怪人
……………
「この……ひとは……」
或人が声を漏らすようにそう訊く。
その時、怪人の頭が或人の方へ持ち上がり、鋼鉄の仮面の下にある朽ちかけた顎が動いて声が響く。
「私は……。名前すら思い出せない……。死体だ……。頼む……。私を殺して、呪われた罪人の魂を……。死にたい……。私は知らない……。死体から……。俺は知らなかったんだ……。解放してくれ……」
その支離滅裂とした言葉に反応するように怪人の魔力は湧き上がっていた。先ほど有馬が戦った時よりも明らかに身体にとまる量が多い。
そのわきに立つ有馬が腕組をしながら話す。
「封印しようにも魔力が沸き上がりすぎてな……。攻撃してもそれを上回る再生速度だ。何かがキッカケで【呪い】が強まっている……」
鎖をほどいた松谷がその言葉を遮るように怪人へとずかずか近づきながら呼びかける。
「おい、アンタ……。名前も思い出せないって? アンタは、【増田太郎】だ。大日本帝国陸軍少尉だった」
怪人はその言葉に若干の反応を見せたが首を振る。
「わからない……。わからない……。私にはわからない……。ああ、俺は知らなかったんだ。私は、何も、俺は何も……」
ブツブツとした独り言が続く。松谷が鋼鉄の肩をつかんで揺さぶりながら叫び出す。
「おい! わからんのか? 記憶がないのか? 俺は判るか? 俺は【松谷ケンイチ】、お前を背負って戦線離脱した部下【松谷健吾二等兵】の孫だ!」
「俺は、おれ、まつ……。知らない。俺は知らな……。私は……。殺して……。呪われた罪人の……。殺して……」
壊れたラジオのように、とぎれとぎれの混線したような言葉が流れ出す。おおよそ、まともに松谷が放った言葉の意味を理解しているとは思えなかった。
有馬が語る。
「混ざっているんだ。おそらくは、複数人の霊魂――いや精神と肉体が」
賀茂がその言葉に対して反応する。
「霊魂の接合はともかく……。肉体まで混ざっているというのは……。もしかしてこの【仮面】の……」
その言葉に或人はハッとして思い出す。
怪人と有馬が殴り合った際、仮面がひび割れて落ち、のぞいた隙間にあった肉の塊。
複数の目玉や歯が乱雑に詰め込まれたあのグロテスクな光景。確かに目玉の数は穴から3つほど見えた。
或人は有馬に質問を投げかける。
「つまり、それはどういうことを意味するんですか……?」
「コイツ自身の自我がほとんど崩壊寸前か、すでに消え去っている。
霊魂が死体に入っているだけならもっと不安定で動きもトロい。ゾンビやらバタリアンやらキョンシーみてーにただの『動く死体』だ。
だが、こいつはもっと物理的で呪わしい方法を採用している」
賀茂が説明をさしはさむ。
「さっき言ったように、魔術は術者の個人の主観……。そして多くの人々の感情が作用することでより効果を発揮します。
魔界では感情の魔力に対する作用は【呪い】と呼ばれ、怒りや悲しみ、喜びといった様々な感情がその大きさや強さ、量によって強力な魔力を呼び起こすとされているんです……。
このようなケースだと単に複数人を接合することで単純にその呪いを数倍にさせることを目的としているようですが……。
おそらく、生きたまま、脳神経等が接合されて……。まだ、魔術によって全員が生きているようです。
それ故に自我が乱雑に組み込まれてこのようなことに」
有馬が皮肉っぽく鼻を鳴らす。
「ハッ、『生きている』の定義によるな。
――いま重要なのはコイツの『呪い』をどう治めるかだ」
或人はそれを聞き終えて、怪人を見る。
怪人の様子は喫茶店で見た時とも、最初に襲い掛かってきた時とも少し異なる。小刻みに震え、かと思えば止まり、また少しして震える。
何かに抗っているような、苦しみもだえる姿にも見える。
――くっつけられた他人と自我を混雑されているのに抗っているのだろうか?
他人と神経で接合されるのはどんなことなのだろう。他者と脳がつながる……。見た限り、苦しみだけがそこにあるように思えるけど……。
或人がそのように考える中、松谷が有馬へと訊く。
「おい、コイツに、その……。【接合】されている人間が誰かわかるか?」
有馬は首を振る。
「分からん。生きてる人間や生物の霊魂は魔力があっても知覚できない。だから霊魂ではなく精神と言い直した」
松谷はやや焦った様子で振り返り、結界の外へ出ようとする。
『ジャララッ!』
有馬の鎖が即座に彼を捕らえた。
「オイ、おっさん。急ぎ過ぎだ」
「離せっ、一刻も早く喫茶店に戻らないと……。増田の家族について知るのはもう、彼以外居ない。増田自身を直に知っていて、彼を目覚めさせる可能性があるのは彼しかいないんだよ!
こうしてる間にもあの人は苦しんでいる、見てわからんのかっ!
目の前の人を、助けに動くのを、止めるなっ!」
松谷の鬼気迫る様子と鎖への抵抗。
だが、有馬は飽くまでも冷静なポーズを崩さない。
「わーってるよ、だがな、外にアンタをそのまま出すわけには行かない。
何のために深夜親に隠れて布団でゲームするガキみたいに必死こいて隠れて走ってきたと思ってんだ……。おれら……。いや、コイツは追われている」
賀茂がその言葉に反応する。
「あの黒の謎組織……。推定『アーネンエルベ』ですね」
だが有馬は首を振る。
「ヤツだけじゃあねぇ、アイツらは――」
『ピキキッ……』
軋む音。
全員が一気に静まり、怪人のブツブツとした繰り言だけが響く。
或人が『予知』する。
「結界が……割れる!」
有馬はその言葉に仰天する。
「何ぃッ!?」
『がシャアアアアアアアアアアン!』
結界を構成する魔術結合が焼き切られ、外の様子がハッキリと解る。
林は隅々消し飛ばされ、焼け焦げ、えぐり取られたような土砂の跡が残る大地、その甚大なる『災害級』の被害は一人の漢によって引き起こされていたのだ。
或人は見覚えのある存在を空に見ていた。
「栄光の……ジュン……!」
漢服をまとう小柄な男はニイッと笑みを浮かべ、或人たちを見下ろしていた。




