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日本国魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課  作者: 臆病虚弱
第一章・第一節 【兵器人間は人の夢を見るか? Do cyborgs dream of human ?】
33/55

ジャズ喫茶 Purple

     ……………


 2022年2月16日15時38分、千葉県船山市今臼町レコード喫茶『Purple』にて。


「俺なら、奴の足跡そくせきがわかる」


 コーヒーカップを片手に刑事はそう語った。

 懐かしいジャズ喫茶の店内は各種コーヒーの豊かな香りと古めかしいレコードから流れる音楽に包まれ、黒々としたニス塗りのカウンターでは店長と思しきスーツベスト姿の老人が静かにグラスを拭いていた。


 或人と有馬、そしてつい先ほど起きた賀茂は刑事の向かいで同じくコーヒーを前にしながら、全員万が一の『探知』に備えて魔力を抑えつつ、話を黙って聞く。

 とくに賀茂は不服そうな顔でコーヒーカップを両手で持っていた。


 刑事はその表情に不安を覚えたのか、長々と前置きをする。


「お前らが何であるかは知らんし、詮索もしない。それが【ヤバイ】ことだってのは俺でもわかる。

 あれだったら、全て終わった後にどこへ連れていってくれたってかまいやしないし、ハリー・ポッターよろしく記憶を消去してくれたっていい。

――本当にそんなことができるのならな。

 とにかく、俺はこの事件を最後まで追いたいだけなんだ。ホシの確保はあんたらで構わない」


 それに対して、スマホを見続けている有馬が刑事をなだめるように言う。


「フン。そんなにビビんなよ。もちろん記憶は消させてもらうが、こっちとしても捜査協力は必要だ……」


 彼の片耳はイヤホンが付けられ、ライブ配信を視聴している。おおよそ仕事に向かう態度ではないが、立ち回りはいたって真面目。

 しかし、業を煮やしていた様子の賀茂が、ついに口を開く。


「駄目です。

 どういうつもりか知りませんが、我々の活動は秘匿条約に則って極秘。それに我々はまずあの場所で『捜査資料』を受け渡す人間と接触しなくてはいけなかったんです。こんな場所に来るのは……」


 有馬はスマホに目を落としたまま口をさしはさむ。その言葉は賀茂ではなく刑事に向けられていた。


「『捜査資料』はアンタが持ってんだろ?

 秘匿結界内(引き渡し地点付近)に居やがったんだ、まず自分から目的をもってあの場所を目指さない限りは【認識阻害】を受けて結界内に入ることはできない。そんでもって警察官であすこにいるってこたぁ、捜査関係者の可能性が高い。

 大方、捜査打ち切りに不満を抱き、不審な動きをする『お上』を探ったら資料が持ち出されてて、そいつを追ってみた結果とんでもねぇモンが出てきやがった……。そんなトコだろ?」


 うなづいて刑事は答える。


「なかなかの推理だな、だいたい合っている。『受け渡し人』の男は資料を捨てて逃げ去ったがな。

 だが、俺の交渉材料はそれだけじゃあない。捜査資料に載せていない、掴みかけの情報が幾つかある。その資料は俺が作ったものだからな。

 ――それで、俺の話を訊いてくれるか?」


 刑事はコーヒーカップを皿の上に置きながら訊いてくる。

 有馬は彼の目をちらと見ながら語る。


「さっきそこの口の軽いバカが言ったように、おれたちは秘匿条約と呼ばれる国際条約を施行する側……。ちょうどアンタら警察が法執行するのと同じ立場だ。

 警官が法律破っちゃぁ、立つ瀬がねぇよな?」


 賀茂はさらに不服そうな目で彼を睨んでいた。『どの口が』とでも言いたそうにコーヒーカップと皿を持ってコーヒーを飲んでいる。


「そこを何とか……」


「だが……」


 有馬は優麗にコーヒーを啜ると続けた。


「俺は規則破りの常習犯でな。今だって仕事中に禁制品のスマホを使って推しのライブを見てる。ちょっとくらいの間、捜査員が一人増えることに気づかない事だってありえるかもしれない。捜査が上手く進めばボロも出にくい」


 或人は存外提案に乗った有馬に対して、彼の考え方が何となく透けて見えていた。


――多分、有馬さんは警察資料に載っていない細かい情報を得るほかに、雑務とか情報集めのための聞き込みとかを彼に押し付けたいのだろう。


 実際のところ、有馬はそう考えているのだった。

 そんなことを知る由もなく、刑事は頭を下げて感謝を述べる。


「ありがとう。さっきの事を見れば、事件解決自体は君たちにしか成し得ないことは俺にだってわかる。

 早速、奴について、ここ数日の聞き込み情報と捜査資料を共有しようか。

 この資料の報告者が俺、『松谷ケンイチ』だ」


 そう言って資料を鞄から取り出し、テーブルに置いた後、松谷刑事はトレンチコートの内ポケットから煙草を取り出して三人を申し訳なさそうな顔で見やる。

 賀茂は不満げであったが、有馬は手を出して許可を出す。


「すまんな。あそこでは息を入れる暇もなかった……」


 煙草を咥えてマッチで火を点け紫煙を燻らせる。辺りに煙草の香が広がる。煙を吐いたのち、灰皿を自分の手元に持ってきて、話を始める。


「俺は足で稼ぐ刑事でな。調書だの報告書だの書くのはいつも後回しで、苦手なんだ。それで事件資料(コイツ)に載ってない話もあるんで時系列順に話していこう。

 今回、おれがヤツ――さっき見た『怪人』を負うことになったキッカケはとある『殺人事件』だった。高級老人ホームに住まう、百歳以上の老人『神田四郎』が殺された事件」


 『殺人事件』その言葉に或人はちょっとぎょっとした。さきほど見た『怪人』の謝罪。それもあって彼の中での『怪人』の印象がただでさえ迷走していたというのに、さらに混迷する。

 一体、あの怪人は何なのか。その鍵を知るらしき松谷はゆっくりと口を開き続きを語る。


 「事件詳細は資料に書いてある。だが俺はこの事件の調査以降も幾度となく現場におもむき話を聞き続けた。老人ホームの職員だけでなく周辺住民にも。

 そこで俺は事件当日に犯人と思しき不審者の目撃証言『フルフェイスヘルメット』『カーキ色コート』『軍帽』という複数の情報と深夜、事件時刻に鳴りひびいた『エンジン音』の情報、この二つをキャッチした。

 だが、それ以降は音沙汰なし。イカレた格好の不審者はその近くには現れなかった。――そして、10日……」


 賀茂が何かに気づいたようにハッとしていう。


「10日……。この街で魔力観測があった日です。殺人事件の日も緑山市で……」


 松谷は驚いたように煙草を口から離して言う。


「マジかよ。そんなのがわかってるなら早く来てほしかったぜ。結構、面倒なんだぞ、こういう調査」


 有馬がやれやれといった様子で口をはさむ。


「その時の観測値は微弱だった。最初の観測もジジイ一人殺すのには不便はねえが秘匿課が出張るほどでもねえレベルだ、最近事件多いし関東方面管轄してる『神祇寮』の連中も後回しにしてたんだろ」


 松谷はやや不服そうな様子だが、すぐ言っても無駄だという風に話しを切り替える。


 「どこも人手不足、か……。まぁいい。

 10日に新たな事件があった。

 今度は老人ホームのあった緑山市から数十キロ離れた船山市(この街)

 被害者は最初の被害者・神田四郎の孫娘、『神田睦月』。

 ただ、彼女に事件の事を聞いたところかなり錯乱していたのか奇妙な犯人像を語っていた。

 今思えば彼女は全く正常どころか冷静すぎるほど的確に答えていたわけだが――この時点では俺もそれを100%丸呑みする気は毛頭なくてな。

 だが、資料にあるように犯人から『済まない、君は関係ない、すまない。』という言葉を聞いたというトコロが俺はかなり引っ掛かっていた……。何かの手掛かり、犯人像をつかむ重要な手がかりだと」


 彼はそう言いながら資料の『神田睦月』が事情聴取の際、語ったことの記述部分を指さしトントンとつついた。

 そのまま、紫煙を吹きながら彼は話を続ける。


「一応気になって、彼女と、最初の被害者『神田四郎』の身辺を洗ってみたりはした。

 確かに孫の方は目立つ点は少なかったが、祖父の方は百歳越えの年齢なだけあってゴ大層な経歴だったな。

 何でも戦前は帝国陸軍将校だったらしい。戦後も不動産屋でバブルも経験し相当羽振りが良かったようだ、だてに超高級老人ホーム住まいではねえな。

 まぁ、羽振りがいい分、恨みも買ってそうだが余計犯人を絞れなくなっただけ、そもそも老人ホーム暮らしも十年余と長く、家族とも疎遠、所在を知る知人も少ない。動機を起点に縁者から探していくセンは捜査の前半でほとんどあきらめていた。

 それよりも俺が目をつけたのは事件現場周辺の目撃証言が、最初の殺人とは違ってそのあとも数日にわたり上がってきた点だ。

 犯人が移った、あるいはここが拠点なのだと確信した俺はすぐにこの街での聞き込みや不審者情報、奇声や異音の報告を集めた。そこで掴んだ奇妙な点……。

 エンジンを胸に着けたバケモンが走り回っているというオカルトめいたアヤシイ話がまことしやかに流れている。噂の根源がほぼ同時期に複数、どれも同じような特徴だ」


 或人や賀茂は話に聞き入る。有馬は相変わらず、配信を見ながら話に耳を傾けている様子。

 灰皿に煙草の灰を落とし、松谷は話を続ける。


「その証言ともいえるか怪しいウワサ。俺は逆に、そこへハナを利かせてな。 ()()()()情報を中心に探ることを始めたんだ。お上にはドヤされるんで報告してなかったがな。

 するとどういうことか、無関係に思えた『エンジン音』の証言が挙がった地点は『怪人エンジン男』の目撃証言と一致したんだよ。さらに、その足跡は一定範囲に集中していた……。丁度この近辺にな」


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