怨嗟の列
……………
「いまのは……?」
或人は今しがた頭の中を駆け巡った不可思議な光景に困惑し一歩、後ずさりをする。
だが、他の影たちはとどまることなく彼のもとへと近づき、彼に体当たりするような勢いで触れては消えてゆく。
残る四体の影はその影の中に浮かぶ肉体の少なさからか、合わせてもわずかな【夢】のみを見せて消えてゆくのだった。
―――――
『親に似たのか、陰気で無口なヤツだった。せっかく俺が構ってやっても、何かを見透かしているようにじっと見つめるガキだった。気に入らない。目が笑っていない。俺にはわかる。お前が本当は、心の底では、見透かしているんだろう? だから逃げるように、去っていったんだろう?』
―――――
「これは……。増田さんの家族か……?」
誰もいなくなった嵐の荒野で、一人立つ或人はわずかに映った【夢】そして、先ほど見た【夢】の数々をつなぎ合わせ、増田太郎とその家族がたどった末路を知る。
――家族とつなぎ合わされ、生かされている。それがあの【姿】と【呪いの力】……。
それに強く恨まれる【神田四郎】と【楠田博士】……。怪人による最初の被害者本人とのちの被害者の親族だ。やはり有馬さんと松谷さんの推理は正しい。
【怪人・瓦斯倫男】は【増田太郎】とその家族で間違いないということか?
でも、そもそも、この場所とあの夢は一体……?
彼が残る謎に困惑し、また周囲を見回そうとしたとき、ピタリと風の音が止まり、霧が晴れてゆく。
「あれ……?」
彼はふと足元を確認すると、地面はボコボコと削れた様子で、すぐそばの足元になんと【栄光のジュン】が気絶して倒れていた。
「うわっ!? え!?」
彼が驚き退いたとき、周囲の霧は完全に晴れる。
それと同時に、『轟音』と『振動』が突然再生された映像のように彼の耳へと響き渡る。
『ドガァアアアアアアン!』
見ればそこには地面を駆け巡る『怪人』の姿。そしてそれを守るように並走するガスマスクを着けた有馬。
彼は或人を見つけると走りながら言う。
「或人! 何してたんだよオイ! まあいい、とにかく人狼野郎共を叩け! また賀茂が暴れ出してんだ!」
そう語る有馬は自らの予知によって背後からの攻撃を察知。
彼はすぐさま鎖を身に巻きつけ防御の態勢をとる。
『ドガァアン!』
爆発。しかしそれは『砲撃』。遥か先にひそむ【両腕が大砲となっている兵器人間】より放たれたものであった。
「ケッ、大したもんでもねーが、うっとうしい……!」
爆炎を振り払う彼はすぐに或人を向いて言う。
「お前はここから場所移れ、或人。
あっちで『人狼野郎』と賀茂がやり合っている。あのバカ加減を知らねーから、こっちにまで爆撃が飛んでくんだ」
「あ、え? 人狼……。『幽体』ではなく? それに怪人は何故――」
『ドガアアアアアン!!』
爆発、今度は先ほどよりもずっと大きい。そして、その後に『怒声』が着いていた。
「あったまにくる! あのオオカミ逃げやがった! いいよ! 全部燃やして、毛皮ごと消し炭にしてあげる、私を舐めたこと後悔させてあげる!」
賀茂瀬里美の激昂。
有馬はそちらとは反対を指差して或人に指示する。
「お前はアッチだ。怪人をサポートしろ。
アイツなんか突然正気になりかけてるんで、他の兵器野郎と戦っている。
――『幽体』に関しちゃおれらは分からんが、とにかく今、お前はヤツを手助けするんだ」
「は、はい」
或人はその指示を受け、決心とともに走り出す。同時に有馬も反対へと向かう。
一方、敵の元へと一人駆け抜ける怪人。
相対するは黒いフルフェイスヘルメットと黒革のコートをまとった、両腕が兵器の【兵器人間たち】。
『魔術によって生成された砲弾』が怪人の眼前に着弾する。
『ドガァアン!』
だが、怪人は跳躍により砲弾の炸裂に伴う爆風を飛び越える。
そして跳躍中の怪人へ、その機を待っていたとばかりに影が一筋飛込む。
兵器人間が一体、回転ノコギリとなった腕をギャリギャリとかき鳴らしながら怪人に向けて振り下ろした。
しかし。
「ジャ、まだッ!」
『ガギィイイイイイッ!』
怪人は叫びながら、自らに差し向けられた回転ノコギリをその鋼鉄の歯で噛み、ギャリギャリと削られながらもそのノコギリ刃もろとも食いちぎる。
荒々しくも研ぎ澄まされた魔力は効率的に怪人の身体を強化し鋼鉄製であろうノコギリ兵器人間の腕を肉のごとく引き裂いたのだ。
だが、兵器人間は無感情にもう片方の腕を振る。痛みも苦しみも彼らには無いと言わんばかりの動き。
そちらの腕は怪人の胸に直撃した。
『ギィイイイイイイイッ!』
怪人の胸に収まるエンジンのごとき鋼鉄の装甲を魔力を乗せた刃が削り続ける。それは着実に怪人の魔力を削っているが、当の怪人は全くそちらを気にしていなかった。
他方、その様子を見ながら参加しようと走っていた或人は、怪人の突然の停止、その理由を一人、理解して焦る。
――まさか、また、『ヤツ』が!?
さっきは敗けた……!
僕に、やれるのか……?
或人の脳裏に浮かぶ記憶。
夢か幻か、『首を切られ、絶命した記憶』。
そう、いま怪人の元へと『幽鬼』バルトルト・ホーフェンが見えざる妖怪となって迫っていたのだ。
或人は走る中で感知へと集中。
ここからやや離れた場所に『繭となった彼の肉体』が存在することを感じ取る。
確実にバルトルト・ホーフェンは『幽鬼』へと変身していた。
怪人はその気配をなんとなく察し、脅威に対する準備を整えていた。
しかし、彼の感知では幽鬼を正確に捉えることは難しく、ほとんど見えないに等しい。
見えざる幽鬼は今、まさに怪人の無防備な首へと爪をかけて魔力を込め始めていたのだ。




