痕跡
……………
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千葉県船山市地下5キロメートルのある地点にて土の中を潜航する『小型潜水艇』があった。
人二人がやっと乗り込めるほど船内では、黒の古めかしい軍服を着た男が奇妙な訛りのあるドイツ語で通信機に語りかけていた。
「――ええ、相手はおそらく、日本の秘匿一課。例の『真なる鍵』とやらも、資料の特徴と完全に一致しております」
男が持つ通信機は、潜水艇から伸びる数十キロのケーブルでつながれた先から、『司令官』の声を届ける。
『フム――それで【標的】の捕獲はどうだ? 操作機はまだ安定しないのか?』
「残念ながら。アレは自力で【解除】してきます。やはり【博士】の言うように戦時中の試作型は経年劣化や製法の特異性から他の物よりもずっと強力かつ不安定のようです」
『……。故に我々が必要としているのだ。
――作戦内容に追加事項だ。隠者の薔薇から【協力者】が派遣される。表向きは【鍵】の奪取の為だが、我々の作戦を全面的に支援するとのことだ』
「隠者の薔薇が……。ずいぶんと気前がいいようですな」
『しかも『黄金の教示』だ。上は喜んでいたが……。きな臭い。
――だがそれを考えるのは我らの仕事ではない。
万が一でも協力者が裏切るような素振りがあれば即時撤退を心がけよ。実験用の『量産試作機』を損耗しても構わん。以上だ』
「了解。通信終了」
受話器を壁にかけた男は、そのまま眼前の壁に備えられているコンソールのボタンやツマミ、レバーを動かし、三つの『カバー付きボタン』を一つ一つ、カバーを外して押していく。
途端、潜水艇に大きな駆動音が響く。地中を『浮上』し、地表近くへと上がった潜水艇は三つの『発射口』から『鉄の棺』が地上へと射出された。
棺の中には或人たちを襲ったあの【怪人に似た存在】が収められている。
その向かう先は、レーダーで追跡される【怪人】の元……。
「――くそっ……。火傷が痛む……。あの【女魔術師】……!」
潜水艇の中、モニターに映る三つの映像を見ながら、男はそう独り言ちた。
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「申し訳ありませんが、そのような名前の方の兵籍はこちらで確認できません……。尉官の方であれば記録が少なからず残っているはずなのですが……」
「――指揮した作戦も、地域も、年代もわかっているんだぞ……? どうなっている?」
松谷刑事は眉をひそめて役場の担当者に疑いの目を向けた。長年磨かれた尋問能力からか、真に迫る雰囲気をまとったその疑念に、相手の30代くらいの男性もややたじろいでいた。
カビの臭いがわずかにするカウンターが置かれた一室。太平洋戦争時代の兵籍や資料、その他数々の行政文書などを保管したこの場所、しかしお目当ての資料は不発。
同じ公務員ということもあってか松谷がやや高圧的な態度をとる中、担当者は掛けている眼鏡を正しながら、なだめすかすようにゆったりと答える。
「確かなことは何も……。ただ、こう言ったケースで全く記録が見つからないというのは、その、『陸軍中野学校』関係者といった防諜や攪乱などの極秘作戦に携わっていたというのが考えられます」
松谷はため息交じりに額に手をおいたのち、あきらめた様子で立ち上がった。
「……。わかった、邪魔したな」
「いえ、お力になれず申し訳ありません」
県庁の近くに建つ資料倉庫となっているビルを出た松谷は有馬の車で待っていた或人たちと合流する。後部座席へ乗り込んだ松谷はシワの刻まれた顔を曇らせていた。
運転席に座って或人と会話しながら待っていた賀茂が、窓を開けて松谷に声をかける。
「松谷さん……。どうでした?」
「本命の『増田太郎少尉』は出てこなかった。恐らくは籍ごと消されている。
神田四郎の時も似たようなことがあった……。ヤツの場合は籍の確認ができたものの経歴は消されていたが、今回は経歴、兵籍、果ては戸籍まで消失している……」
そう話しながら後部座席に座る松谷へ、或人が反応する。
「『戸籍』も、『兵籍』も……。存在しない人物ですか……?
その、『増田太郎少尉』という名前は一体どこから湧いてきた、だれの名前なのでしょうか……?」
当然の疑問に対して、松谷は一枚の紙を懐からとりだして見せる。それは兵籍のコピー。経歴としていくつかの戦地などが書かれている。
「これは俺の祖父『松谷健吾』の兵籍。フィリピンの後方攪乱作戦に参加した際に負傷、治療後すぐに満州へ行ったが程なくして終戦。引き上げ船に乗って千葉に帰ってきた……。戦後は俺と同じ刑事になった。
――祖父は戦争の話をするとき、必ずフィリピン戦線での上官の話をした。『増田太郎少尉』、上官といってもほとんど同い年だったそうだが」
賀茂が首をかしげながら口をはさむ。
「話が見えないですね……。その人と今回の事件の関係性は一体どこで?」
「――さっきマスターから『怪人』のことについて改めて聴いたんだ。彼は動揺しながらも、心に一つ、浮かんだ言葉を思わず口に出した。
それが『増田太郎』」
「「!」」
「俺も最初に訊いた時は思わず聞き返した。何で昔、暴れ者のジジイが偶に大人くなるときに必ず喋っていた話の登場人物の名前が急にマスターの口から出たのかってね」
――――
「この店は私で三代目なんです……。戦前、戦中もここにこの店がありました……。
『増田太郎』さんは、私が物心ついてすぐの頃、この店の常連で、よく妹さんと一緒に来ていたお客さんです。
小さかった私はよくその方に遊んでもらっていた……。
戦争が激しくなると、彼は士官になるといってここから離れていったんです。
妹さんもご家族と一緒に疎開するといって、戦争が激しくなるとここには来なくなりました……。
戦争が終わっても、あの人たちはここには来なかった。
忘れてしまったのか、あるいは……。
私には、忘れることのない記憶です」
――――
「――その言葉を聞いて、俺もジジイの話を思い出した。『増田太郎少尉』にまつわる話を……。
フィリピンの激戦地で、新兵を率いた新米士官だが、指揮も、そして兵士への気遣いのある人だったと。命を捨てさせるような作戦、不十分な物資、計画性の薄い補給、常に上が押し付けるすべてに憤っていたと。
同郷で、ほとんど同い年だったのもあって特に俺のジジイと気が合ったと。
部隊のほとんどが死に、撤退する中、負傷する彼が『おれを置いていけ』と言う中で、彼を背負って味方陣地まで撤退したと。
耳にタコができるくらい聞いた言葉も思い出した。
『正しい人を陥れるのが世の常だ、だからこそ、その人を守れる人であれ』
そう言った後に必ずこう続ける。
『これを言った正しい人は陥れられたんだ。おれが居なかったから、おれの責任だ。だからおれは一生をかけてこれを伝え続ける、あの人を探し続ける。あの人を守れる人であるために』
――おれは、いよいよこの捜査から降りられなくなったんだ」




