悪運
……………
『ドガァアアアッ!』
或人は魔力弾を発射。
彼の驚異的な感知と予知が捕捉した【幽鬼】の位置へ正確に命中。
彼のできる限りの魔力を振り絞った一撃が効果法により力を『顕現』させる。
その力は【幽鬼】の爪へと影響し、その姿を形作る魔力と魔術結合をゆがませていた。
幽鬼・バルトルト・ホーフェンは自身の狂いかける精神の中でその変化がもたらす効果を察知する。
――この魔力弾! 速度もタイミングも精密性も厄介だが……。それ以上に……。
『八十八、二十五、四十八、六十一、三十二、代々木山公園西三十二丁目八十五番地二百号オリエンタルシード1階107号室村山、九十二、二十一、三十八、六十六、七十二、八十三』
くそっ、うるさい……!
【霊魂操作術】の効能が現れている。効果法としてはかなり粗いが、魔力量のせいで効果が発揮されているなっ! 霊体化した私の身体組成自体が魔力に影響され、適切な魔力操作ができなく……。
『熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い』
くそっ、正気を保て……。俺は、バルトルト・ホーフェン。アーネンエルベ特務中隊・兵器人間小隊第一親衛隊分隊所属の、|親衛隊兵長《SS-Rottenführer》……。
兵士としての二十余年の生涯の間に何人も魔術師共を葬ってきた。
この俺は物心ついた時から暗い穴倉のようなバンカーで戦いのみを教わり、人を殺すためだけに作り出されたのだ。
この程度の身体的不調ごとき、精神的不調ごときで……。俺の人生において歩くことと等しい人殺しができなくなるはずがないのだ……!
時期を、時節を待て……。
あの厄介な【鍵】を再び排除すれば、この【幽鬼】をギリギリ維持して任務目標を完了できるはずだ……!
彼は人生すべてを捧げてきた【殺し】という生業のため、魔力弾によってゆがめられた自らの爪、その形を保とうと魔力を沸き上がらせる。
『ドドドド……!』
次々と同じ魔力弾が撃ち込まれ、彼の霊体がそのたびに揺らぐ。
だがその爪、そしてもう片方の腕は【怪人】を捕らえ、その身動きを取れないようにがっしりとつかむ。怪人やその他の人々には見えない【幽鬼】はさながら金縛りの如く、怪人を捕らえていた。
或人が放った莫大な魔力の制圧を受けてもなお姿を維持し、あの【怪人】さえも拘束できるチカラを示しているのは、ひとえに、彼自身の異常な精神的強度によるものだった。
更に。
『ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ……!』
「ア……? ギギィッ!?」
怪人はわけも分からず胸に突き立てられる『兵器人間』の回転ノコギリがゆっくりと装甲を削り取り、奥へ奥へと浸透してゆく。
流石の怪人であれど拘束が長引けば魔力は失われる。そして幽鬼の拘束も締め付けによって魔力を削り始めていた。
魔力切れを起こした【怪人】は幾ら特殊な呪物とは言え、先の有馬が試みたように封印が可能となる状況。
猶予は無いのだ。
一方の或人は迷いの中、怪人の元へ駆け続ける。
――僕の魔力を受けてもあの姿は維持されている……!
やはり僕の魔力操作では術式をよく知らない【霊魂】に関わる効果は薄いのか……?
このまま突っ込むしかない!
僕が死ぬかもしれないが、あの人……。【増田太郎さん】はまだ死んではいけない人だ!
またしても或人は自ら犠牲になることをいとわず、まっすぐ走り抜ける。
そして彼は【幽鬼】が存在するであろう空間へ魔力をまとい、タックルを仕掛ける。
『ドガァアアッ!』
幽鬼は霊体が大きく揺らぎ、魔力が散る。
だが、しかし、幽鬼はこの時節を待っていた。そう長くは維持できない【幽鬼】の霊体を限界が見え始めるほどに維持することで。
――そこだッ! やはり、俺には悪運が向いているようだなッ!
守りを捨てて爪へと魔力を注ぎ、怪人の首元から或人の首へ向ける。
その動きは或人の魔力操作では追いつかない速度。
『ガキィイイン!』
――なにぃっ!? なぜ、なぜだ!?
幽鬼の爪は【鎖】によって阻まれる。
或人の全身を覆うように鎖が一瞬で巻き付き、幽鬼の魔力が先端に集中した爪の僅かな位置による攻撃は簡単に防がれてしまった。
遠方より、有馬の大声が響く。
「或人ォ! 案の定、無茶してるようだなぁ! 俺の『ジャック』を貸しておいてやる! テメェも警護対象だってのを忘れんじゃねえぞ!」
「有馬ァッ! 余裕ぶっこきやがって! 死ねぇえええっ!」
『ドガァアアン!』
賀茂瀬里美との戦いが続く音が響く。
或人は口の端に笑みを浮かべ叫ぶ。
「ありがとうございます!」
「気にすんなぁっ! 後でジュースでもおごれィッ!」
有馬の返答を聞きながら、或人は身にまとう魔力を指先へと集中。そのまま【幽鬼】を突き刺すように強力な一撃を叩き込む。
戦いとは必然性と緊急性の塊。故に人類は戦争を経て技術を発展させる足掛かりを得てきた。
或人もまた、この戦いの中、技術的成長を遂げ魔力の出力や操作を熟達してきた。
幽鬼の霊体は或人の研ぎ澄まされた魔力をスルリと差し込まれてゆき、魔力を大きく噴出霧散させる。
幽鬼はたまらず怪人を拘束するチカラを緩め、離脱を許す。
『ガギャアンッ!』
「アギギギャアアッ! 俺はっ……! 俺はぁアッ!」
解き放たれた怪人は、胸に突き立てられる回転ノコギリを刃ごと掴み、目の前の兵器人間を持ち上げる。
『ドガッシャアンッ!!』
そのまま地面に兵器人間を叩き付け、怪人は逃げ去るように飛び上がり走り出してゆく。
他方、或人は幽鬼への一撃、その手応えから二撃目の用意を左手に始めていた。
だが、その時、奇妙なことが起こる。
確かに感じられていた【幽鬼】の存在がパタリと消え去ったのだ。
――消えた!? 更に存在を薄めた……?
いや、違う。
慌てて或人は先に感知しておいた『繭となっている本体』の場所へ意識を集中、感知する。
彼がそこで感じ取ったのは生命活動を吹き返した『人狼』の姿。
だが、彼は同時にその人狼の様子がおかしいことにも気づく。




