異界
……………
『ズパァン!』
衝撃音とともに栄光のジュンは自らが張った結界を飛び出し、超音速の走りを見せる。
彼の踏みしめる一歩一歩が榴弾砲の炸裂のごとき破壊と衝撃を生みながら、風によって稀に舞い込んでくる『死の魔術結合』と地面から飛び出してくる『炎を纏った鎖』を次々に避けていく。
――宜しくないネぇ。この展開……。
鎖にまといついた炎の術式。避けても地面に残されている。
ワタシの魔力を多少なりとも削れる程度の火力が踏み抜いた瞬間に発せられる仕組みだが、それは本質では無い。
また『結界術』による拘束を狙っている……。術式を改変しつなぐことで結界にワタシを捕らえるつもりだ。
そしてその思惑が今、ワタシが理解していても対処することが難しい。
栄光のジュンは周囲の気配や魔力を探知するが、人の気配も魔力も一切無い。あるのは鎖が這い出す一瞬の魔力のみ。
――なぜならば、今、あの二人組が私の感知圏内に居ない。そして視界にも……。
恐らく地面の下に逃げている。
『風に乗って舞う死の魔術』から逃れるためと私の攻撃を避けるため。鎖使いは鎖自体に霊魂を付与し独立して感知能力を付与しているようだな……。
実に合理的。実に経験的。実に腹立たしく、実に面白い。
「ククク……。これだから秘匿課いじめはやめられない……。だが、この状況は宜しくない。『厄介な風』の方を叩くべきだね」
彼はそう独り言ちると一気に駆け出す。
向かうのは『風』の中心。うっそうと霧が立ちこめる見えない場所。
次々現れる『死の風』を避けながら、彼はその変化を覚る。
――中心がこちらへ向かっている?
ワタシの速度でも解るほどに素早い動きで中心もこちらへ近づいているようだ!
その証拠に魔術結合が現れるタイミングが早くなっている。
一応、隠匿法はしているのだが……。魔力に捉えられた感覚も無いのにどうやってこちらを認識している?
彼はその時、声を耳にする。
『同じ肉体、同じ魂、同じ記憶、同じ根、異なる意志……。
四つの呪、四つの魂、四つの頭、四つの身体、四つの右腕、四つの左腕、四つの右脚、四つの左脚……』
瞬間、霧の中に大きな影が見える。
人間と言うには余りにも大きく、歪な姿をした『何か』の影。
そして栄光のジュンはそこに溢れる魔力があることを察する。
――莫大な、魔力。そのすべてが自然と魔術結合に変化している!
明らかに『呪い』の作用だ。
他者や自己に向けられた感情が大きく蓄積され、魔力と感応し魔術を自然に生み出す作用。
だが、ここまで強力な呪い、そして言語不明の呪いとなれば……。この影の主は一体なんなのだ!?
だが、彼は落ち着き払ってすぐに攻撃態勢を整える。
「霧を散らしてあげるよ。ついでにキサマの命もネ」
『ヒュッスバババアッ!』
一呼吸のうちに栄光のジュンは無数の型から成る流麗な演舞を終える。そうすると彼の最後に突きだした拳より、魔術結合があふれるように勢い良く噴出。
全てをきり裂く旋風のような衝撃波が魔術として影へと向かう。
「!?ッ」
だが、彼はその時、一本の魔術結合が飛び込んでくるのを避けきれなかった。
否、避けることは不可能だったのだ。
何故ならば既にそこは『支配』の中。
有馬や賀茂による『結界』ではない。
その影の主が生み出した空間に取り込まれていたのだ。
彼の意識は揺らぎ、朦朧としてゆく。彼の放った術式は霧を少し晴らしたが、すぐに消え去ってしまった。
彼は力を失うように膝をつく。
――ここは、ドコだ……? さっきまでいた場所と違う、空間がゆがんでいる。
足元の土も……。ワタシが削った跡がいつの間にか消え、種類も違う。岩と砂……?
クソッ……!
いまのは即死の魔術結合ではないが、精神攻撃の類か……!?
『アルファをアルパーって言うタイプはZもゼータと読むけどZZをダブルゼータと読むかは分からないよな。俺はダブルゼータって読むけど。
ヒッチハイクするコック、ヒッチコック』
アタマの中に声が、また……! さっきと同じ声……?
『ニワカだって言う奴も居るが俺は宝物って呼んでいる。ハイゴックとケンプファー最高!
だが俺も昔はお前みたいな冒険主義だったんだが膝に総括を受けてしまってな。
この反動主義者がっ! しかしその姿誉れ高い』
アタマが変になりそうだ……。クソッ……! 意識が……!
奇妙な声が理解できない文言を垂れ流す中で、栄光のジュンは膝をつき、ゆっくりと冷たい地面に倒れる。
明らかにさっきまでいた場所とは異なる空間、異なる世界。
――世界の改変……? まさか……。『神格の来訪』が……?
彼の瞳が意識を失う直前にある一人の姿を映す。
それは五体満足でやや困惑した表情を浮かべた『鳥羽或人』だった。
「栄光のジュン……? 何故ここに、ここは……」
或人の問いに答えは返ってこない。
栄光のジュンはそのままぐにゃりとした地面に引きずり込まれ気絶したままその場から消え去ってしまった。




