怨霊は招かれ来りて
……………
或人のベッドを押す森やそれに追従する課長は激しい爆発に包まれた仲間と思われる人々、果てには追ってくる五人の奇襲者たちにすら一瞥もくれず、真っ直ぐ護送車へ向かう。
或人はそれにやや動揺を見せて口走る。
「な、仲間の人が……!」
課長がすぐに答える。
「問題ない。彼らはそれが仕事――それにあの程度でどうこうなるものではない」
その言葉に呼応するかのように、爆炎を鎖で振り払い、有馬がほとんど無傷の姿で現れる。
彼は右腕を振り上げて叫んでいた。
「お前たち行けぇッ! 雑魚どもを揉んでやれ!」
空中から右手の鎖を四本飛ばす。
鎖は生き物の如く一本一本がひとりでに動き、或人のもとへと飛び掛かっていく謎の人物たちを絡め取るように二名捕まえる。
「チッ! ちょこまかと……! ウガッ!」
他の三名にも鎖をけしかけている中で彼は突然、背後にぐいと鎖を引かれ、行動を邪魔される。
彼が捕らえていた神父が脳震盪から立ち直り、首に巻かれる鎖を解き始めていたのだ。
「力比べだ魔術師……!」
「首輪付きの犬っコロなんぞに引き負けるかよアホウ!」
有馬が神父への対応に追われる一方、彼の鎖を抜けた男女三人は一気に或人達との距離を詰め、何やら各々が呪文めいた言葉や手印、鈴などを鳴らし始めていた。
それでもなお、或人を運ぶ森と課長はそれらに目もくれずに真っ直ぐ護送車へ向かう。
追いすがる三人のうちの一人、赤いモヒカンヘアを高さ三十センチ近いトゲのように整える特徴的な髪形、無数の火傷痕が刻まれる上半身裸の上に、赤い革ジャンを身に纏う姿が印象的な男性が絶叫にも似た笑い声と共に叫ぶ。
「ヒョッホォ! 『鍵』の賞金はオレが頂くぜェ~い。ハッ! 芸術はぁ~↑爆発だァアアアッ!!」
叫びに呼応し、その男性の手からまたしても『言葉の紐』が飛び出し、或人たちの方へ飛び込んでくる。
或人にはその『言葉の紐』が『爆発』することが分かった。
――あれが、超常現象の原因……。そして奴の『紐』は爆発する……! ってなぜ僕にこんな事が分かる!?
彼の困惑をよそに、『紐』は近づき高熱を発する。
『ズガァアアアアアアアアアン!』
爆発は或人のみを避けるように広がり、爆風すらも彼にはかからない。全く持って不自然な爆発は森と課長だけを的確に吹き飛ばし、黒煙を噴き上げている。術者の男は笑い声を高らかに上げる。
「ヒャッハアァアアアアア! ロースト二丁上がぁ〜りッ!」
モヒカン男はそのまま煙の上がる爆破地点の中へ飛び込もうと邁進する。
クレーターができた地面からは融解した下水管の鋼片が水に触れてシューシューと鳴りたてる音が響き、或人を覆い隠すような煙が上がっている。人体が助かる筈のない超高温と衝撃がそこに巻き起こったことをありありと示しているのだ。
だが、その煙の中から突然大きな左腕が現れ、男の顔面に正拳突きを叩き込んだ。
『バキィッ!』
「あバぷッ!!?」
煙の中から現れたのは右手に金剛杵を持つ仁王。
恐るべき速さで爆発から課長たちを庇ったそれは、ところどころ焼け爛れながらも痛みを感じていない様子で機敏に動く。
モヒカンの男は鼻をへし折られ人形のように力なく後方へ吹っ飛んでいく。
男に続き煙の中へと迫っていた女性が驚きとともに足を止める。彼女の顔の横を白目を剥いたモヒカン男が過ぎ去っていった。
「なっ!?」
彼女に向けてゆっくりと仁王は頭を向けた。
だが彼女はすぐに持っていた鈴を鳴らす。そこからは『言葉の紐』が出現。
それは『笑みを浮かべる顔が付いた球』へと姿を変え、すぐに仁王へと発射される。
彼女の瞳は闘志に溢れ、その内には勝算があった。
――距離は2メートル弱……。あのイカれ野郎が爆発で削り、先行して飛び込んだおかげで相手につけ入る隙がある……!
今回の球が示す『顔』は『笑み』、これなら『接触条件』以外の条件を満たさずとも高強度の効果が発揮できそう。
とすると、距離は若干あるけれど、やはり『拘束系の術式』で時間を稼ぐ。相手はおそらくは『霊体』。なら『介入術式』で対抗する。
相手の術式体系は中古平安期の日本語と漢籍が言語として利用されているところや儀式理論体系の内容からおそらく『陰陽道』。それもかなり古い出典の術。
だが反面有名な術式ということ。この姿は仁王。いや、仏典が使われている……!
薬師十二神将……? その上で陰陽術式ということは……!
どうりで高い強度……。おそらく二体一対の式神で合体し強化される。あの爆発を直撃して尚もモヒカンを一蹴するということは既に合体済みと考えるのが道理!
この式神さえ止めれば私に勝機がある――
仁王を構成する言葉の紐に目を光らせつつ、延々と長い分析を続ける彼女が放ったその球は、まっすぐ仁王へ向かう。
それは避けられない速度で腹の中心を捉え確実に仁王とぶつかった。
『ズズズズ……!』
球に示される笑みは凶悪さを増すかのように口角を上げ、口から網の目のごとく言葉の紐を広げ仁王の全身に癒着させる。その紐によって仁王の身体は糸人形が紐解かれるように、言葉の紐へと崩れ去っていく。
鈴を持った女性は笑みを浮かべ叫ぶ。
「――勝ったッ!」
だが次の瞬間、煙の中より鋭い槍が伸びてきて彼女の胸に矛先が突き立てられる。
『ズォオオオ! ドガッ!』
「あぁあ!?」
――仁王……!
二体目が『統合』されていない!?
あの爆発を分裂した状態で防いでなお、この強度……!?
鋭い槍先に突かれたにも関わらず、彼女に刺し傷はない。だが彼女は槍の勢いを受けて後方へ吹き飛んでいく。
『ぱりん』
同時に、彼女の放った笑顔の球体も、捕らえたはずの仁王の抵抗によって殴られ、あっけなく軽い音をたててはじけ飛んだ。仁王の解けかけた言葉の紐もすぐ元に戻る。
他方、煙を迂回した最後の一人、白く長い顎鬚が特徴的な、真冬の北海道に似つかわしくないTシャツ姿の老爺が笑い声をあげ、仁王によって突き飛ばされゆく女性を横目に語る。
「ひょほほっ! 『感知』と『予知』に欠けた馬鹿どもめッ! 最後に勝つのは努力家のみっ……!」
その老爺は二体の式神が女性に手間取っている隙を突き、気配を影のごとく消して煙を抜け、今遂に或人の姿をその目に捉えたのだ。
彼は即座に手で幾つかの印を結び、『言葉の紐』を紡ぎ出して、口を開く。
しかし、その瞬間、女性の声が遮るように響く。
「土生金、祈願凶兆・救急如律令!」
『ドガァアアッ!』
突如、地面の雪を割り砕いて鉄の棒が現れる。老爺はその出現を予測したかのように予め視線を地面に向けていた。
――速いっ! 霊符無しでこの魔力! だがワシとて予知っ!
『サッ!』
老爺は事前に棒の出現を知っており、ぶつからぬ位置へ足を既に置いていた、そのまま彼は駆け抜ける。
『ドガァァッ! ドガァッ! ドガガガガガガ!』
次々と現れる棒をまるで未来を見ているかのように躱す、幾年月も重ねたその姿からは考えられない流麗で無駄の無い、そして力強い動きであり、華麗に或人の下へと老爺が迫る。
――ワシの『魔力操作技量』を見誤ったなぁっ! 姿も知れぬ『陰陽師』よ!
所詮は遠隔攻撃専門、彼奴も式神頼りでは無いにせよ、幾星霜前線に居続けたワシには……。
『ヒュオッ!』
その瞬間、老爺の死角より霊符を持った女性が飛び出してそのまま殴りかかる。
老爺は拳のぶつかる一瞬前にそれを察知し慄然とする。
――ワシの『感知』に引っ掛からない……!?
ワシら以上の『魔力隠匿技量《技前》』……!
式神使いが五行操作霊符を持って肉弾戦!?
今までの全てが罠!
チカラを見誤ったのは、ワシの……。
『ドグォォオオオンッ!!』
「アバーっ!」
老爺は、相手の拳に握られた霊符による『爆発』と共に数十メートル遥か後方へと吹き飛んで行く。
或人の隣を走る『課長』は吹き飛んでゆく老爺に目もくれず、現れたその女性に向けてすぐに指示を出す。
「賀茂、式神を攻撃に回して護衛に参加しろ。『大物』が来る」
賀茂と呼ばれた巫女服の女性はちょっと慌てた様子で返事する。
「えぁっ、は、はい!」
彼女の返事を聞いた課長はすぐさま上空に目を向け、有馬が鎖で捕らえた神父と二人の男たちと殴り合っている姿を確認する。
『サヒュッ』
次の瞬間に課長は軽い風を切る音をたて、姿を消す。
そして有馬の近く、上空に姿を現し、しなやかな腕をゆっくりとした動きで振るう。
『サン……』
衣擦れのような柔らかい音と共に、一瞬で鎖に繋がれた敵三人の身体には幾つもの大きな切り傷が現れ、抵抗力を失う。
課長は有馬へ言う。
「傭兵共の拘束を解いて捨てろ、我々の任務は護送。捕縛は二課の任務だ。まぁ、殺しても構わんが」
「ちぇっ。へいへい、わかりやした」
有馬がそう言うと彼の指と繋がる鎖は、捕らえた三人を地面に投げ落とし、勢いよく叩きつけた。
『ドガガガァンッ!』
敵を捨てた有馬と課長は上空にて周囲の警戒を始める。
彼らの眼下では森がいそいそと護衛対象・或人を護送車に向けて移送していた。
当の或人は状況を把握するだけでも困難な、毎秒何かしらの衝撃波と轟音響く戦場をベッドにしがみつきつつ見回していた。
彼の傍にいる賀茂は木片を投げては呪文を唱え、炎の蛇を操るとともに、彼女が呼び出した二体の仁王も、すぐに立ち直りボロボロになりながら何度も迫りくる老人や赤モヒカンの者たちに対して大立ち回りを披露している。
そうして周囲を見回す中、或人は唐突にも再び、自分でも理解しがたい『直感』を覚えた。
――来る……?! 何が!?
彼が直感のままに目を向けた先、雲のかかる空の果て、遠くから真っ直ぐと近づいて来る龍のような影があった。
影はみるみる大きくなり、すぐさま彼の目にも仔細まで確認できるほどに大きく、そして近くなった。
それは六つの目を持ちそれぞれが爛々とした黄色と赤で構成される血走った眼光を持ち、口角を上げながら大きく開いた口の中には人間の形をしたイボのようなものが無数にあり、人間の手のようなうごめく触手を彼へと向けていた。
それは明らかに生物ではない巨大なバケモノであった。
しかも、バケモノは一体ではない。
四方八方から高速で同じように生物からはかけ離れた異形の怪異たち、人の顔を持った三メートル近い巨体を持つムカデ、無数の目玉がイボのように生い茂るクラゲのようなモノ、頭も下半身も無い腕だけで這い回る人間の上半身たちなどが各々、彼だけを見て一直線に向かってくる。
「これは……!?」
彼の人生では想像もしなかった、非現実的存在を前にそう口から零すことしかできない。
その時、周囲を警戒していた賀茂や有馬、森に至るまでの人々が一斉に呪文や手印を行い『言葉の紐』を紡ぎ出す。
課長は叫ぶ。
「一気に蹴散らすぞッ!」
『ゴオオオオオオオオオオッ!』
魔術師たちがほぼ同時に発した雷轟の如き連続する衝撃波と音に応じて怪異たちが次々と爆発霧散し消え去っていく。
長大な鎖による鞭打ち。
仁王の雷撃と自在に伸びる槍による殴打。
霊符と呪文、木片による爆発と火焔の蛇。
森の繰り出す『言葉の紐』に触れた事による消失。
そして課長の目にも留まらぬ速さの斬撃。
それら各々の超常的攻撃によって一片の残骸も残らず怪異たちが煙のように雲散霧消していく姿は、それらが物理的・物質的存在とは異なり、言うなれば『霊』のような超常的存在であることを示唆していた。
だが、或人はそんなことに思いを馳せている場合ではなかった。
彼が、いの一番に見つけた『異形の龍』はジェット機の如き速さでこちらに飛んできていながら、地を滑らかに爬行する蛇のごとく全ての攻撃をすり抜ける。まるで全てを予期していたように。
その緩急の付いた動きは残像さえも彼の視界に残した。
「くっ! させるかッ!!」
『スサササッ……!』
課長の声と共に無数の、空を切りさく衝撃波がほとばしる。
だが、異形の龍は巨体に似合わぬ精密さでそれを避けているのか、背後の木々が粉々になるのみ。
すべてを軽々避け、龍は迫る。
トンネルのような口を大きく開いたそれが或人と激突するまであと、数秒も無い。
『ドガァアアアアアアアアアアアアアアン!』




