帰郷
……………
「そこからちょいとこの辺りを回るだけで犯人の動向、行動圏、時間帯が徐々に絞れてきた。【ヤツ】はこの住宅街のあたりからオマエらが襲われた辺りまでを行動圏としていたんだ。
【不審な音】と【不審な影】の情報は深夜時間帯に集中している。昼間もボチボチ【不審者】情報はあるがな。
そいでこれをより確実にするため、俺はヤツの主要行動時間帯である深夜の張り込みをしたんだ。
――だが、その日、奴を見るものはこの街にいなかった……」
松谷がため息交じりにそう語る。
或人はまだ着慣れていないスーツにぎこちなさを感じながら、体をやや乗り出すように聞き入っていたため、すぐに彼へ質問する。
「一体、それは……」
「その日は16日。奴はまたしても緑山市へ足をのばし別の住宅へ侵入したからさ。
行動パターンを把握したと考えた俺が甘かった。ちょうど昨日のことさ。
そんで俺が知らせをききつけて現場に駆けこむのと入れ違いで、奴はまた船山市へ逃げ込みやがったのさ、おそらくは。
おかげさまで俺はヤツとの念願の御対面もできず、ギャーギャーうるせえ金持ち被害者の二人に脅迫めいたコトを言われるハメになった」
彼はそう言うと煙草を灰皿に押し付け火を消して煙を吐く。そしてコーヒーを一口飲むと再び言葉を再開する。
「俺が証言を担当した【篠田圭吾】さっき言ったように俺を『脅迫』してきた。しかも、何かは判らねえが『事件のウラを知っている』。そういう言い方だったぜ。
18日に予定がずれ込んだそいつらの事情聴取がヤマ場だなと俺が思った矢先――捜査打ち切りの指令だ」
彼は『ご破算』とでも言いたげに呆れた表情で手を上げて語る。そこには指令を出したものへの嫌味と怒りの念が確かに滲んでいた。
「死人が出て、奇妙な証言が挙がってきて、新たな事件まで発生したってのに、だ。
俺ぁ、頭に来たと同時に、上の妙な采配をいぶかしんだ。
――まぁ、流行りの陰謀論なんざ信じちゃいねえが、【篠田圭吾】の話もある。ちょいと署長を探れば『特に理由もなくたまたま』来やがったとかいう『警視庁の背広組』との面会を予定も付けずにコソコソやっていやがった。
今思えばそれだけ急ぎだったって事だろうが、そん時の俺はとりあえず尾行するだけ尾行したんだ……。そいで、あの林にまでついてこれたってワケよ」
話がひと段落したところで、賀茂が口を開く。
「それで……。その資料を運んでくる筈だった人は……?」
松谷はコーヒーを啜り、一息付けてから語る。
「ん、さっき言ったように逃げたよ。具体的には『火柱』見てからな。それまでは隠れて機を伺っていたようだった。――俺に見られてるってのに滑稽なもんだったぜ。
可哀そうに、あいつ、一応アシがつかないよう結構遠くから車も使わずあの場所までコソコソ歩いてたんだぜ?
ま、突然やってきて捜査打ち切りにしたってのに、バカ正直に全資料を一人で抱えてまっすぐ現場に向かったのが悪いと思うがな」
それを聞いた賀茂は有馬と或人に耳打ちする。
「警視庁から課長や室長にさっきの件はすぐ伝達されるはずです。このまま松谷さんと行動してたら確実に問題が大きくなると思います」
あくまでも賀茂は松谷刑事との捜査協力には否定的である。
だが、有馬がそんな事を気にするはずもなかった。彼は賀茂の進言を無視して口を開く。
「松谷サンよぉ……。アンタも薄々察して入ると思うが、被害者の【篠田圭吾】。そいつは十中八九【魔界関係者】だぜ」
「「!」」
松谷はうなづいて答える。
「やはりか……。篠田の言動から【政府関係者】というのを疑っていたがキミ達の登場で合点がいった。【秘密にすべき存在】に関わるもの、事件も、人物も、一切が全て【魔界】とやらに関わるから手を引けと、そういう趣旨だったのだろう」
だが、有馬は首を振る。
「それだけじゃあねえ。【篠田圭吾】は日本魔界府の大手企業【篠田重工】の社長一族、今も役員だ。――どうやら厄介な事件らしいな、今回も」
首筋を伸ばしながら、有馬はスマホに目を落とす。
すかさず賀茂が、【篠田重工】について松谷と或人に説明しだす。
「【篠田重工】。日本の魔界におけるトップ企業の一つで創業は戦後すぐ。戦前は【世俗】の政府関係者だった【篠田勇】が世俗の工業技術と海外からもたらされた【魔術学】を融合させた工業生産できる魔道具を生産して販売する製造メーカーです。
或人さんは判ると思いますよ。府庁で使っている情報端末、篠田重工製ですからね。
――その来歴からもわかるように、戦前の【陸軍特務研究所】の人員や研究を多く引き継いでいるという話です」
有馬は付け加える。
「社長一族篠田家はもともと世俗の政府関係者だ。資産も世俗に持っていて、日本政府に通じている。特例として世俗資産の管理を名目に魔界と世俗両方をある程度自由に行き来できる数少ない人物だ。
だが、圭吾と共にいる【楠田清三】……。そいつも【特例】なのかあるいは【世俗】なのかはわからねえ。調べる『必要』と『価値』があるぜ……。【魔界】と【世俗】で」
有馬は視線を松谷に向ける。まるで『さぁアンタもシゴトを手伝いな』とでも言いたげな視線だが、松谷はコーヒーをすすって口を開く。
まだ、言うべきことがあるのだ。
「実はな、この店を選んだ理由がまだ――」
しかし、それと同時に店の扉が開きそれに付いたベルが鳴る。
『カランカラン……』
そこに居たのはカーキ色のよれたコートと奇妙なフードを被った厚着の人物だった。




