から声を発する前に魔術がつむがれる。
――『眠りの最奥を守りしもの。秘匿破りしものに石の末期を与えるもの。地下の牢に館を置くもの。大地の子らに甘美な夢を与えよ』
「アガガッ……!?」
砲弾となった『野戦砲人間の切り離された頭部』に魔術結合がつながり、そのまま気絶させる。どうやら彼らは『生物』ではあるようだ。
そのまま『仮想物質』として構成された頭部は魔力が途絶え、その姿さえも消えかける。
だが、或人の魔力が魔術結合と鎖を介して『意図的に注がれ』、砲弾はそのままの姿を維持。
或人はそのまま鎖をつかみ、落下軌道を変えるべく砲弾と自身のおかれている回転の状態を彼の望む動きに変える。
――砲弾の爆裂は『内部の信管による作動』が引き金となるのが基本、信管は時限式じゃあないと思うから……。衝撃さえ与えれば爆裂するはずだ……!
時間がない、今、増田さんに向けて野戦砲人間とドリル人間が同時攻撃の機を伺っている……。
あとは、覚悟だけだ。
或人は広範な感知を維持しつつ、『時機』を図っていた。
そして。
「今だッ!」
『ズドガァアアアアアアアアアアアンン!』
爆裂。
しかし、その火力は賀茂瀬里美が発する火焔に匹敵。明らかに単なる砲弾の炸裂どころではない規模であった。
或人は必要以上の魔力を砲弾の術式に注ぎ込み、あまりにも乱雑な手法で術式を強化したのだ。それにより爆風の規模は異常拡大。空を覆うほどの爆炎と共に、鎖に包まれた或人が爆風で射出されていく。
鎖で身を守っているとはいえ、全身魔力防護を貫通する熱と衝撃に焼き裂かれた或人。
だが、彼はそれよりも感知によって戦場全てを見渡すことへ集中をしていた。
――賀茂瀬里美さんがこちらを見たが……。有馬さんがまだ引きつけてくれている……。時間はあまりない。
増田さんに狙いをすましている野戦砲人間は今ちょうど砲撃の準備を終え、砲撃をするところ。
ドリル人間はすでに地下に居るのか感知に掛からない……。
ノコギリ人間が起き上がって走っている。僕の着地よりは遅そうだが……。
僕に今できるのはもっと、もっと詳細に戦場を把握しこの落下軌道を変えるべきかどうかを毎瞬判断し続けること……!
増田さんの元に着地し、できることなら砲撃かドリルどちらかを受け止めること……!
シューシューと音を立てて身体の一部が泡立つような深い火傷を負っていることも忘れるほどに、或人は集中を深めていく。
彼が二週間という短期間で圧倒的な習熟を見せている魔力操作や感知の技量は、この集中力によるところが大きい。時として自身の限界を超え、肉体を破壊し、常人の数倍の負荷をかけて行うこの集中は、魔力に覚醒する以前より彼の『特性』としてあったものである。
だが、彼の肉体と精神はその過負荷に耐えるほど丈夫ではなく、ガソリンタンクの小ささに見合わぬモンスターエンジンを積んだ車のように生活を送るだけで心身の不調にあえぐものであった。それが彼の内向性や自尊心の乏しさの原因の一翼を担っていたのかもしれない。
しかし、彼の『過剰かつ暴走気味の集中力』は、彼の魔力覚醒による身体の異形化と魔術師への入門によって、才覚として表出した。
――なんだ……? 魔術結合……? 地面から、あの『兵器人間』たちへ、隠匿された魔術結合が一瞬付着しては消えている……。
そしてその異常な集中は並大抵の感知能力では発見し得ない、数秒おき、コンマ一秒以下の、高度に隠匿された魔術結合を遠隔から発見するに至った。
しかしながら、或人にはもう数秒の猶予もない。同じく怪人にも。
『ズガァアン!』
怪人へと野戦砲人間が『砲弾』を射撃。
そして或人はあと数秒の間もなく地面に激突。
相変わらずドリル人間の所在は不明。
或人に残されている選択肢は、野戦砲人間の砲弾を自ら身を挺して防ぐこと――焼けただれた肉体を更に破壊することだけである。




