誉と瓦斯倫
……………
「デイビッド、ジャック、行けっ! ジョン、掴め!」
有馬は叫びつつ左側扉を開放。そのまま素早く外へ飛び出す。
次の瞬間。窓の外に『影』が映る。
『ドガァァァァァァッ!』
強い衝撃と共に車が横転。慣性のままに道路を横滑りして林に突っ込んでいった。
だが、或人と賀茂は鎖によってするりと車外へ引っ張り出され、先に飛び出た有馬と共にアスファルトの路面へと降り立つ。
木に激突した車の右側面は大きく凹み、『ぶつかった影』の大きさを物語る。
そしてその『ぶつかった影』は横転した車の近くに立ち、ゆっくりと或人たちの方へと振り返る。
或人は思わず口走る。
「何だあれ……?! エンジン……?」
その人影は胸部に無理に押し込められたような大きなエンジンが露出しており、音を立てながらブルブルと駆動して全身に振動を与えていた。
腕や脚は黒鉄の重々しい部品で構成されているがその合間には赤黒い肉がわずかに見え、頭部はほとんど全てが鋼鉄や鉛の部品に覆われ鈍色で角張った仮面をかぶっている様な状態。
そこから唯一露出した顎部は皮膚が無く、ミイラのように乾いた肉と鋼鉄製の差し歯で構成されて黒い液体を垂れ流している。
カーキ色の旧軍用外套に似たコートは、胸のエンジンのせいで前を開き、異形の頭部には赤の帯に星が一つ打たれた軍帽が着用されており、旧日本陸軍の様相を示す服装であると印象付けてくる。
両拳の先からはドリル状の細長く鋭い棒が、鋼鉄の拳の下に眠る肉体を示すかのように血をまとって生えており、これが肉と鉄でできた歪な存在であることを示している。
その姿、正に『怪人』。
『ドルルルルン! ドルルルルルルル……』
エンジンが勢いを増し、その怪人は口を開いて大きく息を吐く。
「ギシャァアアァッ!」
その唸り声が合図となって怪人は獣のような叫びと共に、コートの裾をはためかせ、或人たちに向かい駆け出してきた。
アスファルトの地面を揺るがすほどの脚力で駆けるスピードはものの数十秒で或人たちとの距離を詰めてしまうだろう。
或人の目に映る怪人の肉体は魔力に満ち、圧倒的な存在感を放っている。
『ダッ』
或人のすぐ近くでそれを見ていた有馬は、一陣の風の如き、すさまじい瞬発力を見せ、ためらいなく怪人の軌道上に飛び込んだ。
彼は両腕に一本ずつ鎖を巻きつけ叫ぶ。
「うぉっしゃぁああ! 来い! 真剣一対一だァッ!」
だが、怪人は有馬とぶつかる直前。突然、全身の関節を人間では不可能な方向に【回転させ】、走りの軌道をそらし、有馬の突進を回避した。
有馬はそれてゆく怪人を追うが、速度が追い付かない。
「あぁ?! クソっ!!」
怪人の走る先、そこには或人が立ち尽くしている。怪人の狙いは彼か。
しかし、それにすかさず対応するように、隣に立つ賀茂が術式の準備を済ませて待ち構える。
「希なるかな、希なるかな、天一神の感に通ず、十二神将の星霜より戌の方、我に下りし伐折羅大将、封を解してここに来たれ。救急如律令」
賀茂はその呪文と共に五芒星が描かれた札を1枚、地面へと捨てたのだ。
すると札の文様がひとりでに動き出し『伐折羅大将』の文字へと変化するとともに、そこから溢れだす|魔術的結合《魔力によって紡がれし言葉の紐》から二体、金剛力士像のような巨漢が構築され、衣なびき筋肉躍動する阿吽の雄々しき姿をあらわにする。
先日或人の護衛時にも召喚した彼女の式神。
その魔術の根幹を定義する言葉を彼女は胸の内に反芻する。
――【|阿吽仁王《GRANDIA・ENDIA》】伐折羅大将、駿馬と共に舞え。
式神力士二体は彼女の目の前に出現するや否や、それぞれの手にある武具へ魔力が注がれ、向かい迫る怪人物へ攻撃を繰り出す。
短い金剛杵を操る力士は即座に電撃を発生させ、目にもとまらぬ速さで怪人に向け発射。
高速で賀茂たちの目の前に迫ってきた怪人も予備動作なしの攻撃は直撃を避けられない。
『ヴァリヴァリヴァリリィイッ!』
電撃が怪人へとほとばしり、電熱で怪人を刺す。
しかし、怪人の走りは止まらない。電撃はその身にまとうように張られた魔力によってかき消され、怪人の身体に届いていない。
そこへ間髪入れず槍が伸びる。
もう一体の式神による収縮自在の刺突、怪人の頭部をとらえた魔力たぎる槍先。
『ヒュォッ!』
怪人は人間にとって不可能な首の可動により背部へ頭を『ズラし』、槍を避ける。
だが式神がとっさに両の腕で槍を振り下ろし、薙ぐことでその回避は無為となる。
『ガシャァンッ!』
一撃によろめき足を一瞬止める怪人。すかさず二発目の電撃。
『ヴァリリリィィッ!』
そこへ槍の刺突、電撃と刺突・薙ぎによる相手の動きを止める連携が完成、怪人を一方的に攻撃し始める。
当の賀茂は余裕があると見たのか、隣に立つ或人へ自らの術式を解説する。
「――或人くん、さっき説明しそびれたので、今説明するね。
これは私の最大手札の一つ『十二神将式神使役術式』。
安倍晴明から受け継がれる『賀茂家』相伝の術で最大十二種の式神を使役する術。
私が使えるのはこれともう一体の『クビラ』だけなんだけど……」
だが、彼女が或人に説明する最中、電撃を幾度となく受ける怪人はついにその電熱が魔力の守りを破り、身体に達したのか、ビクリと痙攣した。その時。
『ドルルルルルルンッ!』
突如、エンジン音とともに地面を滑るような動きで怪人が駆動。
『ビュオオオッ! バッ!!』
空気を切り裂く音を発するその勢いを利用して空中に飛び上がり、式神たち、そしてその先にいる賀茂と或人に向けて突進してくる。
しかも、あれだけ連続した攻撃を受けてなお、明確なダメージは見られない。
だが、賀茂は経験値からか冷静に状況を見ていた。
――空中では動きが制限される……!
空中浮遊術を展開する隙も与えない!
さっきの連撃一発一発が軽すぎるのなら……。特大の一撃を与えればいい!!
賀茂と『魔術的結合』で結ばれる槍の式神は空中を突き進む怪人に正確無比な突きを繰り出した。
その収縮自在の槍に施された魔力は先が突かれる瞬間、一気に勢いを増して怪人の身体を守る魔力を大幅に超える。
だが、それだけではない。
もう一体の式神が一瞬の”タメ”の後、金剛杵から電撃を槍先へと放つ。
二体の式神が爆発的な魔力量を混ぜ合わせ、雷の槍として一気に叩き込む、必殺めいた一撃が相手の胸、エンジンへと一直線に向かう。
そして怪人と槍、両者の魔力が今まさにぶつかるのだ。
『ギャルギャルギャルゥッ!』
「え!?」
怪人は自らの腕をプロペラの如くグルグルと回転させ、放物線を描く自らの移動の軌跡をズラす。
左方向へと空中で旋回、するりと突きから逃れ、式神たちを超えて賀茂の下へとさらなる加速を続け飛んでくる。
賀茂はすぐに懐の札へ手を伸ばすがわずかに間に合わない――迫る怪人の差し向けた、鋼鉄の掌、その中心では鋭い先端がグルグルと回転するドリルへ魔力が集中、鋭利に回転。彼女の喉笛へ差し迫る。
ドリルの魔力量は彼女を守る魔力を優に越し、皮膚をずたずたに引き裂くだろう。甲高いドリルの音が響く。
『キィイイイイイ!』
だが、そこへ有馬が叫びと共に2本の鎖を飛ばす。
「クソガァァッ!」
その鎖はしかし、怪人の勢いに間に合わず、あと数メートル届かない。
『キュィイイイイイイイッ!』
怪人は両腕を前に出し、一気に賀茂へ攻撃を加える。
『サンッ……』
「!?ッ」
そのドリルは賀茂の元には届かず、怪人はいつの間にか全く見当違いの地面に降り立っていた。
まっすぐ重力によって賀茂のもとへ飛び込んでいたはずだというのに軌道が完全に逸れていたのだ。
すぐ近くでその光景を見た或人は驚愕する。
――何だ!? ヤツの軌道がねじ曲がった!?
奴の『旋回』じゃあない!
有馬さんの鎖先端を中心に大きく曲がっている……?
怪人もまた困惑を隠せない中、まっすぐ駆けてきた有馬が飛び込む。
「てめえの相手はこの俺だ、節穴野郎ォ! だが、探す手間が省けて今日はノー残業デーだぜ! ありがとよぉ! ギャハハハハ!」
ガスマスクを着用しシャツを脱いで上半身裸体となった有馬は、マスク内でくぐもった笑い声と共に鎖を巻いた拳を振り返りもしない怪人に向けて殴り下ろす。
怪人は拳が振り下ろされて有馬をようやく認識したようで、グルリと上半身を180度回転させ、迫る鎖を巻いた拳を同じく鋼鉄の拳で受け止める。
『ガチィイン!』
有馬の拳は怪人の拳を圧す。それを合図に二者は拳同士の打ち合いを開始した。
『ガァンッドガァアアンッ……!』
立体的拳闘。緩急とリズムの急変による主導権の奪い合い。だが、両者拳闘の技量は均しく拳と拳は互いに打ち合うか腕によるブロックが続く。
或人はその感知能力によってその拳闘の背後にある『魔力の削りあい』を感じ取った。
そして両者の間には圧倒的な『魔力量の差』があることを理解する。
――有馬さんの身体の中から感じ取れる魔力の量……。
金剛さんが言うには相当の感知能力が無ければ分からない各人の『最大魔力量』。魔術師の強さを図る一つの指標になると教わった。
僕には何となく二者のそれを比較することができる……。
圧倒的に……。
敵が上だ。




