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日本国魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課  作者: 臆病虚弱
第一章・第一節 【兵器人間は人の夢を見るか? Do cyborgs dream of human ?】
48/54

感応と距離

     ……………


     ―――――


 その日或人は、金剛破戒居士の運営する寺院の広い道場のような場所で、修行に打ち込んでいた。


想像(イメージ)だ。【魔力操作】による効果の表出にはひとえに想像することが重要なのだ」


 そう語る金剛は腕組みをしながら或人の回りを歩いている。


 一方の或人は身体の前に出した自身の両手に魔力を集中させながら、一心不乱というべき様子で頭のなかのイメージを紡ぎだそうと苦心する。

 だが、彼の脳裏は乱雑というべきノイズだらけで中々思ったような想像に集中できずにいた。


――早く、想像するだけだ。イメージを、膨らませる。なんでそれができない!?


 焦りともいえる彼の雑多なイメージ。

 それを見かねたのか金剛が口を開く。


「或人殿。そう焦ることはない。今日できなければ明日できれば良いし、明日できなければ明後日だ。

 サボっていないのだから呑気に行こう。この【効果法】の習得だけでなく全てに言えることだ。まぁ、少し休め」


 金剛の言葉に、或人は息を入れて訊く。


「でも……。僕はまだ何の役にもたてていないので……」


「『役に立つ』か。それでは書類整理や確認の仕事は貴殿にとって『役に立つ』ことではないと?」


「いえ、そんな。……でも、僕以外にもできることではあると思います」


「フ、意地悪な問いかけだったな、すまない。

 しかし、秘匿課は特殊な部署。人員要件は厳しく、そして貴殿がここ数日の業務で触れている資料や情報は秘匿性の高いもの。秘匿一課以外には任せられん。

 まぁ、それに貴殿の置かれている状況もまた特殊だ。

――人はそれぞれの立場や状況がある、そのなかで社会の提示する最低要件を満たしているのならなにも問題無い。

 もしそれで問題があるのなら最低要件として提示した事項に問題があるわけで、社会(システム)の問題だ。そこは貴殿の責任ではない」


社会(システム)――」


 それをうけて、金剛は伸びをしながら語る。


「ああ、どんな社会集団でも最低要件の調整は大事だ。そしてその要件すら満たせない者をどうやって養い、取りこぼしを減らすか、も……。それが拙僧がこの施設でやっている『活動』なのだが……。

 雑談はここらでいいだろう。拙僧の活動は今度また見せよう、今は――」


 金剛破戒居士はそう言いながら、懐からひょいとボールを取り出す。

 彼はそのボールを人差し指一本でささえながら、或人を見る。


「それでは或人殿、おさらいも兼ねて【効果法】の説明とコツを伝授してゆこうか――貴殿のやり方を見て効率的な方法を考案してみた。これなら今日にでもいくらか会得できよう」


 金剛はウィンクしながらそう言う。

 或人は気を遣わせたことへの少しの罪悪感を覚えながらも感謝する。


「はい、よろしくお願いします」


「気にするな、思いつきの実証実験なのだから。

 さて、【効果法】のおさらいだが、これは術式を伴わずに、先に説明した【魔術六領域】の効果を発揮させる魔力操作の技法。

 【魔域】ならば、仮想質量の付加や物理法則の限定的な歪曲。

 【行域】ならば、魔力の放出や切離した魔力の操作、モノへの魔力付与。

 【力域】ならば、衝撃波の発生や力場の発生。

 【色域】ならば、仮想物質の生成や磁場・電流の発生。

 【態域】ならば熱の発生や発火、冷気の操作。

 【霊域】ならば幻覚の発動や虫などの霊魂操作。

 といったように魔術ほどの燃費はないがそれなりの効果を発揮できる。

 これら領域の効果は術者の意志によって発揮され、効果に対するイメージや理論、そして術者の感情の激しさが強く影響する」


「説明されたときにも思ったのですが、結構、魔術と似ていますね」


 金剛は指を鳴らしてうなづく。


「左様。魔術と近しい。魔術結合になる直前ともいえる。なんなら魔術結合が生じる場合さえある。魔術結合のほとんど無い無詠唱魔術もある。

 魔術と効果法、この二者は曖昧な線引きのなかで並立しているのだ。

 どちらも術者の意志によるモノ、故に貴殿のような初心者に最適なステップだ。

 己の傾向属性の把握・習熟にも役立つ」


「たしか、僕の傾向属性は【無限】、全領域を使えるとのことでしたけど……」


 金剛はボールをドリブルしながらうなづく。


「左様。ゆえに習熟が難しく消費が激しい。

 そこで拙僧が今しがた思いついた特殊な習得法をやってみようと思う、ほら」


 金剛はボールを投げ渡す。

 或人がキャッチするとそれは急激に重くなり、彼は体勢を崩しかけた。


「うわぁっ!? これは!?」


「くっくっく……。それが【魔域】の効果の一つ、質量操作だ。感知してみたまえ、()()な」


 或人は鉛のような重さを示すボールへと意識を集中させる。

 そこには金剛から切り離された彼の魔力が確かに込められており、炎が燃えるようにその魔力は消耗していた。

 そして更に、或人はそこに何かを感じ取る。言葉それは曖昧なもので言語化し難い感触。ただ、どこか温かく、どこか冷たく、どこか苦痛をともなうものだった。


「こ、れは……? なんともいいがたい……」


「語り得ぬことを語りたまえ。己の言葉で……。分かち合えぬものを分かち合うために……」


 或人は金剛の言葉の意味を深くは理解できなかった。だが、彼がすべきことはなんとなく理解した。

 彼は口を開く。


「何か、刺すような痛み……。でも、温かさもあって、それなのに冷たい。不思議と不快ではありません。いや、心地よいわけではないんですが……。

 そして、これは……。沈み込むような感触です。でも、重さというよりも【歪み】というか、空間に引き込まれる感触……。それを見つけると、とても冷たい感触がしてきました……」


「フム。そんな感じに受け取るか……。なるほど。

 ――それは拙僧が魔力に込めた【感情】或いは意思や意図と言ってもいい。感知能力はそうした魔力にこもる情報もある程度は授受できる」


「そうなんですか、すごい……。言葉よりも何か伝わるものを感じます……!」


 或人の感知は彼の精神に直接その情報を伝えるかのように振る舞っていた。

 しかし、金剛は釘刺すように言う。


「ああ、時としてその感知は言葉以上に心を伝える。

 だが或人殿、それで【心を理解した】と思いすぎないことだ。

 理解したと思い込むことは甚大なる誤解を産み、認識していない誤解は大きな危険を産む。

 人は、世界を誤解して生きるものだ……。

 また、この感知による感応は『人間の適切な距離』を蝕む……。くれぐれも注意を」


 その言葉はまたしても或人にとって理解し難いものだった。彼はやや困惑しつつも、うなづく。

 金剛は話を戻す。


「さて、では貴殿の思い描いたその感触を魔力に込めてみよう。どんな効果が出るのか見てみたまえ」


 金剛はそう指示しながら、或人の持つボールをひょいと持ち上げた。

 或人はまだ魔力が効果を発揮しているボールを軽々と持つ彼の恐るべき膂力に若干引きながらも、先ほどよろしく両手のひらを前に差し出して集中する。


――さっきの感触……。思い出せ……。

 引き込まれるような歪み……。空間の歪み。冷たい、感触……。いや、あれは冷たいのか?

 冷気……。でもはじめは温かさもあった。それと何が違う?

 いや、そこは重要ではない、多分。引き込まれる、吸い込まれる感触だ。そこに集中しよう……。


 或人の紡ぎ出す思考は魔力へと伝わり、周囲を引き込むような引力……。仮想質量を顕現する。

 

 金剛はそこで拍手し、にこやかに或人を讃えた。


「素晴らしい。感知の才(眼の良さ)はやはりこうした感触的な習熟が向くな……。言葉や理論よりも【慣れ】。物事の習得で忘れがちだが、理論があるだけでは習得したことにはならんものだな。

 だが、心せよ或人殿、最後には理論もまた肝要となるのでな」


「はい、金剛さん……。ありがとうございます」


 金剛は朗らかな笑みを浮かべてうなづく。


「さて、では他の領域の効果も出してもらおうか。貴殿の傾向属性は【無限】。全て平等に覚えてもらうぞ、ほら」


 彼はそう言ってボールを投げ渡す。

 慌てて受け取った或人はボールが熱を持っていることに気づき投げ落としそうになる。


「熱っ、ああ、危ない」


 長く持つとじんわりと低温火傷しそうな絶妙な熱さ。

 その或人の慌てた様子を見て金剛が笑う。


「ハッハッハ! そら、感知を早くしないと火傷するかも知れんぞ」


 金剛の修練はその日も夕方まで続いた。


     ―――――



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