逃走者、二名
……………
「うがぁあアアァあッ!! ぐッ……! アァッ!! は、離れろッ……!」
怪人は抑えるような声を度々あげて、胸や頭を腕で抱え、身体を苦悶のままに振る。
だが、その周囲を気遣い、自身の危険性を周知しようとする言葉には確かな理性を感じさせる。
この光景に有馬と賀茂は即時、戦闘態勢へと移行、鎖と霊符が怪人へと投げつけられる。『拘束』を狙っての行動。
『ドルンッどるるるんッ!』
その攻撃に呼応して、エンジンは急加速の音をあげ、怪人はバク宙と共にそれらを回避。そのまま天井へと張り付いて渡り、出入口へと爬行する。
「逃がすかぁッ!」
有馬が腕に絡む鎖を天井へと向かわせ拘束を狙う。
だが、怪人の右腕からネイルガンが現れ、その鎖に向けて魔力がたっぷりと乗った釘を発射。
『ガガガガガッ!』
何十発もの釘が一気に鎖へ打ち込まれ、民間人がいる手前、下手に弾くこともできず、鎖は無数の釘を全て捕らえ一手後れを取る。
「チクショウ!」
有馬が叫ぶ瞬間には既に、怪人が扉を開けて脱出を果たしていた。
賀茂と有馬が外に躍り出ていく。
それに慌てて追いつこうと歩き出した或人。
だが、彼は怪人が出ていった方角とは全く別の方向に『奇妙な魔力』を僅かに感じ取った。
――隠されている……。『隠匿法』が施された魔力が店の裏に……?
いや、それだけじゃあない。路地裏から『隠された魔術結合』が……!
魔術結合が怪人に結ばれている?
賀茂と有馬が店の前、昼下がりで交通量の少ない住宅街の道路上へと飛び出すが、それに続いて或人も店外へ飛び出し、二人とは全く異なる方向へ走る。
彼は巧妙に隠された魔術結合をたぐるように追っていた。
「ちょ、或人くん!? どこ行くの!」
賀茂は或人の行動にすぐさま気づき後についていく。一方有馬は電柱や屋根へ飛び上がり、駆け抜けていく怪人を一人一心に追いかけ去っていってしまう。
或人は店と隣の家との間にある路地へと一直線に入ってゆく。
それを追う賀茂は困った様子で声をかける。
「有馬さん勝手に行っちゃったよ〜? どうしたの或人くん?」
一方の或人はやや切羽詰まった様子で賀茂に告げる。
「隠匿された魔術結合と魔力が奥に……。おそらくは怪人を『操作』している人です」
或人のその一言で、賀茂はすぐに感知へ集中。
彼女の身体から僅かな、しかし明確な意識に基づいた魔力が発されレーダーのように『隠された魔術結合』とぶつかり彼女の身体へその存在を伝える。
瀬里美の時に見せた『集中感知法』である。
そしてその魔力特有の『感触』を覚えると彼女も或人と共にそれを追い始める。
二人が角を曲がると、店のちょうど裏に当たる路地があらわれる。
そこには店の壁に背を委ねた黒革のトレンチコートに身を包み、いやでも目立つ『大型のライフル』を背負った怪し気な男性が一人居た。
彼は黒い帽子をまぶかに被っていたが、その端からのぞく青い瞳と彫りが深くワシ鼻が目立った西欧的顔立ちを隠すことはできない。中欧的顔立ちの男性。
また、腰元には黒革の光沢の中、光を鈍く反射しない物体、『ホルスター入りの拳銃』が見える。
更にその男性の手にはいくつものツマミとボタン、マイクそして1本の長いアンテナが付いたトランシーバーのような機械が握られていた。
そのアンテナからは或人たちが追ってきた魔術結合が延びている。
「!?ッ。Zauberer! 」
男は或人たちに気付くと驚きつつも姿勢を下げ、戦いの構えと思しき体勢を作る。
だが、賀茂はその動きよりも素早く、的確に、魔力が込められた霊符を袖口より飛ばす。
相手が構えを取りきる直前に攻撃を差し挟んだ。
「木生火」
――急々如律令。『炎縄呪縛』。
『ゴアッ!』
紙に文様と文字が刻まれ、魔力を帯びた霊符はその魔術を起動させて燃え上がり、その男を捕らえるように縄状の炎が広がった。
「クッ……! クゥウアッ!」
男はもがこうと身じろぐが縄のような炎は身体をがっちりと拘束しており、腕を振る余裕すらも与えない。
だがその瞬間、男に奇妙な変化が起きる。
口が裂け、凶暴な牙が露わになり、毛皮のような質感の肌をその顔の口元に表していった。驚くほど滑らかに変化するその姿は人獣というべきものである。
やがてその変化は左腕にも表れ、凶悪かつ鋭利な爪が伸び毛皮に覆われるその腕は倍ほどにも大きくなっていく。
左腕だけが巨大化しているのだ。
その光景に賀茂すらも息をのむ。
「これは……!?」
炎の縄はその膨張する腕によってちぎられ、高速は破られた。
男はそのまま変化していない右腕で腰元のホルスターからモーゼル拳銃を取り出し、賀茂へ向けてためらいなく発射する。
『ズガァン! ズァアンッ!』
魔力を帯びた弾丸が賀茂へと飛来。
彼女は全ての弾丸の軌道を予知能力によって覚り、全てを回避できる身体運びを撃鉄の前から進めていた。
弾丸は全て背後のコンクリートの壁を貫き過ぎ去っていく。
しかし、それによって生じた隙を謎の男は見逃さない。
『シュッ――』
巨大化し獣のような状態となった左腕が賀茂の頭めがけて振るわれる。
対する彼女は魔力を帯びた腕でその攻撃をガードするが凶暴なる爪は裾を引き裂いた。
『ザバッ!』
「くっ……! 急々如律令ッ!」
賀茂は腕に切り傷を受けながらも、もう片方の手で霊符を相手に投げつけ、呪文を口走る。
魔術結合が結ばれた霊符はその結合をまとい、みるみるうちに鋭い槍のような刃先を結合によって創り出し謎の男へ勢いよく突き刺さる。
『どすんッ』
「ぐぅアアアッ!!」
獣のような雄叫び。
腹を突き破るような勢いで刺さった護符の魔術だが、勢いはそこで止まり、血飛沫さえも上がらない。
男は叫びとともに全身を巨大化させ、完全なる獣へと変貌。狼のような容貌、人間の如き体躯、4メートルは超えようかという体格。
それは正に人狼と呼ぶにふさわしい姿であった。
唖然として或人はその変身を見ていた。
――これは、こんなことさえも魔術には可能なのか……! いや、それよりもッ!
彼はその人狼の次なる行動を読み切る。賀茂へ腕を振り2連の正拳を繰り出そうとしていた。或人はこれ以上の【味方の血】を許すことはできない。
――僕の魔力ならば、受け止めれる! 多少傷つこうが、すぐに治る!
彼が賀茂と人狼の間に飛び込む。人狼の巨大な拳が彼の頭部へ飛んでいく。
『ドガギャァアアンッ!』
「!?ッ」
或人の身体より溢れ出る魔力の奔流。それは巨大な質量を得た拳すら、或人の眼前で肌に触れることさえなく受け止め、跳ね返し、さらなる莫大な衝撃波を生んだ。
『ドグォオオオオオオオオオオオッ!』
ブロック塀が吹き飛び、あらゆるものを吹き飛ばす風が巻き起こる。単なる【防御】であったはずの彼の魔力操作は、彼の【感情】に触発されて、嵐のような力となった。
三メートル近い身長の【人狼】はその巨躯を空中にハリツケにされたように浮かせ、全身に無数の打撲を受けていた。
だが同時に或人の背後にいた賀茂さえも後方に吹き飛ばされる。
「あ、或人君!? うわぁっ!」
「こ、これは!? 制御が……!」
或人がためらいを覚えた瞬間、その暴力的嵐はハタと凪いだ。そして『ドサッ!』という音とともに空中にハリツケのような様子で浮かんでいた人狼が地面へと落ちる。賀茂も態勢をすぐに立て直し或人へ叫ぶ。
「或人くん! 敵を!」
しかし、人狼は待っていたとばかりに後ろへ飛び退き、一瞬で人間に戻ると、地面にあるマンホールの蓋を片手で乱雑に開け、地下へと逃げる。彼は一言吐き捨てるように言った。
「【|真なる鍵《Der wahre Schlüssel》】……!」
或人はそれを耳にしながらマンホールへ向かって走る。
「待てっ!」
一瞬遅れて賀茂も続く。
彼はマンホールの中へと躊躇うことなく、飛び込もうとする。
しかし、彼はその瞬間、感知能力によって謎の男が『ハッチ』のようなモノを下水管内で開き、そのまま穴の中へ消えてゆくことを感じ取る。
奇妙なことに、そのハッチは閉じられるとすぐさま地中へと沈み込み跡形もなく消え去ったのだ。
――消えたっ!? 地中に!?




