暗躍と跳梁
……………
或人と賀茂は同時に立ち止まり顔を見合わせる。先に口を開いたのは賀茂のほうであった。
「逃げられた……! 地中に!」
「さっきのは一体何者なんですか、賀茂さん……?」
「私にも……。分かりません。
姿を変える術式はありますがあそこまで変化が滑らかかつ無詠唱、それでいて魔力順応度を急激に向上させてこの【防護護符《500t級防護》】を超える攻撃なんて……。流石に聞いたことがありません……。もちろん地中へ消える術も。
――それより気がかりなのは、あの人物の所属……。
全く不明です、魔術式も見せなかった。欧州の違法魔術師傭兵でしょうか……? 外国語……。恐らくは【ドイツ語】をしゃべっていました」
「欧州、ドイツ……。僕が護送されたときの神父とはまた違った拳銃まで携帯していましたよね、何故こんなところにそんなものを」
賀茂は彼の疑問に対する答えを沈黙して考えていたが、すぐに首を振って或人を向く。
「今はとにかく有馬さんと連絡を――」
『ああ、だから今連絡している』
有馬のややくぐもったような声がどこからか響く。賀茂は懐から『形代』をとりだした。それは先ほど有馬に渡した『形代』と魔術結合でつながっているようで、有馬の声が届く。
『――あのエンジン野郎は町外れの森に逃げた。追跡を続けているが追い切れるかはわからねえ。おれたちは雁首揃えておきながら『店』にヤツがふらりと入ってくるまで気づけなかったんだからな。
身体能力と言い、魔力量と言い、魔力操作技量といい、やっぱありゃ第一級相当の上位に入る強さだな』
それを聞いた賀茂が返答として有馬へ問いかける。
「こちらは『獣への変身無言魔術』を操るドイツ人らしき西欧系違法魔術師と交戦、残念ながら地下へ逃げられました。
『ドイツ系違法魔術師による組織』が絡んでいる事からして、調査は魔界府の観測情報などと照らし合わせ、より広範な調査が必要そうですが」
有馬は通信越しに指示を送る。
『状況を整理しよう。おれたちにある【とっかかり】は三つ、一つはおれが今追跡中の【怪人本人】、もう一つは【詳細不明の組織】コイツは賀茂が府庁の情報に問い合わせて捜査可能、最後は【松谷】、店での会話と捜査資料からしてヤツはまだまだ捜査するつもりだろう。
――この三つを同時に追っていく。おれは【怪人】を追う、賀茂は或人と一緒に【松谷】の捜査をしながら【形代式神術】で府庁の情報を検索しろ』
有馬の指示に対して賀茂は口をとがらせて言う。
「うーん。わかりました……。有馬さん一人だと勝手に敵に戦いを挑みそうで心配なんですよね……」
『うるせぇっ! てめえのがおれの万倍ヒヤヒヤするわっ。おい、或人! 賀茂から目ぇ話すんじゃあねえぞ、さっきみたいなことになれば、頼れるのはオマエだけだからな』
或人は先ほどの惨状を思い出す。彼はごくりとつばを飲み込み、自身の責任にプレッシャーを感じつつ答えた。
「は、はいっ!」
「え、あ、或人君まで……!? 私、有馬さんよりも危なっかしい!?」
『そういうこった、んじゃあおれは切るぞ。そっちの進展があったら連絡しろ。こっちも何かつかめたり、ヤツを拘束できたり、完全に見失ったりすれば連絡する』
「えーっ。はい、わかりましたよ、もう……」
賀茂は不服そうな視線を或人に送りながら通信を終える。或人は苦笑いを浮かべながら彼女をなだめるように言う。
「まぁ、その、僕への監視と指導も賀茂さんのほうが得意でしょうし、ほら、捜査も賀茂さんならスムーズでしょうから、ね?」
「うーん、丸め込まれている感が……。いや、今そんな場合じゃないですね。はい、とりあえず松谷さんのところに……」
二人はいそいそと喫茶店の中へと戻っていく。
店内では、カウンター席でメモを取りながら店主と話す松谷刑事の姿があった。
ちょうど聴取を終えた松谷がやや先ほどまでとは違った、何か思い詰めるような様子で或人たちに話す。
「ああ、お前たち……。その様子だと、やはり逃がしたか」
賀茂はその言葉にややムッとした様子で答える。
「やはりっていうのはちょっと気になりますが……。怪人の方は有馬さんが追っています。我々はあなたの捜査に同行しながらこちらの調査を並行するつもりです」
松谷はそれを聞いてか聞かずか独り言ちるように返答しつつ。
「そうか、ちょうどいい。――詳細は役所に向かいながら話す。『籍』を調べる必要が出た」
「例の被害者たちの? それなら警察署へ――」
松谷は首を振る。
「いや、それよりも必要なのはヤツの軍籍だ。――そして、俺の祖父の兵籍も」




