危機
……………
「!?ッ 有馬さん!?」
或人には有馬の意図が分からず、混乱。
だが彼にはすぐに倒れている賀茂から湧き上がる不穏な殺気が理解った、彼は直感から反射的に飛び退く。
三体の謎の存在たちなど、この時の或人には眼中になかった。
もっと恐るべきものが『目覚めた』のだから。
黒装束の三体は呪文詠唱を完了し、同時に魔術結合を鎖につながれた『怪人』へ放つ。その結合は、怪人の無防備な身体へとまとわりつこうとする。
だが、その一瞬前に周囲は光へ飲み込まれる。
『ドガアアアアアン!!』
爆発。
倒れていたはずの賀茂を中心に大地を揺るがすほどの破壊的爆破が発生した。
爆風により吹き飛ばされ、一瞬気絶しかけた或人は茂みのなかで我に返る。
「はっ!? ――これは……。何が!?」
周りを見れば木々は焼け焦げ、黒い煙を吹いている。そして、或人がもと居たはずの場所は直径2メートルほどの『陥落』が生じていた。
ただ、或人はそれを見ながらも、別のものを探すことに集中していた。
――有馬さん、それに、賀茂さんは……!
その捜索はすぐに終焉する。
クレーターの中央、その空中に巫女装束に似た衣を風に揺らす姿があった。
「よかった、賀茂さ……」
或人の声が止まる。
彼の瞳に映る『賀茂瀬里奈』の姿が、あまりにも記憶と乖離した印象を与えたためだ。
彼女の顔は、確かに『賀茂瀬里奈』に似ていたが全く異なる印象を与える。蠱惑的でありながらも、どこか荒々しいような雰囲気。或人の見てきた賀茂の姿と対極の印象を与えるものだった。
或人の声が聞こえていないのか、単に無視しているだけか、彼女は全く異なる場所を見て、遠くの『何か』を発見した様子でニヤリと笑いながら呟く。
「へぇ、狙撃手、結構な位置にいるじゃん……。面白い」
そうして彼女は見つめる先を指差して呪文を唱える。
「木生火大凶祈願絶命・木火土金水、諸々の御霊ここに集えよ」
――『陰陽易五行操作術・土御門家相伝秘法・木生火・五段祈祷昇華術式』【|絶望を焚べよ《Fahrenheit 451》】
『ゴオオオオオッ!』
或人は感知する。
遥か遠方、距離200メートル余りの位置へと賀茂の指先からまたたく間に魔術結合が発射、1秒の間もない着弾と同時に天を衝くほどの火柱が上がった。
辺りの景色は一瞬にして赤い光に包まれ、そしてすぐさまもとの景色に戻る。
彼には理解る。
そこには『ライフル銃』のようなものを持った『コート姿の人間』が居ることを。
おそらくは男性、その男があの火柱に灼かれながらも魔力によって身体を防護し、なにやら地面に向かって動いていることさえ、或人には理解った。
一方、空中に佇む『賀茂と思しき女性』は呆れた様子で呟く。
「地下に逃げるかぁ……。のたうち回るところを見たかったのに、残念ね。ま、玩具はまだあるけど、ねっ!」
彼女は指を、林の中へと向ける。
『ドガガガァアアアン!』
爆発ともいうべき『発火』は呪文無く唐突に、同時に3か所、林の中で発生した。
林の中にはそれぞれ、さきほど地面から現れた『謎の存在』黒革コートの怪人たちが潜伏していたのだ。
黒革のコートに包まれた謎の人物三人はそれぞれコートに炎が着き、たまらず地面へとのたうち回るように倒れもがく。
その様子を上空から心底うれしそうに、賀茂と思しき女性は、おおよそ賀茂瀬里奈が見せることのない道楽に興じたような刹那的な快楽を満足させた下卑た笑みを浮かべていた。
「また逃がすわけにはいかないからね。『無詠唱』で遊ばせてもらおうかしら」
空に浮遊しながら、神のごとく三体の黒装束を見下ろす彼女。
或人はその彼女が放つ魔力を感じ取り、気づく。
――感知や魔力からは賀茂さんの雰囲気しか感じられない。だけど、賀茂さんの元の魔力量から百倍近く増えている……。それにあの表情……。明らかに……。二重人格というヤツか!?
賀茂と思しき女性は地上で苦しむ黒装束を見ながら、少しでも逃げるそぶりがあれば即座に指をピクリと動かして炎を発生させ退路を塞いでいる。その姿は子供のような無軌道な暴力を楽しむ様子であった。
だが、彼女はとつぜん、背後の方へと目をやる。
ちょうどその方向からは『鎖の先端』が伸びてきていたのだ。
『キンッ』
彼女の腕が鎖を払いのける。わずかな金属音を響かせた鎖の衝撃は、彼女をよろめかせるようなことは一切なく、今まで『怪人』との戦闘で響いてきた衝撃音とは全く異なり、ほとんど響き渡ることのない軽い音だった。
それは魔力に防護された鋼鉄にヒビを入れる衝撃がほとんど吸収されたことを意味している。
痛みすらもない様子で彼女はあきれ交じりの言葉を投げる。
「雑魚がしゃしゃり出てきて……。死にたいの? 有馬」
その言葉とほぼ同時に三本の鎖がそれぞれの方向から飛び込む。
彼女は両手を払いのけるような動作を行った。その手から伸びた魔術結合が鞭のようにしなり、向かい迫る鎖の先端へとぶつかり、弾く。
『ガガガキャァアアアン!』
だが、その攻撃なんてどうでもいいと言わんばかりに彼女は地上の方へと目をやっていた。
彼女の瞳に映るのは『自分に一矢報いたお気に入りの玩具三体』だ。
『ドドドドド……!』
その黒コートの怪人たちはそれぞれ全く異なる地点ながら同期したような動きを見せた。突如かがみ込んだかと思うと周囲の地面が独りでに彼らの身体を覆うように変形、タマゴの殻のようにすっぽりと姿を閉じ込めてしまったのだ。
苦し紛れ、窮迫の策か、賀茂はそれを鼻で笑い手を伸ばす。
またも魔術結合が詠唱無く手のひらより伸びて三つの卵岩を砕く。
『ドガガガッガラガラガラ……』
「!?」
そこには黒装束の姿は無く、また、穴が掘られた形跡もない。複雑な魔術を仕込む隙はほとんどなかった数秒の合間に三体の謎の存在は出現したときと同じく奇妙な消失を果たした。
賀茂と思しき女性はそれを見て不機嫌な表情を見せる。
「どいつも、こいつも……! 消えたり現れたり……! 有馬! アンタは骨の二三本じゃあ済ませられないわ!」
彼女はそう叫びつつ、振り返りながら一直線に林の中へと飛行する。
或人は困惑する、なぜなら、彼の『感知能力』には有馬の姿が感じ取れなかったからである。有馬は現在『隠匿法』を応用した魔力操作によって自身の魔力を別の物体のように見せかけ、同時に鎖でとらえているはずの『怪人』の魔力まで岩のような形状・量の魔力で覆い隠している。
通常ならば或人に魔力感知能力でやや劣る彼女がそれを見つけ出すことはできない。
ならば、どうやって。
その答えはすぐに或人自身が『思い出す』。金剛はすでに伝えていた。
『集中感知法』――魔力を一定量、周囲に放射することで周辺の物体・生物・魔術結合・魔力の状況を完全に把握する。単なる感知との違いはその正確性。感知能力が『なんとなく物体の動く気配や位置をつかみ取る』ことのほとんど延長線上にある感覚的なモノであるのに対して、この技法は『一定範囲を直接触り、視て、聴いて、嗅ぎ、把握する』というべき成果を果たす。
魔力をソナーのように扱うことから放射から感受まで数秒程度の時間差と高度な集中力、魔力消費を要するが、有馬が行うような魔力操作での『隠匿法』や『他物体への擬態』、さらには感知能力では抜くことの難しい『コンクリートの壁』といった高密度物体もある程度、中身を確認することができる。
或人が察した通り、彼女は『集中感知法』を行うことで広大な森林から『擬態』している有馬と怪人を見つけ出した。
膨大な魔力をあふれるままにしているように見えたのは、これが狙いだったのだ。
彼女は手のひらを前に出し、有馬とぶつかる直前に口を開く。
「爆ぜな」
手のひらが輝く。光とともに熱がそこに生まれる。
直接、手のひらで発した火焔は先ほど見せた火柱を一点に集め一気に最高火力を発するもの。有馬はその一撃を至近距離でその身に受ける。
彼は音よりも早く衝撃で後方に吹き飛んだ。
『ズガァアアアアアアン!』
地響きとともに爆風が或人のもとへ至る。
彼は砂埃を振り払いながらその爆心地へと向かった。そこには先程と同じような規模のクレーターができており、その中心の地面に有馬が倒れていた。
そして、あの賀茂に似た女性はそこから少し外れた場所に倒れる【怪人】の鎖を解いていた。
『ジャララ……』
「――さてと、これでもう少し骨のあるヤツとやれそうね……。フフ」
そう語りながら彼女は懐より【護符】をとりだす。賀茂が使っていたものと同じもの。
だが、或人には理解る。そこから繰り出される彼女の術は、今までの【護符なし】の魔術をさらに凌駕する【規模】や【威力】を誇るのだと。
賀茂と思しき女性は護符を振り上げ、今にも魔術を発動させようとしていた。




