暴風注意
……………
他方、爆撃続く前線のごとき場所。林であった面影は最早なく、ただ砲撃のような轟音と破壊が散発的に現れる荒野が秘匿結界のなかに形成されていた。
それは栄光のジュンと賀茂瀬里美、そして海川有馬による熟練した魔術師らの死合舞台である。
賀茂瀬里美はすでに、左肩から血を流しながらも溢れる魔力を術式に転換し炎と式神を操っていた。
血の滴る感触すら彼女には忘れられている。
何故ならば彼女は今、身動ぎするだけで衝撃波を放つ、文字通り超音速の敵と常に詰将棋をし続けるのだ。
――式神では追いきれない速度!
感知、予知を駆使しても傷を負う!
そして私と同じか、それ以上の魔力!
圧倒的な『格上』ってワケ?
彼女はギリッと音を立てて歯噛みする。
超音速の爆風が近づき、彼女へまっすぐと向かう。
「私をッ! 舐めんじゃあないッ!
祈願大凶 五塵式金剋木 急々如律令」
――『勘解由小路家秘伝・五塵式封印術式』
ほとばしる魔術結合は、ジュンがぶつかる寸前に彼のもとへと付着。効果を発揮する。
だが、勢いを殺すことはなく、賀茂は栄光のジュンが放つ超音速の蹴りを食らう。
『パヒュォオオオンッ!』
炸裂音と共に彼女が自らに施す強力な防護護符を超え、衝撃波が彼女を遥か先へと吹き飛ばす。
だが、栄光のジュンは追撃することなく立ち止まっていた。
彼の視界、魔力感知能力、そして筋肉の動きが全て『封印』を受けたのだ。
本来ならば喋ることも、周囲を感知することも不可能である壮絶な封印術式。
しかし、彼は平然とつぶやく。
「ほう、いい封印術だ。年季が入ってるがキミの手で改良もされているようだね……。面白い」
その隙を突くように地面から三本の鎖が栄光のジュンへと飛びだす。
――封印を見越して……?
意外にも連携に長けているのか。鎖を引きちぎることは難しい。だが、足止め程度の効果しか期待できないことは奴らも知っているハズ。
何を期待している……?
彼の身体に鎖が巻き付く。
封印と鎖、二つの拘束。二つの呪い。二つの憤怒。
栄光のジュンはその感情の奔流を肌で感じながら、せせら笑うように口角を歪める。彼の魔術結合が身体にまといつく封印へと入り込み『解呪』を施してゆき、魔術結合が薄らぐ。
――楽しみだ。『格下』が何をしてくれるのか、どうやってワタシを驚かせてくれるのか。そうして、どうやって圧倒的な力量差の前に絶望し、どうやって悔いるのか。
封印術式が解ける直前。
彼の身体に十二の腕がひたりと手のひらを付ける。
――なんだ? 魔力……。霊体か。
彼の感受した通り、その十二の腕は賀茂瀬里美による『冥道十二神』の式神である。
だが、式神たちに敵意はなく、害意もない。その行為自体が攻撃ではなかった。
栄光のジュンの封印術式が解ける。
彼はそのまま周囲の式神を一蹴しようと動き始める。
しかし。
『カッ!』
彼は復活した感知能力で理解する。
彼の周囲には巨大な魔術結合による紋章が刻まれていた。彼はその術式の意味を、彼の知識によって理解していた。
――陰陽五行……。八卦……。大陸由来の、日本魔術、『陰陽道』ならばワタシも理解可能。これは、十二の『贄』を利用した『封印結界術式』。
「このワタシに結界術式の勝負と来たか、ハハハ!」
その言葉を言い終わる前に、十二の式神は消失し紋章の魔術は効果を発揮する。
ドーム状の結界外殻が一瞬で形成され、結界は外界と隔絶。魔術結合で満ちた内部には回避不能の封印術式が栄光のジュンへと注がれる。
先ほどの比ではない圧倒的な拘束と感覚遮断。神経系に直接作用する浸食は数秒の内に彼の中枢神経系へと侵攻。
だが、そこで侵攻は止まる。
そして次の数秒で神経系より魔術結合は除去され、もう数秒で身体内のすべての魔術結合が解呪される。
彼の足元に『彼が紡ぎ出した結界術式』が展開され始め、周囲の魔術結合と押し合い、逆に彼が浸食を始めたのだった。
「多少、結界術の心得があるといって『世界最高峰の結界術師』の一人を単独で相手にすることは部の悪い賭けだ。
――そして、キミたちは当然、そのことを理解している。ゆえに次の手がある」
栄光のジュンは確かに二人を格下として見下している。だが、同時に『魔界府秘匿一課』としての実力を信用してもいた。
その予想は案の定的中。結界の魔術式は変質をはじめる。
彼にはそこに関わる者達の感情を直に感じとる。
――有馬とかいう男と賀茂という二重人格のヤツが同時に結界術へ関与している。片方が結界維持を担当しワタシの結界との押し合いを制御、もう片方が術式改変を担当し封印術式を攻撃に転化しつつ魔力を注入……。
二人とも結界術師としての力量は十分なようだな。
「楽しめるネぇ」
彼の足元にある結界術式より、無数の『腕』が現れる。それは魔術結合によって生み出された『虚像』、彼の意志を仮託したモノである。それらは結界術式からうごめくように這い出て、直接結界を侵食する。そのとき。
『ドガァアアアアアアアン! ドガガガガガガガ……!』
爆裂。絶え間ない爆発は彼の肉体へ直接ダメージを及ぼそうと圧力と衝撃を与える。結界内部の術式が変容し不可避の攻撃を仕掛けてきたのだ。
あふれるような腕の集合が彼の身体を守るように、彼の結界を満たし、爆撃の中でも結界を侵食する。
『ドガァッシャアアン!』
爆撃に一本一本の腕が引きちぎれ、術式として消失する。だが、それ以上のペースで腕は湧き出し、押し出してゆく。
爆撃は荒々しく、腕を引きちぎるが、腕はじっくりと、蛇のように爆撃を押していく。
結界の崩壊は時間の問題であった。
「ちょっと有馬! もう結界なんてどうでもいいじゃない! さっさと爆破よ!」
結界の外では魔術結合で結界を維持・変容しあう賀茂と有馬の言い争いが展開していた。
内部のジュンは二人が協力と分担によって結界を運用していると予想していたがそれは全く違う。二人は結界をどのように利用するかで対立し、自分自身の術式を押し付けあっていたのだ。
ガスマスクの有馬がくぐもった声を荒げて叫ぶ。
「うるっせえぇえっ! 爆破したところでどうするってんだよッ! てめえっ! 少しは内部のヤツを弱らせてから言えやボケッ! それとも、いつも俺みたいな魔力量で数千倍も差があるヤツに負けすぎて遂に格上との戦いすらもわかんなくなったかァ~?!
つうことは俺のがこのテの相手には有用な考え方ができるってことだッ! テメエは黙っとけ頭の足りねえスカタンがッ!」
「テメエの作った結界術じゃあねーだろっ! 魔力の足りねえ小手先のザコがあああああ!」
二人の怒りのボルテージが上がることで何とか結界の強度が維持できているものの、浸食は止まらない。このまま足止めを数十秒続けることしか彼らにできることはなかった。
だが、二人は同時に感じとる。
「「!?ッ」」
そして二人ははるか後方から来る『風』の脅威から逃れるため、一目散に結界術から離れる。
『ガシャアアアアン!』
「なんだ、あきらめてしまったのか……?」
二人が離れた瞬間に結界は崩壊。栄光のジュンが無数の腕を日の元へさらす。
その瞬間、彼は察知する。
――なんだ!? 風!? 力学操作術式……。否、自然の大気が作る風だッ!
だが、それに乗って何かが来る!
一秒の間もなく、魔術結合が彼の元へと飛び込んでくる。
その結合は或人の首から噴き出した『呪い』あふれ出す魔力が生み出した誰も知らない言葉による魔術。
ジュンの『結界』が彼を守るように収縮し、無数の腕が魔術結合をつかみ取る。
『ススス……』
「何ィイイイイイッ!?」
魔術結合はするりと腕をすり抜ける。
いや、すり抜けているのではない最低限度の破壊、解けたバターにバターナイフを落とすような形で『するり』と滑り込んだのだ。
彼はそのことを即座に悟り、おそらく彼が人生の中で初めてというべき『危機感』を覚えて、大きく回避した。
――これは、『死』だ! 死、そのものがここにあるのだッ!
魔術結合を何とか回避した彼は、『攻撃』を察知する。
彼の瞳には『炎に燃える鎖』が映っていた。




