災害
……………
その瞬間、或人は【危険】を察知する。
彼はわき目もふらずに松谷の背後へ飛び込み、自らをその危険への【盾】とする。
すると。
『ドガァアアアアアアアアアアン!』
賀茂による、至近距離での発火。
爆炎は或人と有馬の身体へ凄まじい衝撃とともに、皮膚を焼き焦がす。
炎は周囲のことなど一切かまうことなく、あらゆるものを吹き飛ばす勢いだ。
或人の身体は魔力によって守られながらもところどころ焼き付き、火傷が生じていく。彼の魔力操作はその膨大な魔力を生かしきれず、盾として不十分。
必然、彼が守る松谷にも被害が及ぶはず。
だが、無防備な松谷は爆炎の勢いの中で火傷することはなかった。
彼は爆発の瞬間に足を止め、身体をかがませながら、思わず背後の或人の方を向いたことで、その理由を目にしていた。
「有馬……!」
或人のさらに背後、痛々しい打撲傷だらけの有馬が、或人に遅れて鎖を広げ、或人と松谷をさらに覆い盾となっていた。
彼が盾になることで或人、松谷のダメージは最小限に抑えられ、爆炎の収束を待つことができた。
わずか数十秒の熱と衝撃波の放射。それは数日に感じられるほど長く、収束した瞬間に有馬の膝をつかせるのに十二分な時間だった。
「有馬、お前――」
「黙れっ、早くいけっ! 或人、お前も行け! 敵を分断するんだ!」
松谷は有馬の覚悟を覚り、すぐさま走り出す。
或人は背を焼かれた有馬の姿に、まだ動くのをためらっていた。
「松谷さんの護衛は僕よりも――」
「馬鹿野郎! あのナチならともかく、相手は賀茂と、栄光のジュンだ。
いくらお前が【特異】だってなぁ、この爆発で火傷する程度の魔力操作トーシロ野郎が、戦い慣れてる【特異】どもに割って入れるわきゃねえんだよッ!
いくら装備がしっかりとした兵士だろうと、そいつが新兵なら槍だけ持った熟練の戦士に負ける!
戦いは経験、場慣れ、技術だ! テメーはあのナチどもを相手すりゃあいいんだよッ!」
有馬はそう言って立ち上がり、賀茂とジュンが争う場所へと体を向ける。彼のその背は焼け爛れ、目に見えて傷ついているのが分かった。
或人はその背に深い罪悪感を抱く。
――有馬さんのあの傷は僕の弱さが招いた傷だ。
僕が、もっと慣れていれば、僕がもっと魔術を持っていれば、僕がもっと強ければ……!
或人は拳を握る。血がにじむ。
そして彼は松谷を追い、守るために駆ける。その足の力は思わず大地を割るほどに、自らへの絶え間ない怒りという【呪い】を帯びていた。
すぐに松谷へ追いついた或人。
振り返ろうとする松谷に向けて彼は指示を出す。
「振り返らないで! ただまっすぐ走ってください! 車へ! 僕が守ります!」
「期待してるぞ、或人!」
二人は破壊しつくされた荒野を走る。足場はボコボコと凹凸が目立ち、協力無比な爆撃を幾度となく受けたような状態であり、車が無事である可能性は極めて低い。だが、或人は感知能力によって【魔道具】として有馬の車が持っている術式の魔力をハッキリと感受していた。
――エンジンさえ掛かれば術式によって車は【再生】する!
奴らの【速度】に勝るのはこれしか……!
「【車】を目指しているな? スクラップとなっているはずだが……」
或人の背後に声が響く。
地中より突然【人狼軍人】が飛び出したのだ。
――やはり、地中に対しては僕の【感知】も無意味!
振り向きざま、彼は右裏拳を振る。荒々しい魔力操作によって極大の魔力を帯びた拳が軍人の顎を狙う。
だが。
『ガァアアン!』
分厚い毛皮の装甲。背後にいた軍人は一瞬でオオカミのような化け物へと変貌し、攻撃を受け止める。
そして、鋭い爪が或人の顔へとかかる。羆のような圧倒的な膂力、鋭い爪が彼の顔の皮膚へと引っ掛かり、皮全てを引きはがさんと、勢いを増す。
『ギギィイイイイイッ!』
人狼軍人、【バルトルト・ホーフェン】はその自らの爪から即座に違和感を覚る。
――【硬い】、表面の防護操作を行っている魔力は問題なく貫けた、皮膚表面も問題ない……。
だが、【深部】……。身体の内部に近づくほど我が爪が止められ、力が通じない……!
やはり、内部の莫大な魔力が我が爪による攻撃を【拒絶】しているのか……!
『サバァアッ!』
振りぬいた爪。だが、傷は浅い。皮膚の表層をかすめた程度であり、その傷もすぐにふさがっていく。
バルトルト・ホーフェンは或人の異常性に直接対峙することで気づく。
――コイツ、先ほど受けた爆発の火傷や砲撃の傷も全て癒えている……!?
魔力による自然治癒の加速にしてもこの速度は異常!
複雑な治癒系術式に近しい、いやそれ以上!
この再生能力では致命傷を入れない限り、攻撃は無為。
しかし、単純な私の身体能力では致命傷は無理!
アレをやるしかないか……?
「クゥウウウアァアアッ!」
バルトルトは両腕を振り、或人の身体を引き裂かんと渾身の力と魔力を込め、連撃を行う。
だが、或人はそのすべての攻撃を予期していたように防護の魔力を集中した腕で守り、最低限度のダメージで受けきる。
或人は早くも魔術師の近接戦闘へと慣れ始めていた。
――見える! 感じる! 理解る!
金剛さんの攻撃に比べれば、なんてわかりやすい!
そうだ、落ち着けば僕にも、見える!
これ以上、僕が足手まといになるわけにはいかない!
松谷さんを助けなくては!
彼はその瞬間、感じ取り理解する。
目の前の人狼軍人は焦りを覚えているのか、次の一撃をやや乱雑に行うことを。
連撃の最中、生まれてしまった一瞬の緩み。全力の攻撃が無為となっていく焦り。持久戦では勝ち目のないという事実。それらが重なり、或人の予知が彼に一撃の道筋を指示した。
或人は体を少し傾け、振り下ろされた爪を避ける。
そして、ガラ空きの胸へと飛び込み、腹部へ魔力を込めた一撃を打ち込む。
『ドンッ!』
「がッはッ……!!」
落ち着きはらい、正確な魔力操作が行われた或人の拳は、先ほどの荒い裏拳とは異なる。鋭い痛みを人狼の内臓へ響かせる。
次なる一撃……。
或人は無慈悲にもう一撃、もう片方の腕を振り上げ、人狼の顎へと入れる。
『ガンッ! ジュワァッ!!』
瞬間、或人の拳が【鋭い痛み】を覚える。
――!?ッ 熱い!!
驚愕し思わず、或人は退く。
だが、人狼の俊敏性はそれを見逃さない。
『ドガアッ! ザザァアアアッ……!』
或人の胸を大きな足が蹴りこみ、彼を大きく後退させる。
「素人め……! クック……。魔力操作の【効果法】すらままならんのか……?」
或人は手の煙を払い、【効果法】という言葉を思い出す。
その魔力操作の技法もまた、すでに金剛から教わった【基礎】であった。




