死の風と怪人
……………
『グワンッ!』
「うお!? ――或人、まさか?」
風によって大きく車体が揺れる。
思わず背後を見た松谷だったが、車はすでに【秘匿結界】を抜け、その背後は単なる林の風景が映るのみであった。
――『松谷さんは僕に気にせず【喫茶店のマスター】を』とアイツは言った。
確かに俺にできることはこれだけだ、マスターを連れてきても奴が正気を取り戻す確証は全くないが、あそこに俺が居ても足手まといになるだけ。
だから俺がこうなるのは合理的だ。わかっている。
わかっているが……。
自分の息子ぐらいの年齢でもおかしくないヤツが命を軽々と張っているのをただ見ているのは忍びない……。
「死ぬなよ、或人」
松谷はアクセルをふかして、一気に速度を上げていく。
―――――
「はっ?」
或人の首は胴体から離れ、血が噴き出す。
ひっくり返っていく視界。感覚のない首から下。痛みというよりも失われた感覚が強い。
彼の感知能力が彼自身の状態を伝える。
すぐさま彼の意識は失われ始め、彼は数週間ぶりの【感触】を思い出す。
――何かがあふれ出す。いや、これは魔力……。僕の身体、脳髄から、魔力があふれ出してくる……!
『風が来る。風が来る。お前たちをすべて攫う風が来る。隠れろ、逃げろ、慈悲はない。狂乱を呼ぶ風が来る。嵐の中を死が渡る』
一方の幽鬼は自ら首を落とした肉体から、溢れ出す魔力を視て何かを覚る。それは半死半生となっている今の状態だからこそ理解感覚であった。
――この魔力、いや、紡がれ始めている『魔術』は……!?
『またしても見る、懐かしい感覚』
『ああ、冷たい、やっとだ、やっと冷たくなってくれた』
『テケリ・リ、テケリ・リ』
『死だ! 死がそこにある!』
回避、回避しなくては!!
だが、首が落ちた場所より溢れる魔術結合は幽鬼よりも素早く、その居場所へと向かい始めていた。
幽鬼にはわかる、それが触れるだけで死をもたらすものだということが。解呪不能、理解不能、解読不能、言語不明の速攻。
しかし、幽鬼は悪運だけは強い男だった。
彼の30余年という『人狼部隊員』としては比較的長い生涯のなかで『特異』とぶつかり、逃げ果せた事は実に二回。
片方は『他違法魔術師の乱入と相手側の混乱』、もう片方は『相手側の不注意と彼の機転』により命だけは助かった。
彼はすでに組織内で最も生存に長けた兵士と見做され、上官の大切な駒であり、彼自身を含めた兵士全員の恥であった。
――ついに、来たか。俺の番が。
『そうだ、死が来た。お前の待ち望む死が来た』
『俺が待ち望む死が来た』
どうせ寿命が設定された身。戦いの中で果てたい。
『どうせならば名誉ある死を』
『どうせならば素晴らしき死を』
『俺は一つになる』
『お前は一つになる』
そして俺は消え去る。
そしてお前は消え去る。
だが、任務は、遂行せねばならない。
『ドガァアアアアアン!!』
その刹那、幽鬼の『本体』。繭となり、生命活動のほとんどを休止し、仮死状態となっていた元の肉体へ『怪人』の身体がぶつかった。
その痛みが、幽鬼の中で混濁しかけた『バルトルト・ホーフェン』の意識を覚醒させ。自らの『術式』を解除するに至る。
そして、幽鬼は霧散し、或人の身体から発せられた魔術結合の紐は虚空へと飛んでゆく。
怪人に押され、繭のような腹部が砕けた肉体がすぐに人狼のものへと戻り、生気を取り戻した彼がよろめき立ち上がりながら叫ぶ。
「アアアッ!? ハッ、ハァ……! ハハハッ……! ハハハハハハ!!
生きている! 俺は……。クソッ! 任務遂行だッ!」
眼前には怪人、だが彼はすぐにそれを攻撃しなかった。
仮死状態よりの復活ながら、彼の神経は冴え渡り、背後に存在する『或人の死体』から飛び込んでくる『魔術結合』の存在を覚っていたのだ。
彼が大きく身をかわした瞬間、魔術結合が怪人の元へと付着する。
――魔術結合が『試作品』に付着!
『壊れる』か……。だが、任務の目的は回収。
最低限術式と機構が分かれば壊れていようと問題ない。
バルトルト・ホーフェンの『悪運』はまたしても彼の命を助けたのだ。彼の望まぬ形で。
「ウグォガッ!!」
魔術結合が付着した怪人は、一瞬ビクリとけいれんし、大きく魔力を喪失。
だが次の瞬間、怪人は飛ぶように起き上がり、バルトルトの方を向くと腕を振り上げる。
「何ィ!?」
『ガキィイイイン! ギリッ……! ギリッ……!』
バルトルトは怪人の膂力に押されながら、その違和感に気づく。
――魔力操作が精密化している……?
先程までの暴走とは異なる……!
逆に魔力の総量が減っている!
何が起きた? まさか……!
彼の困惑と洞察を裏付けるように、目の前の怪人が口を開く。
「マツタニ……! 待っていろ……! 俺が……! 私は違う……! 黙れ……! 俺は、お前は、私は……!」
――自我が戻り始めている!? 否、さっきの魔術結合でヤツの中の一人が『死んだ』のだ!
呪いの力が弱まると共にヤツの精神的負荷が減った!
今の俺には理解可能!
精神の混濁、混合から解放されゆく者の感触が!
バルトルト・ホーフェンはためらいなく怪人の攻撃を防御する腕の魔力を減らし、自身の左腕へその分の魔力を注ぐことで全霊の攻撃を敢行。
右腕は怪人の魔力により無数の傷を受ける。
だが、怪人の顔はガラ空き。
『ズガキィイイン!』
「!」
クリーンヒットの感触、鋼鉄の仮面が砕け、膨れ上がった肉が見える。
だが、バルトルトはその首元に魔力がたまりつつあることを察知する。
瞬間。
『ギャルギャルギャルゥッ!!』
頭部が横に高速回転。砕けた鋼鉄の仮面が刃としてバルトルトの腕を巻き込み、2メートルほどの巨大な人狼の肉体ごと持ち上げて振り回す。
――魔力操作が『秘匿一課』とやり合っている時ほどに高まっている!
私だけでは同等、もしくはそれ以上の戦いを!
『ズガアアアアン!!』
投げ出されたバルトルトは地面に激突。
怪人は攻撃の手を緩めない。
だが、当のバルトルトは口を開き、巨大な咆哮をあげた。
「グオオオオオオオオウッ! ガアアアア!」
獣の唸り声としか思えぬ叫び。
それは単なる抵抗の印か。
怪人は無慈悲に追撃を下す。
『ドガァアアン!』
爆発音。
それは怪人に対する『砲撃』。
はるか先で怪人に狙いを定めるバルトルトの『兵器人間』が放った一撃。
そして残る二体の兵器人間が、煙のなかに潜む怪人へ牙を剥く。
バルトルトの咆哮により支配される三体の『手駒』である。




