泥と土
……………
「あれは……!?」
「複数人の……?」
或人と賀茂は怪人が見せたその『中身』に動揺が隠せない。怪人へと迫っていた式神二体も術者の動揺に応じて動きを一時止めた。
だが、有馬はそれに止まることなく怪人へと肉薄する。
「殴られすぎて崩れちまったか? 次はミキサーしてやるぜ! オラッ!」
無慈悲な右フックが傷口をえぐらんと繰り出される。
『ぐわんっ』
「!?」
その時、怪人の頭部が後ろへと倒れ込み有馬のフックを避けた。
――クソっ! オレも油断したかっ、こんな分かり易すぎる攻撃を……!
有馬はその刹那、相手の次の行動をなんとなく察知し更に焦りを覚える。
「させるかっ!」
『ジャララッ!』
有馬の空振った腕より鎖が解け、怪人を捕らえようと勢い良く巻き付く。
『シッ!』
だが、怪人の低姿勢から繰り出された跳躍とスクリュー状に回転する上半身の勢いによって捕縛はするりとかわされた。
有馬は叫ぶ。
「賀茂ぉッ!」
その言葉が発せられるより前に、状況を予知した賀茂は札を投げつつ式神を動かしていた。
金剛杵による雷撃がまず怪人へ着弾する。
『ピシャァッ……!』
しかし、”溜め”の無い雷撃は魔力の防御を突破できない。
続いて投げられた札が魔術結合を怪人へと伸ばす。怪人の動きを追う結合は正確にその胸へと留まった。
「――|土生金急急如律令っ!『鉄条牢』!」
『ドガァアッ!』
結合が怪人の身体から地面へと広がる。途端、アスファルトから『有刺鉄線』が表れると、ひとりでに怪人の手首や足首に巻き付き、拘束する。
「グウゥウウッ! ガギャギャ!」
怪人はもがくが、有刺鉄線はまるで地面自体から生えてきたかのようにがっちりと張り付き、怪人の動きを止める。
「よっしゃぁあっ! 脳ミソぶちまけろやゴラァアアッ!」
全速力で腕を振り、駆ける有馬が鎖の先を飛ばして叫ぶ。
怪人は有刺鉄線を思いっきり引く。
だが、有刺鉄線はやや伸びるだけで引きちぎれることはない。
賀茂の放った札が放つ魔術によって鉄線の柔軟性は強化されているのだ。引っ張る力には非常に強い。
『ヒュオオオオッ!』
鎖は勢いよく飛び込んできた。
だが、そこに怪人の姿はない。いつの間にか脱出を果たしていた。
「なにぃっ!?」
怪人はその場でバク宙を披露。あの有刺鉄線は切断されたような跡を残し、地面にある。
「ガシャシャシャッ!」
怪人は着地しながら何かを咀嚼していた。金属音をひびかせて、鋼鉄の差し歯で味わう物。そう、『有刺鉄線』である。
有馬は駆け込みながら何が起きたのか叫ぶ。
「食べやがった! あいつ、金属を食べるのか!?」
怪人はその場で地面に残る有刺鉄線へ頭を向け、ガジガジと歯で噛みながら食べてしまう。
目ざとい有馬はその有刺鉄線が飲み込まるたびに怪人の砕けた頭部、鋼鉄部位がじわじわと『治っている』ことを察した。
「何度治ろうが同じことぉっ! 捕まえてまた砕いてやるよぉっ!!」
『ジャララッ!』
言葉とともに有馬の右腕へ鎖が巻き付く。また、他の鎖も怪人を捕らえんと網のように広がる。
「ギギッ!」
怪人は有刺鉄線を食らい終わると上体を起こし両腕を広げる。
そして、両手それぞれの指先より【有刺鉄線を発射した】。
『シャァアアッ! ガガガッ!』
十本の有刺鉄線は先ほどの賀茂が放ったそれと同じく柔軟性を高められ、迫りくる鎖へと蜘蛛の糸のごとくまとわりつき、動きを止めた。
さすがの有馬もこれには動揺する。
「なっ! 賀茂ォ! おめえのせいだぞっ! なんで鉄条網にした!」
「こんなのわかるわけ……って言ってる場合ですか! ほら、怪人が!」
怪人は有刺鉄線を切り離して抜け出すと地面に横たわる有馬の車へと走る。
怪人は横転した車のもとに至ると、大きくへこんでひしゃげているドアに突如としてかじりつき、バリバリと音をたてて鉄製の扉を食べ始めた。すると。
『パキパキパキパキ……』
怪人の砕けた頭部や傷ついたはずの腕部も生き物のごとく再生し、穴が塞がってゆく。やはり、怪人は鉄を食らうことで回復することができるのだった。
身体どころではなく、魔力も若干回復している様子。
だが有馬はそんなことお構いなしと言いたげに、|怒髪天を衝く勢いで怒声を浴びせる。
「貴っ様ァ! よくもおれのクルマをぉおおっ! テメエは念入りに頭を砕いて、その中身引っ張り出してやる!」
怒りに燃える有馬は右腕を力任せに引く。
彼の身体には怒りによって炎のような熱気を帯びた魔力がほとばしり、彼の肉体内部をより強力に動かすのだ。
感情によって高まったパワーは鎖をとどめていた有刺鉄線を引きちぎり、腕に巻く一本を除いた四本の鎖がそれぞれ独立した動きで怪人を追い、有馬本人もアスファルトの地面を割り壊しかねない脚力で走る。
『ヒュオッ!』
まず、まっすぐ怪人を追う一本の鎖がその背中へ飛び込む。
『ドルルルン! ギャリギャリギャリッ!』
怪人はその時、エンジン駆動音を響きたてて足を動かすことなく後ろへ後退して鎖をかわす。
土埃が起こる脚部を見ればそこには車輪が現れており、そのままタイヤを駆動して追いすがる鎖を避け始めた。
有馬はそれを見て、冷静に相手の【術式】を分析する。
――【同物同治】……。中華漢方などにみられる、いわゆる【類感呪術】の一種とも言えるような魔術的な思考。肝臓が悪けりゃ肝臓を食えば治るという単純な発想だ。
術式はヤツの消化器官などに刻まれていると予想できる。【食った鉄製品の持つ性能を再現する術式】!
『食ったものの性能』の認識はヤツの認識によるのか術式自体に霊魂操作術で【無意識的思考・判断】をつかさどる霊魂が付与されているのかは不明だがこちらとしても発現する能力はある程度予想可能!
鉄製品を近づけないことは当然として、ヤツが食ったものに着目することが重要だ。
それにヤツ、『目に相当する器官』が確認できない。であれば……。ククク。
ヤツの体を捕らえて、八つ裂きにしてやるぜ……!
有馬は残る二本の鎖で怪人を追いつつ走り出す。
エンジンを鳴らし車輪を駆動する怪人は二本の鎖による退路と進路を常に塞ぎ捕えようとする動きを速度だけで翻弄。
一向に鎖をかすめることさえもさせず距離を着実に離し、林の中へと入っていく怪人。
だが、もう一人の戦力・賀茂が何もせず傍観しているはずもなく、彼女の護符が怪人が駆ける地面へと叩きつけられた。
「――|火生土急急如律令っ!『炎沼』!」
護符は炎を放ち、円状に炎が地面を走る。
『ゴオオオオオオ!』
だが、その炎はあまりにも弱く、怪人の魔力を破ることなど到底できなかった。
「ぐぎぃいっ!」
怪人はそのまま林の中へ紛れようと車輪を駆る。鎖もすでに距離を離しており、有馬は到底追いつかない。
万事休すといった状況だ。
『ギャルギャルギャルルッ!』
エンジンの駆動とともに、車輪が高速回転、林の奥へ怪人は入り込もうと加速したのだ。
だが。
『ドルドルドル……。ズチャッ!』
車輪はぬかるみによって空転、木々を避ようとしたカーブがあだとなり、体勢を崩して足を止める。
「グギャッ!?」
賀茂は感知能力によって林の外でそれを察知、先ほどの魔術の効果によってぬかるみを広範に設置する『罠』が成功したことを喜ぶ。
「私の『炎沼』が間に合ってよかった……! 有馬さん、今です!」
林の中へ入ってゆく有馬が軽口をたたく。
「へっ、アシストが無くても隠密でどうにかなったんだがなっ!」
彼はそう言いながら林の中へと消えてゆく。
賀茂はあきれながらそれを見て言う。
「もう、素直に助かったっていえばいいのに……」
一方、怪人は車輪での駆動をやめ、ぬかるむ林の中を足を取られつつもなんとか走り、木々の合間をするすると抜けてゆく。
この怪人に目は無い。
だが、怪人は魔力感知能力によってあらゆる生物、無機物、木の葉の裏の虫に至るまでその存在を感知しできるのだ。
建物やコンクリートの壁といった高密度で感知を遮る物体が存在しないこの林は怪人にとって平原のごとくすべてを『見渡せる』場所のなのだ。
故に怪人は、現在、後方と前方に『有馬の鎖』が回り込んでおり、右腕に鎖を巻いた有馬が別方向から飛び込んできていること、そしてもう一本の鎖が頭上から降りてきていることまで全て、完璧に把握しきっていた。
怪人はすぐ身をかわす態勢に入る。
『ヒュヒュオオオッ!』
前方と後方からそれぞれ鎖がとびかかる。
怪人は最低限度の動きでそれらを避け、別方向から迫る有馬の攻撃を跳躍し、回避する。
しかし、違和感。
有馬の攻撃をかすめたはずの首元、だが、風を薙ぐ拳の感覚が一切ない。
先ほど前方と後方から迫ってきた鎖が避けた瞬間に突き抜ける風の感覚があるがゆえに、今回は強烈な違和感としてそれが残った。
怪人は察する。
『何か罠が張られた』と。
『ヒュオオオオオオ!』
天から風を切って振り落ちるもの。
怪人には鎖であるとしか認識できない。攻撃点は細く、いつものように最低限の動きで避ける想定であったもの。
だが、怪人はそこで無理をしてでも大きく回避することを選択。
現在かわしたの有馬の本体がいる『はず』の位置にぶつかるような、空中で胴体を高速回転させることによる|遠心力効果を利用した動きで大きく回避する。
『グウウゥウウン!』
その刹那、大きな物体が怪人の身体をかすめ、大地に落下した。
『ドガァアアアアン!』
「チッ! もう一発自分の拳で殴っておきてえと思ったのがダメだったか……!」
天から降ってきたのは、『隠匿法』と呼ばれる魔力操作によって身体の魔力放出を停止した有馬自身。
彼は自身と鎖の魔力放出量を精密に操作し、放出される魔力の形状を変化。
怪人が魔力感知のみに頼っているところを逆手に取り、本物の鎖と魔力だけ放射した【存在しない鎖】で位置と姿勢を誘導、自身の放出する魔力を『鎖』へと偽装し、最低限度の動きでかわそうとしたところを攻撃する算段だった。
だが、運と機転、戦闘センスに満ちた怪人はそれを間一髪で察知しすべての攻撃を避け切ったのだ。
怪人は有馬と距離を取るべく、そのまま空中でバク転、離れた場所で着地。
「だが、詰めが甘いのはソッチだぜ」
『ドガァアッ!』
「ッ!!?」




