魔と肉
……………
有馬の身体内に貯めておける魔力の量・【最大魔力量】は値にして『900M』。
対する怪人のもっている【最大魔力量】は或人から見てその約300倍、『270000M』ほどと見えている。
圧倒的な差。
魔術師が一度に出力できる魔力量は【最大魔力量】の約十分の一が限界である。
単純に考えれば一発ごとの出力と持久力のうえで有馬に勝ち目はないと思われる。
だというのに、いま、|赤黒い鎖を巻きつけた拳と鋼鉄の拳がぶつかり合う瞬間、二人の力は拮抗している。
いや、それどころか|魔力を帯びてすらいない《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》鎖の拳がわずかに上回り、魔力を帯びて力を増しているはずの鋼鉄の拳に確かなダメージを与え、怪人の魔力を一方的に削りとってゆく。
或人は直観と異なるその光景を目の当たりにして、この2週間で金剛に教わった『魔術師の戦い』の基本を思い出す。
―――――
「魔力を体外に放出し、身体にとどめる。
それは『魔力操作』とされ、これを行うだけで魔術師は衝撃・極高温・極低温・斬撃など、あらゆる『攻撃』をその魔力操作の『効率』で防ぐことができる」
町外れにある森の中、金剛破戒居士が所有し、訓練場として扱われる空き地にて、或人は教えを受けていた。
木々のざわめきとともに揺れる赤と黒の袈裟を着た金剛は、自らの右腕を腕まくりして魔力をまとわせ、左手にごうごうと炎が燃える松明を持っている。
彼はそのまま左手の松明の炎を右腕へあてがう。
だが炎は、魔力によって防がれ彼の腕に触れることすらできない。
或人はそれを見て、魔力による防御は分かりやすく言えば『|透明な障壁』というべきシロモノなのだと理解する。
一方、腕から松明を離し、炎をふり消した金剛は話を続ける。
「また同じように魔力を体の表面にまとわせつつ念じることによって『衝撃波』や『極高温・低温』、『斬撃』などを自在にあやつり、攻撃を行うことができる……」
金剛は説明しながら炎の消えた松明のさきに魔力を帯びた右手をかざす。
『パチリッ! ゴォッ……!』
すると一瞬、火花が飛び散り松明に炎がともった。
かと思えば、今度は右手の人差し指を伸ばし、松明のやや太い持ち柄にふれる。
それだけでそこにはピシリと割れ目が生じた。松明はその部分から横へ真っ二つに断ち切られる。
炎がそのまま草むらへ落ちてゆく――だが、金剛はその降り落ちる炎を右手で掴んだ。
『パキッ』
右手の中に入った炎は消え、凍りついた燃えさしがその中にあった。
金剛はその超常を当たり前と言わんばかりに気にもとめない様子で説明を続ける。
「だが、どれだけ能率よく精密な操作をしようと、魔力操作には魔力の消費がともなう。
それに多くの魔術師は、或人殿と比べれてしまえば非常に少ない魔力量を最大量としているのだ。
多くの場合10Mや100M、修行を積んだ者でも1000Mの大台に到達するには大抵、膨大な時間と才覚が要るもの。
つまりは、多くの者が『魔力切れ』を起こし得るという事」
「魔力切れ……。そうなると、どのような事が?」
「心身の不調が起きる。
そも、魔力は世俗の人々にもわずかに備わっており、皆は知らずしらずのうちに消耗している。――火事場のクソぢからや植物状態からの回復、奇跡の生還、三徹勤務、過集中、いやぁ俺全然寝てないわー昨日調子乗ってモンエナのんじゃってさー、うわぁ全然勉強してないやべぇw、毎日筋トレすれば筋肉育つやろ知らんけど、エトセトラエトセトラ……。
それらの後で、たいていは反動のように疲弊や精神的肉体的ダメージが蓄積される。それが『魔力切れ』だ。
魔術師の場合もパフォーマンスが大いに低下する。
魔力の回復効率は訓練してリラックス状態を維持したり、睡眠をとって安静にすることで最大効率を発揮できるが……。それでもゼロからの完全回復に一日はかかる。
――だからこそ魔術師はそれを回避すべく様々な手段をとるのだ」
「魔力操作ではなくより効率的な『魔術』を運用する、ということですね」
金剛はうなづく。
「そう、それも一つの手。
だが、魔力操作の優れた点は詠唱も複雑な術式理解・反芻も必要なく、ただただ念じるだけで行える点にある。
術式ではどれだけ効率化しようとも魔力操作に速度で後れを取る。たとえ『無詠唱・無動作』であってもな。
――人間の思考は意外と遅いのだ、極めて単純化されなければ戦闘で命取りとなるスキをつくることになる」
「では、一体……?」
「簡単だ、『魔力無しで殴る』。何事も暴力で解決するのが一番だって古事記にも載っているようにな」
「ええ?」
金剛は或人の反応にニヤリと笑いながら答える。
「魔力にまつわる攻撃を受けたり、多量の魔力に長期間晒されることで物質は魔力に順応していく。
物品であれば魔力を溜め込むことで異常な強度得たり、生物的特性の獲得といった常に効果を発揮する自然発生魔術を帯びる。ありていに言えば『タマシイ』というやつが非生物に芽生えるのだ。『自由意志』と人が呼ぶようなモノが……。
まぁ、そんなに神秘的なものでもない。ニンゲンのタマシイや自由意志も大した複雑性や神秘性はなく、再現可能で単純なものということだな。はは」
金剛は鼻で笑いながらそう語り、話を続ける。
「また、生物であれば体内で常に発生し続ける魔力によって消耗なく超自然的力を発揮できる。
つまり熟練した魔術師の運動能力と肉体強度は魔力の消費なくとも超自然的力を発揮する。
魔力とは意志の力。
そして肉体に意志が宿れば、それは鋼鉄よりもはるかに強靭な存在となる。
――まあ、だからと言って意志が万能であるわけでもないがな。何にでも上には上があり、力だけでは解決できない問題しかこの世にはない」
金剛が先ほど言った暴力云々とは全く反対の意味を持った言葉をしみじみと語る中、或人は思いついた疑問を率直に投げかける。
「本当に消費が無いんですか……? なんだかエネルギー保存則とかと合わないと言いますか……」
或人のその疑問に対して金剛はうなづきながら拳を鳴らしつつ答える。
「ウム、細かく言うと身体各所で魔力消費はしているのだが、全体として常時回復する魔力量を下回る消費なので、プラマイ合計プラス収支なのだ。
つまりは『魔力切れ』時には、こうした身体能力は下がる。
また、常に動き回っていたり、攻撃を受けていると身体へ魔力が行き過ぎて魔力量が回復しない事態が起こる。マイナスになることはないがな」
彼は首を鳴らし準備運動のように肩を回しながら話を続ける。
「呪物であっても、魔力切れを起こせば回復する必要があり同じ問題が起こる。
呪物は作製期間が長く、製作できる者も限られる。天然の呪物もあまりに希少で予備を用意し難い。それ故に低コストで使い捨てては別のものを利用できる『護符』を作製する魔術師も多いな」
説明しつつ金剛は地面に向け拳を振り上げ、説明が終わると同時に拳を振り下ろす。
『ドガァアアアァアアアアア!』
地面に打ち込まれた拳、大地は隆起し波打つ。
或人はその衝撃に思わず膝をつく。
「うわぁああ!? こ、これは……!」
彼には|理解る。金剛のその拳には一切の魔力がまといつくことなく、完全なる生身、肉体による一撃。
されどその衝撃は大地という甚大な質量を揺れ動かしたのだ。
金剛は揺れの余波が続く中、平然と話す。
「と、まあ生身でも頑張ればこれくらいはできるようになる。或人殿のスジの良さならば、腕一本でマグニチュード4ぐらいは目指していいかもなぁ」
「ま、マグニチュード4!? む、無理、無理ですよ!」
或人は地盤が波打った後をみてそう語る。まさに天変地異ともいえるような出来事の残骸。砲弾の撃ち込まれたあとのようなへこんだ大地と傾いた木々が並んでいる。
だが、金剛はそんな破壊の中心に立ちながら柔和な笑みを絶やすことなく軽々と言ってのける。
「そうかぁ? ま、|そう思うのならばそうなのだろうが《・・・・・・・・・・・・・・・・》……。
だが、或人殿。この世には『意志』や『力』だけで解決できる問題は存在しないが、意志や力を持たずに問題に対処できることも同じように在り得ないのだよ」
その言葉は今までになく悲し気で、柔和な声色を帯びて伝えられた。
或人はその声にやや驚いたように金剛の顔を見上げたが、彼はすでにいつものごとく輝くような笑みを浮かべ、穏やかな声で話を切り替えてきた。
「――さて、座学はもうよかろう。次は実践。魔力順応は時間が必要、まずは魔力操作の修行から、というわけで或人殿にはこのあたりの木をいくらか魔力なしの素手で切ってもらおうか!」
「す、素手!?」
「ああ、その後はキャンプファイアを組んで、素手で燃やしてもらう。ここは私有地で許可取りもしてあってな、キャンプファイアは合法だぞ」
或人は忘れないだろう。
素手で木を切れと言われた際、彼が疲弊の表情を見せた際の、金剛の満足げな笑み。その笑みはいつもと違って、自らの欲望を満たすようなしたり顔のような印象を与えた。
事実、或人はその日死ぬほどしごかれ、次の日には疲労で一歩も動くことができないほどだった。
―――――
或人が半ばトラウマになっている修練の事を思い返してるわずかな間で、有馬と怪人の拳闘は終局へと向かっていた。
賀茂も護符をその手に持ちつつ式神を呼び寄せており、怪人の身体にも有馬の呪物と思われる鎖と拳による傷が生じている。拮抗した戦いの終焉の時は近い。
有馬は怪人へ鋭いストレートを打ち込む。
『ドガァアッ!』
怪人は両腕でとっさに防御するも、有馬の拳はそれを突き崩し、よろめかせる。
彼は勝利を確信して叫ぶ。
「シャァッ! くたばれッ!!」
有馬の背から不意討ちとして鎖が飛ぶ。ここぞという時にまで取っておいた一手。
拳同士の打ち合いへ意識を集中させ、防御を突き崩した隙を一気に刺す。
『ピシャッ! ガラガラ……』
それは異形の頭部を砕く。だが、有馬の攻撃は止まらない。
『ガギャガガッァッッ!』
鎖を巻いた強烈な連打。怪人は為すすべなく後方へと勢いよく吹き飛ぶ。
『ズサァアア……ッ! サッッ!』
背中を地面のアスファルトに削られ、よろめきながらもすぐさま上体を起こす怪人。
だが、その頭部はしっかりと受けたダメージを示すかのように砕けていた。
「「!!」」
思わず或人と賀茂は息を呑む。
その頭部の間隙の内に見えたのは、詰め込まれた、鮮血を示す肉の塊。鼓動するようにうごめくそれは――詳しく見れば――幾つかの目玉や歯が隙間に詰められている。




