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日本国魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課  作者: 臆病虚弱
第一章・第一節 【兵器人間は人の夢を見るか? Do cyborgs dream of human ?】
31/53

刑事

     ……………


――麻酔、眠り、ヒュプノス、ヒポクラテス、神経細胞チャネル、膜電位、塩化物イオン、カリウムイオン、イオン勾配、脂質膜、ラフト構造……。

 『神経操作術麻酔物質生成術式』【ヒュプノスの一撃】


 彼は術を使うための麻酔薬のメカニズムや麻酔作用に関わる物質の物質組成、構造式、ヒュプノスの伝説や神話を反芻しながら、呪文を言うために口を開く。


 だがその瞬間、彼の思考に彼以外の『声』が混じる。初めて魔力に目覚めた、あの日に耳にした『声』――


――『眠りの最奥を守りしもの。秘匿破りしものに石の末期を与えるもの。地下の牢に館を置くもの。大地の子らに甘美な夢を与えよ』


 その『呪文』は彼にとって初めて聞くもので、言語すらも知らない。だが、彼にはその知らない言語による歌の意味がするりと理解できた。

 そして、彼の手元から先ほどまで思考していた言葉が魔術結合となって伸びていく、今までにない強力な魔力を発しながら、驚くべきスピードで。


 さしもの賀茂も驚きを隠せない。


「なっ、無詠唱!? そんな筈ッ、強ッ、速……!」


 彼女が動揺しつつも回避しようと動いた途端、有馬が叫ぶ。


「させるかッ!」


 彼は賀茂の動きに合わせ力を振り絞って鎖を引き妨害。一瞬の隙と彼女の予想以上に素早い魔術結合とが重なり、真っ直ぐ飛ぶ結合は彼女の頬へわずかに触れ、効果を発揮する。


「まだ暴れ足りな……。い……!」


『ドサッ……!』


「うおっ……!? 気絶したか。――鳥羽、お前……」


「あ、あれ、あ、すいません、有馬さん、僕、この術は金剛さんに教わった時一回しか成功していなくって。呪文言う前に発動しちゃったみたいです」


「無意識の無詠唱化……。傾向属性『無限』で……。お前はやっぱ『特異指定存在』だ」


「え?」


 有馬は気絶した賀茂を担ぎながら横転した車のもとへ向かいつつ、話す。


「今の『無詠唱魔術』は傾向属性に合った術式を使い続けて身体に適合させた使い手……。

 もしくは、お前や神祇寮の有穂、それにコイツみたいな『溢れ出すレベルの魔力量』の特権だ。頭の中で考えただけで術式が結合となる。その想像が精密なほど威力も増す。なにより高速連撃が可能。

 ま、その分、燃費が悪いし、隠匿性能が酷く、『介入』されやすいんだが……」


 有馬はそこまで言って黙る。彼の抱いた疑念は彼の中でグルグルとめぐっていた。


――今見た或人の魔術……。一部、ラテン語があった。基本日本語で、浮遊術も日本語《母語》で単独操作している奴がわざわざこれだけラテン語本文を覚えてきている……?

 考えにくいが……。

 或人コイツについては例外や不明な点が多い。そして恐らくコイツ自身が一番そう言うことについて理解していないだろう。


「有馬さん?」


 或人が黙る有馬に声をかける。


「んにゃ……。何でもない。

 ――それよか、さっさと移動しよう。秘匿結界を張る余裕がなかったもんだからな……。世俗人に見られるとまずい」


 有馬はそう言って、横転した車のフレームを掴み、体内の魔力を操作することで車を片手で持ち上げ、正位置にそっと戻してしまう。

 彼はドアの一部が食べられた車に賀茂を放り込み、自分も運転席に入るとエンジンをかけた。


『グィンガガッブゥーン……』


「よし……。かかるな。ほら、或人、お前も早く乗れ」


 車はエンジンがかかりと全体が魔力で満たされ、みるみるうちにへこみや割れたガラスの破片を、時を戻すように修復していく。だが、流石に食いちぎられたドアは治らない。


 或人は助手席に座ると、後部座席に横たわる賀茂を見て質問を投げかける。


「――賀茂さんは、いったいどういう……」


 シートベルトを着け、ハンドルに手を置いて車が完全に治るのを待ちながら有馬は質問に答える。


「見ての通り、コイツは重傷を負うと別人格に切り替わる……。

 元のアイツは『第一級魔術師』だが、切り替わったコイツはお前と同じ『特異指定存在』だ。

 寝るか気絶させりゃ落ち着く。

 別人格の方の『瀬里美』――名前はアイツの自称だ――コイツはテンションによっては今日みたいに敵対するが、味方になることもある。

 『瀬里奈』の方は『瀬里美』について恐らく認識できていない。アイツにその話を振っても不自然に無視する。精神的な疾患か、もしくは魔術・呪術的な作用、あるいはその両方が考えられている」


 端的に説明を終えた有馬は車を出す用意をするためにガスマスクを外し、一息つくと運転するために前方を見やった。

 途端に彼は顔をしかめる。

 不思議そうな面持ちで有馬の様子に気づいた或人へ、彼はそのまま顎で向こうの方を示した。


「ちょっと君たちぃ、いいかね? あの、『機械野郎』のことで話があるんだがー!」


 やや遠くから声を掛けてきたのはトレンチコートにスーツを着た中年の男性だった。

 その右手には警察手帳が開かれ、車の前に堂々と立っている。年齢的にベテランの刑事なのだろうと或人には思われた。


 それを見た有馬は呆れた様子で呟く。


「やれやれ、まァた仕事が増えるのかよ……」


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