ブリキの怪人
……………
ややぬかるんだ地面から『鎖』が飛び出し、怪人の足へと巻き付いた。
今までずっと有馬の腕に巻き付いている一本を含め、四本で怪人を追い詰めていたが、最後の一本は地面の下。
密度が大きすぎて感知能力では探ることのできない地中に潜り込ませていたのだ。
有馬は手の骨をパキパキと鳴らしながら笑う。
「――残念ながら、オレに追いつかれた時点でオマエは『詰み』だ。
最後のブラフ勝負はこの状況を確実に作り出すための囮、プラス、あわよくばの運試し」
怪人は鎖をつかみ、引っ張り上げようとする。
だが、鎖はおのずと抵抗し、怪人の腕を振りほどこうと暴れる。その動きはまるで犬のようだった。
有馬は笑って鎖を手繰る。
「オイオイ、飼い主の目の前でオイタができると思ってんのかよ。おれのかわいい『イロコィ』を食おうとしやがって……。
マァ、どの道お前はもう逃げられん。覚悟するんだな」
魔力を充満させ、凶悪な笑みで近づく有馬。
そこへちょうど、賀茂と或人がやって来た。
或人は鎖につながれた怪人を見てやや動揺する。
鎖は怪人の足首に巻き付くのみ、有馬と怪人の距離は今正に拳がぶつかり合うことのできる間合いになっていた。
「有馬さん! 攻撃が――」
賀茂が答える。
「大丈夫です。あの鎖につながれる限り攻撃は無意味です」
有馬がやって来た或人たちに向けて声を張る。
「――賀茂ぉッ! 或人ッ! 手出しすんなよ!」
賀茂は呆れた様子で返事する。
「はいはい……。5分だけ待ちます、それ以上は絶対待ちませんからね!」
「へいへい、わーってる……」
『シュッ! ドガァッ!』
彼が言い終わらぬうちに、怪人の素早い一撃がガラ空きのアゴめがけて飛びすさぶ。しかし。
『ガシャアアン!』
「!?ッ!!?」
怪人のアゴに衝撃波が巻き起こる。
有馬のアゴに怪人の鋼鉄の拳がしっかりと触れ、ぶつかったのにもかかわらず、有馬自身には何のダメージも衝撃もない。
まるで怪人による攻撃が反射されたかのように移動したのだ。
有馬はその時、鎖に刻まれた魔術の一つを発動していた。
――【婚約指輪(ニーベルンゲンの環)】この環に誓うぜ。
そして彼は笑みを浮かべながら怪人の腹部を殴る。
すると怪人の頭部に鋭い衝撃が走り、装甲にヒビが走る。
「お前の痛みとダメージはおれの支配下にある……。わかるか?
頭が揺れて気持ち悪ぃだろ?
オレのアゴに入ったはずの衝撃が、テメエの頭に行ったんだよ……!」
そう言うと有馬はぐいと怪人の足首を拘束する鎖を引く。怪人がやや抵抗を見せつつも鎖に引っ張られて行く。
「クックック、怖いか? 怖いよなあ。もっと怖がれぇ! へっへっへ……」
傍から見ていた或人はそれが先の護送車護衛時に有馬が見せていた術式であることを察する。
――神父との戦いや『美』のミハイルを鎖で拘束した時、敵による有馬さんへの攻撃が『反射』した奇妙な現象。
恐らくはあの鎖が持っている魔術……!
一方、有馬は自身の勝利が確定したとばかりに興奮を抑えきれない。
魔術の施された仮面によって自ら戦闘時の興奮を増幅している事も相まって、彼はトランス状態に近しい精神状態となっている。
――『衝撃』! 『痛覚』! これらは愛し合うおれたち夫婦の間で共有され、てめーの自由な部位にそれを全て『押し付けられる』!
これがおれの必殺術式【婚約指輪】だぁ!
『ゴシャアアアン! ガァン! ガァアアン! ガァアアン!』
有馬の拳は怪人の身体をまんべんなく打ち、鋼鉄製の装甲へヒビを入れてゆく。
怪人による反撃の拳は、すべて跳ね返り、自身へのヒビに代わる。
やがて、響きわたる金属音が変調し、有馬の拳がぶつかる音だけとなる。
ある時点で怪人はとつぜん抵抗をやめたのだ。
魔力も十二分にありながら防御にそれを回すことなく、もちろん反撃することもなく、無抵抗でぐったりとした怪人はただ殴られるだけの金属塊である。
それを見た或人は隣の賀茂に耳打ちするようなカタチで訊く。
「あ、あの、殺してしまいそうですけど大丈夫なんですか? 回収対象ですよね?」
賀茂は有馬による一方的な攻撃を観ながらそれに答える。
「あれだけ強い魔力を有して再生するタイプの『呪物』は弱らせてからじゃないと『封印』を破ってくるんです。
私も有馬さんも封印術が属してる『行域』の魔術は扱えるのですが、そこまで強度的な安心はできないですからね……。一応合理的ではあるんですよ、明らかに趣味も入っていて調子に乗ってますが……」
「そう、なんですか……。いや襲ってきたとはいえ、ああも一方的だと少し……。その……」
或人は怪人がとつぜん無抵抗となったことに違和感を察知していた。
その違和感はとても奇妙なものである。なぜだろうか、彼には反撃をしていた躍動感あふれる怪人の姿がどうにも『本人の意思』が感じられない無軌道な『暴走』であり、今現在の無抵抗状態が『彼自身の確固たる意志』による『理性的な行動』であるように感じられたのだ。
だが、それは賀茂も、そして有馬ですら感じ取っていた。
怪人の魔力が削り取られ、身体各所の装甲にヒビが目立つようになったところで有馬は手を止める。
――こいつ、殴っている感触でわかる……。衝撃を受ける瞬間、一瞬身体がこわばる……。まるで殴られるのを我慢しているみてぇに……。
「ちっ……。無抵抗なのは別にいいんだが、なんだかバツが悪ぃな……。オイ、賀茂、封印をするぞ」
賀茂もその言葉にちょっと安堵したような様子で返答する。
「――そうですね……。あ、その前にこの怪人の魔力波形を調べないと……」
彼女は懐に手を伸ばし、一歩踏み出す。
『ドンッビチャッ』
その時、一歩前に出た賀茂の胸に赤い染みがじわりと浮かぶ。
重い音と共に賀茂の胸部へ魔力を帯びた弾が突き刺さったのだ。噴き出した血が道路に滴る。
「え?」
賀茂が傷から血を吹きだしながら声を漏らし、倒れる。
有馬と或人は驚愕し一瞬、時間が凍り付いたような感覚を覚える。
だが、息つく暇はない。
次の瞬間、地面の中から3つの影が飛び出してきた。
『バババッ!』
黒革のコートとフルフェイスヘルメットのような頭部。傷ついた『怪人』に少し似通っている、謎の存在。
彼らは『怪人』を囲うように飛び出してきて、英語ではない『外国語』で呪文を詠唱しており、『魔術結合』を怪人に向けて放とうとしていた。
さすがの有馬は困惑する或人をしり目に状況判断を進める。
――遠隔からの狙撃と地下からの奇襲!
完全に相手のペースにハメられた!
『獲物』を刈り取った瞬間ゆえの油断!
慢心!
それを突かれた!
奴らが唱える呪文は『ドイツ語』でおそらく『捕縛術式』。
それを怪人に向けている状況からして『奴ら』の目標は『怪人《オレらと同じ》』か!?
だが、それよりも、何よりも、奴らにとっても不測の事態がある!!
そして、或人に向かって『最も重要な指示』を叫ぶ。
「ッ鳥羽ゥ! 賀茂から離れろォッ!」




